どんな組織でも、組織をかけた取組みというものがある。そして多くの場合その取り組みというものには相手がいる。相手との競合や闘いに競り勝つことが組織の存立にかかわるものである。私自身はそのようなことは好みではないし、いつかはなくなってほしいが、理想ばかりは言っていられない。
相手と競り合うことは出来るだけ避けつつ、周囲を巻き込むことで相手との競合の条件を有利にして、闘わずとも勝つことが最良の方法である。組織の責任者やリーダーはそれをやり切って初めて信頼される。
今回の都議選、端から勝敗は見えていた。政権党にとっては傷をいかに小さくするか、次の巻き返しにつながる戦略は何か、これを立てながら後退戦に挑まなければならなかったはずだ。安倍という「リーダー」とその周りを固める人間にはそのような戦略を立てることのできる人間はいなかったということである。「死に体」ということばがささやかれるが、戦略の無い航海に怖気づいている人が多数いるのではないか。
そしてさらに強烈な印象をわたしが受けたのは、政権党の中枢(しかも党の役職でもなく、政府の役職から追放された人間を含む)が、選挙結果が出る前からどこかの高級レストランで今後のことを話し合ってしたということ。
敗北のときこそ「リーダー」はその資質を鋭く問われる。まずは都議選の最前線にいた党の都の責任者に対する慰労と、各候補者へのねぎらいの言動が必要であろう。そして有権者に対する謝罪である。
それが都の責任者の辞意という名の、尻尾切りからはじまっている。政権保守党の人は「リーダー論」などが好きで、戦国時代の武将の逸話などがよく引き合いに出される。そのようなことは私はあまり好まない。しかし負け戦で前線の将兵のことは差しおいて、闘った将兵へのねぎらいは行わずに、前線部隊の責任を押し付ける様はいかにも「死に体」である。もっともあってはいけないリーダー像を地で行っていないだろうか。自民党から、安倍の元から逃げ出すのは今のうちである。
よく徳川慶喜が鳥羽伏見の戦いで大阪湾から船で江戸に将兵を置き去りにして逃げもどったことが江戸幕府の崩壊の象徴のように云われる。安倍の振舞いとはそれに近いようなものである。総裁は影の策士であってはならない。表の顔である。表の顔の役割の人間は、まずは戦った人間に対する慰労と感謝を示すことであろう。そして敗北の責任は自らの戦略の立て方に対する反省と責任の取り方である。やめることだけではなく、何を次に用意するのか、何が間違っていなかったか、方途を探る道筋を立てなくてはいけない。
安倍総裁にはそのように器量はもともとなかった。それがいずれ露呈することはわれわれには十分わかっていた。それが見抜けなかった者達が政権与党に群がっていた人間だから、その能力に対するしっぺ返しをかれらは受けているだけであると、冷たく言うしか私には出来ない。
安倍一強、といわれているが、集まっている人間はリーダーがこの程度での人間でしかないとわかっていても、そこから離れられない人間の集まりである。彼等には使い捨てられるだけの運命しか残されていない。
「リーダー」がこの程度の振舞いしかできないとあらかじめ見抜いた者は、身の保身をはかる。あるいは自分の身内の保身のために、次の主を探すのが戦国時代の習いである。そうならば他の党派に身売りするのが得策である。
ただし現在は領土と領民を抱えて生き抜く世界ではない。政治の理念を掲げて闘う世界である。政権党の理念やリーダーシップがダメなら、最初からそれを選択した自らの不明を恥じて、一から出直し、自らの政治理念の再構築、再検討をするしかない。これが出来ないなら、「リーダー」ならぬリーダーの尻尾に殉じてもらうだけである。
もうひとつ付け加えねばならないのは、政権党のリーダーは議院内閣制では首相として振る舞わなければならない。ということは、政権党のリーダーは自らの党に対してだけでなく、同時に「国民」全体に対して責任を持つ。そこのところの難しさがわからない、わかろうといない人間が政権党のリーダーになるということの怖さをわれわれは今直面している。自らの思いだけが先行する「リーダー」はリーターではない。
そして自ら「リーダー」と宣言した割にはリーダー失格の総裁ではあるが、政権与党に限らずにトップがこのような振る舞いをする組織は与野党ともにある。言っていることがころころ変わり、振る舞っていることと違うのは大阪の某党も同じに見える。たぶん新しい都議会の最大多数派も同質と推察している。理念と共にトップの資質が常に鋭く問われている。むろんこのことは他の野党にも当てはまる。安倍政権に代わることのできる、「人に信頼される政治家や政治理念」の不在が混迷の原因であろうこともまた事実である。
