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伊東良徳の超乱読読書日記

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事例からわかるモンスター社員への対応策[改訂版]

2014-04-06 22:52:53 | 実用書・ビジネス書
 経営者にとって望ましくない労働者の要求に対して、経営者がどのように対応すべきか、特に就業規則や労働契約、社内の規定や制度の作り方のレベルでの予防策について解説する本。
 後半になるにつれ、労働者側が悪質なケースが増えて、モンスター社員と呼んでも差し支えないかなと思えますが、前半は法律上当然の権利を行使した労働者に対して経営者にとって気に入らないからモンスター社員とレッテル貼りしているケースが散見されます。例えば事例3の退職時に過去に遡って未払残業代の請求をする社員がなぜ「モンスター社員」なのでしょうか。法律上支払義務がある残業代を支払わない経営者が法律違反をしているわけですし、在職中請求できないような威圧的な労使関係だったからこそ退職時に請求するのだと思います。それを「モンスター社員」呼ばわりする経営者こそ労働法を知りもしないし知ろうともしない原始的な経営者であり「ブラック企業」と言うべきでしょう。
 事例6では社内貸付がある社員が破産したケースについて「会社勤めを継続したいのであれば、会社への債務は清算債務から除外するのが通常ですが、モンスター社員となれば平気で会社の借入金も免除対象の債務に計上してきます」(34ページ)としています。破産申立の際に特定の債権者(貸主)を債権者一覧表から意図的に除外することは免責不許可事由となります(免責が得られなければ破産する意味がありません)し、破産法に違反する行為です。こういった違法行為を強要し、他の債権者が支払を受けられない中で勤務先の会社だけが給料から天引きするなどして回収を続けるという身勝手で強欲な経営者がいて弁護士としては大変困ることがありますが、この本はそういう違法行為を強要しそれに応じない労働者を「モンスター社員」と決めつける感性で書かれています。
 そういった意味で、労働者の権利を守る弁護士の立場からは、極めて不愉快な本です。
 もっとも、防御策として書かれていること自体は、実は比較的穏当で、気に入らない労働者を「モンスター社員」と決めつけたがる原始的な経営者を対象に、「気持ちはよくわかります」「そういう労働者はとんでもない奴でモンスター社員です」と媚びを売り取り入って、しかしそれでも裁判所に行ったら勝てないからそうなる前にこういう対策をといって、社内の実情を調べる「労務監査」をした上で規則類の整備修正をしましょうとコンサルタント業務を売り込み結論的には法規を守りましょうというのがこの本の本質であるようにも見えます。裁判所で通らない主張ならば、その主張をする経営者が間違っており、労働者側の主張が正しいと言うべきなのですが、そう言うと相手にもしてくれない感情的で身勝手な経営者に聞く耳持たせるためにこういう「モンスター社員」の決めつけをしている、またそういう経営者がこの本のターゲットだということなのでしょう。経営者側のコンサルタントも営業が大変だよねということかもしれません。
 未払賃金(残業代)請求の時効が2年というのを「民法の請求時効」(16ページ)、「賃金請求権の2年時効などは、民法を参考としています」(112ページ)は、あまりにお粗末。民法上は月単位かそれより短い単位の賃金の請求権の時効は1年とされており(民法174条)、労働基準法が賃金請求権の時効を2年と定め(労働基準法115条)、特別法である労働基準法が優先する結果、2年となっていて、労働者の賃金の時効について民法が適用される場面はありません。
 2013年12月1日発行のこの「改訂版」で2012年8月施行の労働者派遣法の改正が反映されず「日雇い派遣の原則禁止など、今秋の臨時国会で改正案が提出される予定である」(111ページ)とされたままだったり、2013年4月施行の高年齢者雇用安定法の改正も反映されず、「一定の条件」を満たす者だけの再雇用でよいように書かれていたり(58ページ、138ページ)します。この時期に改訂するなら、何はともあれこれらの重要法令の改正点だけは書き直そうとするのが普通の著者の姿勢だと思うんですが。


河西知一 泉文堂 2013年12月1日発行 (初版は2010年11月15日)
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