2ヶ月間とは、結構長い時間の塊なのだと実感した。
久しぶりに我が家のドアを開けると、いつもと違う空気が私を迎えた。
というのも、色々な"モノ”達が少し”よそよそしい”のだ。。
もちろん私はといえば気管支からピコピコ音を立てたり、まっすぐに歩いているつもりで壁にぶつかるほど揺らいでいたし、話しかける声もカスカスと途切れて不明瞭だったりしたので、"モノ”たちが私をただちに認知してくれなかったのかも知れない。
私が不在だった”時間”が膜となってうっすら積もっている。
そんな感じだ。なんとなく不思議な感覚だ。
記憶に関係のある事なんだろうけれど。
”物と私”の”対話”は無意識であってもちゃんと行なわれているという事らしい。
「ちょっとそこの金槌君、何でそんな危なっかしいところに乗っているのですか!」
「そりゃあ、あんたが家を出る前に慌ててこんな妙な所に置き忘れて行ったんじゃありませんか。この2ヶ月の私の苦労といったら。。。何を勝手な。。!」
というような対話であるわけではないのだけれど。
そういえばアルベルト・モラヴィアの短編小説で『ぼくの世界(物は物)』と言う話を昔好きだった記憶がある。しかしその本を読んだのは随分と昔のことなので、殆ど内容は覚えていない。ある時主人公が気がつくと、身の周りの"もの”達が騒がしく色々な事を主張し始めると言うようなくだりがあったように思う。
物と自分の位地関係を違う角度で見手しまったときに何が起こったか?
主人公はコップや机の饒舌なおしゃべりを聞かされる。
もう一度読んで確かめたいのだけれど、手元には無し、本屋で捜しても見つからない。

上の写真に写っている愉快な"顔”はメジャー。東京の雑貨屋で手に入れた。
嘘の尺度を計るわけではなく普通に使える150cmのメジャーだ。もちろん鼻が伸びる。
これなどは喋りだしたらどんな事を言い出すことか?
久しぶりに我が家のドアを開けると、いつもと違う空気が私を迎えた。
というのも、色々な"モノ”達が少し”よそよそしい”のだ。。
もちろん私はといえば気管支からピコピコ音を立てたり、まっすぐに歩いているつもりで壁にぶつかるほど揺らいでいたし、話しかける声もカスカスと途切れて不明瞭だったりしたので、"モノ”たちが私をただちに認知してくれなかったのかも知れない。
私が不在だった”時間”が膜となってうっすら積もっている。
そんな感じだ。なんとなく不思議な感覚だ。
記憶に関係のある事なんだろうけれど。
”物と私”の”対話”は無意識であってもちゃんと行なわれているという事らしい。
「ちょっとそこの金槌君、何でそんな危なっかしいところに乗っているのですか!」
「そりゃあ、あんたが家を出る前に慌ててこんな妙な所に置き忘れて行ったんじゃありませんか。この2ヶ月の私の苦労といったら。。。何を勝手な。。!」
というような対話であるわけではないのだけれど。
そういえばアルベルト・モラヴィアの短編小説で『ぼくの世界(物は物)』と言う話を昔好きだった記憶がある。しかしその本を読んだのは随分と昔のことなので、殆ど内容は覚えていない。ある時主人公が気がつくと、身の周りの"もの”達が騒がしく色々な事を主張し始めると言うようなくだりがあったように思う。
物と自分の位地関係を違う角度で見手しまったときに何が起こったか?
主人公はコップや机の饒舌なおしゃべりを聞かされる。
もう一度読んで確かめたいのだけれど、手元には無し、本屋で捜しても見つからない。

上の写真に写っている愉快な"顔”はメジャー。東京の雑貨屋で手に入れた。
嘘の尺度を計るわけではなく普通に使える150cmのメジャーだ。もちろん鼻が伸びる。
これなどは喋りだしたらどんな事を言い出すことか?