Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

"Everything for others, nothing for himself..." 

ペスタロッチーの有名な言葉。

“Everything for others; nothing for himself.“

詳しくはこちら

すべては他者のために。何一つ自分自身のためにではなく。

これを、一言で「利他性」と言ってもよいかもしれない。

ここでいう「他者」は、「子どもたち」のことだ。

教師や保育士や親は、この言葉をしっかりと胸に刻んでおきたい。

すべては子どものために。自分のためにではなく…。

「不適切な保育」の問題が今注目されています

そんなペスタロッチーのシュタンツ時代の様子を描いた映画がある。

この映画は、東西ドイツの時代の作品で、とてもよく再現されている。

日本語吹き替えや字幕はないので、ドイツ語ができないと分からない作品(残念…)

シュタンツ時代のペスタロッチーの取り組みは本になっている。

この本を読んでいる教師や保育士(施設保育士)はどれくらいいるだろうか。

この本は、教育や保育や子どものケアにかかわる人の「古典」だ。

学生向けというよりは、中堅の教師や保育者向け、と言ってもいいかもしれない。

今、僕が読んでも、「ああ・・・」って思わされるくらいだから。

そんなペスタロッチーの生涯と思想を分かりやすい英語で解説している動画があった。

この動画でも示されているように、ペスタロッチーは子どもを真に愛している実践家&思想家だった。

この動画で引用されているペスタロッチーの言葉は、僕も講義で紹介している。


…Indessen, so drückend und stoßend die Hilflosigkeit, in der ich mich befand, war, so war sie von einer anderen Seite dem Inneren meiner Zwecke günstig. Sie nötigte mich, meinen Kindern alles in allem zu sein.
…私が陥った(助けのない)無援状態は重く強烈なものだったが、別の視点から言えば、私の内面的なねらいとしては、好都合だった。無援ゆえに(誰の助けもなかったおかげで)、私は自分のすべてを私の子どもたちに捧げることができたのだ。

Ich war von Morgen bis Abend soviel als allein in ihrer Mitte. Alles, was ihnen an Leib und Seele Gutes geschah, ging aus meiner Hand. Jede Hilfe, jede Handbietung in der Not, jede Lehre, die sie erhielten, ging unmittelbar von mir aus.
私は朝から晩まで、彼らの中で一人きりのような状態だった。彼らの体と心に良いものはすべて私の手から出てきた。困ったときに助けてくれること、教えてくれること、すべてが私からの直伝だった。

Meine Hand lag in ihrer Hand, mein Aug' ruhte auf ihrem Aug'. Meine Tränen flossen mit den ihrigen, und mein Lächeln begleitete das ihrige.
私の手は、子どもたちの手のなかにあった。私の目は子どもたちの目に向いていた。私の涙は子どもたちの涙と共に流れた。私の笑顔は子どもたちの笑顔と共にあった。

Sie waren außer der Welt, sie waren außer Stans, sie waren bei mir, und ich war bei ihnen.  
子どもたちは、世界の外にいた。シュタンツの外にいた。子どもたちは私のそばにいて、私は子どもたちのそばにいた。

Ihre Suppe war die meinige, ihr Trank war der meinige.
子どもたちのスープは私のスープであり、子どもたちの飲みものが私の飲みものだった。

Ich hatte nichts, ich hatte keine Haushaltung, keine Freunde, keine Dienste um mich, ich hatte nur sie. Waren sie gesund, ich stand in ihrer Mitte, waren sie krank, ich war an ihrer Seite. Ich schlief in ihrer Mitte. Ich war am Abend der Letzte, der ins Bett ging, und am Morgen der Erste, der aufstand. Ich betete und lehrte noch im Bett mit ihnen, bis sie einschliefen, sie wollten es so.
私には何もなかった。生活費(家計費)もなかった。仲間もいなかった。私を助けてくれる人もいなかった。私には、子どもたちだけがいた。子どもたちが健康であれば、私は彼らの真ん中にいた。子どもたちが病気だったら、私は彼らのそばにいた。私は子どもたちの真ん中で眠った。夜は一番最後に寝て、朝は一番早く起きていた。子どもたちが眠りにつくまで、私は子どもたちと一緒にベッドでお祈りをし、更に勉強を教えた。子どもたちはそれを望んでいた。

Alle Augenblicke mit Gefahren einer gedoppelten Ansteckung umgeben, besorgte ich die beinahe unbesiegbare Unreinlichkeit ihrer Kleider und ihrer Personen.
いつ何時も、病気の感染が倍増する危険にさらされており、私は、子どもたちの衣服や身体がひどく不潔であることを心配した(清潔にするようにケアした)。

Dadurch aber war es denn freilich auch allein möglich, daß sich die Kinder allmählich und einige innigst und so weit an mich anschlossen, daß sie dem, was sie Dummes und Verächtliches selbst von ihren Eltern und Freunden gegen mich hörten, widersprachen.
しかし、こうしたことをすることでしか、子どもたちが徐々にいくらかの愛着をもって私とつながることはできなかっただろうし、また、子どもたちの親や友人から聞いた私に対する罵倒や侮蔑に反論することもなかっただろう。

Sie fühlten, daß mir Unrecht geschah, und ich möchte sagen, sie liebten mich doppelt dafür. Aber was hilft's, wenn die Küchlein in ihrem Nest ihre Mutter lieben, wenn der Raubvogel, der ihnen allen den Tod droht, täglich mit seiner Gewalt ob ihrem Nest schwebt!
子どもたちは、私が不当な扱いを受けていると感じてくれた。だから、私は、子どもたちは二倍私のことを愛してくれていたのだ。だが、その巣の中にいるヒナたちが自分の母親を愛していたとして、もし彼らを死に至らしめる猛禽(肉食鳥)が毎日のように彼らの巣の上部で暴れまわるように飛び回っているとしたら、いったいどう助ければよいというのだろうか。

前に書いた僕の記事より


ペスタロッチーは、決して「理屈」や「理論」の人ではなかった。

子どもと共に生き、子どもと共に生活した人だった。

だから、彼は、「学問のネタ」ではなくて、「実践者のカテ」になる人だ。

自分の実践を見失いそうになるとき、ペスタロッチーのことを少し思い出してほしい。

「すべては子どもたちのために。決して、自分自身のためではなく」。

この精神が今、教育や保育の世界から消えようとしているように思えてならない。

損得を超えて、そして、境界線を越えて、子どもに向かう精神。

実利を度外視して、献身的に子どもを愛そうとする姿勢。

社会や大人たちの顔色を窺わずに、子どもだけに専心する態度。

そういう理想的な実践者の生き方を常に、思い出しておきたい。

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