相手と競り合うことは出来るだけ避けつつ、周囲を巻き込むことで相手との競合の条件を有利にして、闘わずとも勝つことが最良の方法である。組織の責任者やリーダーはそれをやり切って初めて信頼される。
今回の都議選、端から勝敗は見えていた。政権党にとっては傷をいかに小さくするか、次の巻き返しにつながる戦略は何か、これを立てながら後退戦に挑まなければならなかったはずだ。安倍という「リーダー」とその周りを固める人間にはそのような戦略を立てることのできる人間はいなかったということである。「死に体」ということばがささやかれるが、戦略の無い航海に怖気づいている人が多数いるのではないか。
そしてさらに強烈な印象をわたしが受けたのは、政権党の中枢(しかも党の役職でもなく、政府の役職から追放された人間を含む)が、選挙結果が出る前からどこかの高級レストランで今後のことを話し合ってしたということ。
敗北のときこそ「リーダー」はその資質を鋭く問われる。まずは都議選の最前線にいた党の都の責任者に対する慰労と、各候補者へのねぎらいの言動が必要であろう。そして有権者に対する謝罪である。
それが都の責任者の辞意という名の、尻尾切りからはじまっている。政権保守党の人は「リーダー論」などが好きで、戦国時代の武将の逸話などがよく引き合いに出される。そのようなことは私はあまり好まない。しかし負け戦で前線の将兵のことは差しおいて、闘った将兵へのねぎらいは行わずに、前線部隊の責任を押し付ける様はいかにも「死に体」である。もっともあってはいけないリーダー像を地で行っていないだろうか。自民党から、安倍の元から逃げ出すのは今のうちである。
よく徳川慶喜が鳥羽伏見の戦いで大阪湾から船で江戸に将兵を置き去りにして逃げもどったことが江戸幕府の崩壊の象徴のように云われる。安倍の振舞いとはそれに近いようなものである。総裁は影の策士であってはならない。表の顔である。表の顔の役割の人間は、まずは戦った人間に対する慰労と感謝を示すことであろう。そして敗北の責任は自らの戦略の立て方に対する反省と責任の取り方である。やめることだけではなく、何を次に用意するのか、何が間違っていなかったか、方途を探る道筋を立てなくてはいけない。
安倍総裁にはそのように器量はもともとなかった。それがいずれ露呈することはわれわれには十分わかっていた。それが見抜けなかった者達が政権与党に群がっていた人間だから、その能力に対するしっぺ返しをかれらは受けているだけであると、冷たく言うしか私には出来ない。
安倍一強、といわれているが、集まっている人間はリーダーがこの程度での人間でしかないとわかっていても、そこから離れられない人間の集まりである。彼等には使い捨てられるだけの運命しか残されていない。
「リーダー」がこの程度の振舞いしかできないとあらかじめ見抜いた者は、身の保身をはかる。あるいは自分の身内の保身のために、次の主を探すのが戦国時代の習いである。そうならば他の党派に身売りするのが得策である。
ただし現在は領土と領民を抱えて生き抜く世界ではない。政治の理念を掲げて闘う世界である。政権党の理念やリーダーシップがダメなら、最初からそれを選択した自らの不明を恥じて、一から出直し、自らの政治理念の再構築、再検討をするしかない。これが出来ないなら、「リーダー」ならぬリーダーの尻尾に殉じてもらうだけである。
もうひとつ付け加えねばならないのは、政権党のリーダーは議院内閣制では首相として振る舞わなければならない。ということは、政権党のリーダーは自らの党に対してだけでなく、同時に「国民」全体に対して責任を持つ。そこのところの難しさがわからない、わかろうといない人間が政権党のリーダーになるということの怖さをわれわれは今直面している。自らの思いだけが先行する「リーダー」はリーターではない。
そして自ら「リーダー」と宣言した割にはリーダー失格の総裁ではあるが、政権与党に限らずにトップがこのような振る舞いをする組織は与野党ともにある。言っていることがころころ変わり、振る舞っていることと違うのは大阪の某党も同じに見える。たぶん新しい都議会の最大多数派も同質と推察している。理念と共にトップの資質が常に鋭く問われている。むろんこのことは他の野党にも当てはまる。安倍政権に代わることのできる、「人に信頼される政治家や政治理念」の不在が混迷の原因であろうこともまた事実である。