白雲去来

蜷川正大の日々是口実

谷中、御徒町、横浜。

2022-11-04 17:23:35 | 日記

10月30日(日)晴れ。

朝食は、冷食の「横浜あんかけラーメン」。まっ30点だった。仕方ないか。近いうち、伊勢佐木町のすぐ横の玉泉亭のサンマーメンでも食べに行くか。そういえば、京急の日ノ出町駅と伊勢佐木町の間にあった手打ちラーメンの「山賊」が閉店して久しい。閉店した理由は、お店のあった場所に大きなビルが建つことになり、立退いた。もう何年もあっていないが、オヤジは元気でいるだろうか。

コロナ感染者数が減少し、この十月からは入国者制限も撤廃されてかつての日常を徐々にとり戻しつつあるこの日、本年も多数の同志道友が相集い、東京谷中の上聖寺に於いて、「憂国烈士之碑追善供養の儀」が執り行われた。(主催:憂国烈士之碑顕彰会 代表発起人 平岡元秀氏、松澤正明氏、常任世話人 齋藤柾彦氏、事務局 山口一夫氏)。新田光 憂国青年同盟事務局長のほかにも、民族革新会議先輩同人の衛藤豊久、矢代和剣、小早川久之各氏の名も刻まれていてる。(「民族革新会議」のブログより)。勿論野村先生のお名前もある。刻まれた方々のほとんどを知っている。読経の際に名前を呼ばれた方々のお顔が浮かんだ。
終了後に、私の好きな御徒町の蕎麦屋で大熊雄次氏と直会。舟川孝さんを誘ったが逃げられてしまった。三澤浩一氏いわく「舟川さんは、イージス艦のようにレーダーが強力で、危険を察知するのが誰よりも早い」とのこと。では次は「ステルス誘い」をしてみるか。蕎麦屋で、また蕎麦を食べずに帰った。
 
六時半に横浜に戻り、「オアジ」にて、愚妻と上の子供と食事。仲良しさんの二人と一緒になる。真面目に酔った。
 

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インフルエンザの予防接種。

2022-11-04 17:00:21 | 日記

10月29(土)晴れ。

朝食は、サバの文化干し、納豆、大根の味噌汁。昼は、ブドウパン2個。夜は、エビフライ、キャベツ千切り添え、キュウリのナムル。「一番搾り」の350ミリを一本飲んでから、恐る恐る「黒霧島」へ移行。

朝食の後に、掛かりつけの病院へ行き、血糖値の検査と常備薬を一か月分貰い、ついでにインフルエンザの予防接種を済ませ、コロナワクチンの第五回目の接種を予約。しかし、後遺症などの不安が払拭されぬままに、すでに4回も打ち、今月は5回目。このまま6回、7回と打ち続けるのだろうか。私などの老体はともかく、若い人たちの10年、20年後は大丈夫だろうか。看護師さんに言ったら、「私もそう思います」だって。しかし、コロナから身を守るには現在では、今のワクチン接種に頼るほかはない。早く。安心な飲み薬が出来ないかなと思う今日頃です。


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藤本スマン。

2022-11-04 16:27:32 | 日記

10月28日(金)晴れ。

情けないことに、二日酔いである。それも家呑みで。10時頃にクリーニング屋さんが来て起こされたが、ヘロヘロで、「起こしちゃってすみません」と言われたが、10時を過ぎているのでバツが悪かった。全ての用事をキャンセルして、ぐでたま状態の一日だった。反省をしています。

朝は抜いて、昼は、こんな時のために買ってある冷食の中華丼、マツタケのスープにとろろ昆布入り。夜は、豚肉のしゃぶしゃぶ、うどん入り、焼きおにぎり一個。休肝日とした。

大東塾からもう長い間ご恵送頂いていてるのが機関誌の『不二』。一緒に届くのが別冊?の「道の友」。その第850号が、先月亡くなられた藤本隆之さんの追悼号のようになっている。福永武氏、三澤浩一氏の両名が個人を偲ぶ文章を書き、遺稿として藤本さんが平成22年7月18日に不二歌道会の千葉県支部7月例会で行った講話が掲載されている。「村上一郎『草莽論』を手掛かりに」と言うもの。藤本さんには失礼だが、晩年の彼のエピソードと言えば酒に関するものばかり。福永、三澤両氏の追悼文は、藤本さんの運動家としての感性や理論的な面を紹介しているとても胸を打つ良い文章である。藤本さんの、「忘れかけていた」良い部分を知ってもらいたくて、福永、三澤両氏にお願いして『燃えよ祖国』に転載させて頂こうと思っている。

私の「憂国奇人伝」の最初に、君を「猫の恩返し」として登場させた。藤本スマン。

 


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