Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

さすがに本日は寒かった

2014年01月11日 21時27分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は夕方近くになってから2時間40分かけて2万2千あまり、15キロ近くを連続して歩いてみた。時速にして5.6キロくらいだろうか。途中の公園で休憩しようとしたが寒いのでお茶を飲みながら歩き、結局休憩はしなかった。
 薄い上着1枚に薄いウィンドブレーカー1枚、薄いランニングズボンにやはりごく薄いオーバーズボン1枚に、手袋も帽子しなかったため、汗はかくのだが手が冷たい。18時を過ぎて気温がどんどん下がってきた。家について財布から鍵を取り出そうとしたがかじかんでなかなか取り出せない。やっと出したものの震えていたので鍵穴に入らない。
 やっと家に入ったものの、シャワーを浴びようとしたが今度はズボンの裾を縛っている紐を解くことができない。やむなく座り込んでようやく解いた。寒さを実感したひと時であった。
 普段は1日かけて2万数千歩を歩く。だからゆっくり歩いた歩数もカウントされるのだが、本日はウォーキングし通しの歩数なので運動量としてはかなり多くなっていると思う。最近少しだれ気味だったので、ちょいとハードに歩いてみた。

 夜にかけて退職者会のブロックの会報を印刷。やはり2枚裏表で4頁仕立てになったが、両面印刷は楽である。必要部数があっという間に印刷できた。


熊田千佳慕

2014年01月11日 11時35分09秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
  

 昨日国立近代美術館のミュージアムショップに立ち寄って見た。ここはショップは小さくてあまり商品の種類もない。ポストカードもほとんどない。現に開催している企画展のカードもいつも皆無である。
 そんな中で熊田千佳慕のカレンダーを見つけた。妻がもうひとつカレンダーを欲しがっていたのを思い出して購入してみた。大きさも欲しがっていたものに近い大きさであった。このカレンダー、カレンダーを販売しているところなら置いてあるようなものだが、今年に入っていくつかの店を見たが置いてはいなかった。熊田千佳慕のカレンダーを取り立てて探していたというわけではなかったが、久しぶりに見る作品と名前に惹かれた。
 熊田千佳慕さん、実は私の住んでいる横浜、しかも同じ町内に住んでおられた。今から25年ほども以前であろうか、テレビか何かで作品と人柄を紹介していたのをたまたま見ることがあった。いつも娘が小学校の帰り道に仲の良かった近所の子供と遊んでいたあたりの空き地が写生のフィールドであったようだ。見かけた空き地の風景がテレビで放映されてびっくりした記憶がある。略歴を見るとテレビで放映されたのはもう80歳近い歳の頃であったと思う。
 こんな近くにこのような方が居られると驚いた。子供が卒業近くになって小学校で招いて講演をされたこともあったようだ。
 妻はこのテレビの放映以来すっかり熊田千佳慕さんのファンになっている。
 4年ほど前にお亡くなりになっている。年譜では98歳であったとのこと。70歳を過ぎてから国際的な注目を浴び、一躍有名になったという。

 熊田千佳慕の絵の良さは、どこにあるのだろう。ファーブルの昆虫記の挿絵は昆虫単体の細密画である。熊田千佳慕の絵も細密で大きくクローズアップされている。しかも腹這いになって対象をじっくり見ている。しかし違いは、近景・動物・昆虫単体を異様ともいえるくらいにクローズアップするとともに、実に遠くにかすむような山などの遠景も克明に描きこんでいるところであると思う。近景と遠景が不思議なバランスで描かれていて、実在感を引き出している。不思議な風景画でもある。腹這いになって虫などの対象をジッと見つめると同時に、その低い姿勢から見る遠くの山並みの見え方というのはこうなのか、と不思議に合点してしまう実在感がある。対象の虫なり動物がこのような大きな風景の中で生存していることを表現しようとしているのだろうか。また遠景によって空間が実に広々と感じられる。開放感のある構図になっていると思う。構図としては稚拙に感じることもあるが、それが面白いところでもあるのだろう。

 生き方として、なかなか惹かれる。ひたすらご自身の生き方にこだわられた方と思われる。