金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

山の初めは高水三山

2008年01月06日 | 

今日(1月6日日曜日)、今年初めての登山に出かけた。もっとも登山というよりはハイキングに近いが。山は高水三山(たかみずさんざん)、JR青梅線沢井駅の北辺りに連なる標高8百メートル弱の山々で奥多摩登山の入門コースだ。ただし私は今日まで登ったことがなかった。

午前9時20分頃JR軍畑(いくさばた)駅を出発。徒歩で平溝川沿いの車道を登って行く。20分程で高源寺着、ここで道は二つに分かれ右側の道を辿る。標識がしっかりしているので迷うことはないだろう。傾斜が急になったところの農家の縁側で柚子が売られていた。4ケ100円、安そうなので頂くことにする。帰宅してから家内に聞くと「近くのスーパーでは1ケ190円」ということ。農家の直売品は皮に傷があったり形がいびつだそうだが、風呂に入れるつもりなので全く問題はない。

Yuzu

しばらくすると大きな堰堤が出てきてここから山道になった。スピードを上げて歩いてきたので汗をかいた。正月以来沢山飲んだお酒が出て行く様だ。10時35分常福院到着、高水山(759m)頂上直下にある真言宗の名刹だ。不動堂の前には木製の大きな太刀が供えられている。これはご本尊・浪切不動尊に因むものだろう。

Jyouhukuin

不動堂の裏から高水山の頂上に登る。展望はない。高水山から少し急な斜面を下ると岩茸石(いわたけいし)山の急な登りがまっている。岩茸という名前のとおり杉林の中に大きな岩がゴロゴロしているところだ。

Iwatakeishi_2

岩茸石山到着は11時10分、北側に棒ノ折山が見える。岩茸石山からルートは南向きになる。30分程歩いて11時40分に惣岳(そうがく)山到着。頂上には青渭神社がある。神社にいたずらをする不心得者を防ぐためとはいえ、お社が金網に閉じ込められているのは痛々しい。

Aouma

青渭の読み方だが手許の「奥多摩の尾根と沢」(奥多摩山岳会編・東京新聞出版局)では「あおぬま」とルビをふっているが、ネット百科事典のウイキペディアでは「あおい」とルビをふっていた。ウイキペディアによると多摩地方には三つの「青渭神社」があり、いずれも水にかかわりを持っているということだ。因みに惣岳山の南側徒歩2,3分のところに真名井天神の水場という湧き水があった。

さて一般的なルートはここから御嶽駅に下るのだが、私は途中で左にそれて沢井(御嶽駅より一つ青梅寄り)に向かった。沢井に向かう理由は小澤酒造で一杯お酒を頂いて、そして生酒を買って帰るためだ。青梅街道に到着した時間は12時30分、小澤酒造には3分程で到着。

登山所要時間を整理しておくと 軍畑駅(1時間20分)高水山(30分)岩茸石山(30分)惣岳山(55分)沢井駅 ということになる。今日は正月の酒で鈍った体を絞るため少し飛ばしたので、ガイドブックなどの参考タイムよりは1時間程早く歩いた。

銘酒澤乃井を直販している売店のすぐ近くにこんこんと湧き出ている石清水があった。この水は今日歩いてきた高水山から湧くものだと説明書きがある。私はまず一杯冷たい水を飲み、それから熱燗で「澤乃井」を頂いた。高水三山から「小澤酒造」というコースは天気の良い冬の日のお勧めハイキングコースである。

Sawanoi

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200年住宅って本当?

2008年01月06日 | 社会・経済

今週のエコノミスト誌は珍しく日本に関する記事を日本載せている。近頃は外人の関心は日本を素通りして中国やインドに向かっていて、海外メディアで日本が取り上げられることが少なくなっているのでやや奇異な感じがする。さてその一つの話題が日本の住宅の寿命の話だ。これは近々(仮称)「住宅循環利用促進法」という法律が国会に提出される可能性があるので、それを見据えての話だ。

200年住宅つまり超長期住宅構想は自民党の住宅土地調査会が07年5月に構想を発表したものだ。まずエコノミスト誌のポイントを紹介しよう。

  • 日本の住宅の6割以上は1980年以降に建築されたものだ。英国では89%の住宅、米国では78%の住宅、フランスでは66%の住宅が一度以上所有者が替っているが、日本ではたった13%の住宅しか所有者が替っていない。(つまり一人の所有者限りで取り壊されている)
  • この日本の異常な住宅市場のルーツは数世紀にさかのぼる。火事と地震で住宅は徹底的に破壊されるので、耐久性の高い住宅はほとんどなかった。
  • 戦後日本政府は減税措置なので個人の住宅取得を促進した。この政策は大いに成功し1968年には世帯数より住宅の数が多くなったほどだ。しかし安い建材で家が建築され、所有者は自分で住宅をメンテナンスする習慣もないため、住宅の寿命は30年と短い。
  • しかし今日では感じ方、姿勢は変わってきた。家の建替えは資金負担が大きい。高齢者は今住んでいる家を取り壊して更地にして売却し、新しいより狭い敷地を買い家を新しく建てるという具合に。またマクロ経済的に見てもコストは非常に大きい。人々は住宅の建替えコストを考え銀行に貯金するから、デフレ圧力が高まり金利はほぼゼロに張りついている。
  • そこで自民党は超長期住宅を建築する人には、国税・地方税・固定資産税を25%から75%減税することや、住宅ローンの期間を50年に延ばすことを考えている。しかし不動産の専門家はこれらの政策は力強さに欠けると指摘している。既存住宅市場の活性化には、建築工法の標準化や住宅の価値に対する透明性を高めることが必要で、もっと大きな税金の優遇措置が必要だというのが彼らの主張だ。

住宅の寿命問題は私にとっても大変な問題である。というのは私の家も築20年近くになる。目立つ程のガタがきている訳ではないが、いずれかの時点でかなり手を入れるか売却して、マンションにでも引っ越すかを考えなければならない。

ところでどうして日本は欧米に比べて住宅の寿命が短いのだろうか?その点について私の考察を述べると以下のとおりだ。(エコノミスト誌と重複する点は当然省略する)

  • 日本では「畳・ちゃぶ台・障子・ふとん型」の暮らしから欧米風の「フローリング・テーブル・壁・ベット型」に高度成長期の後変わっていった。(映画「三丁目の夕日」の頃つまり昭和30年代後半位は畳・ちゃぶ台型だった)欧米では何百年も「テーブル・ベット型」の生活で家や部屋のサイズもほとんど変わっていない。ところが日本で欧米型のライフスタイルに合わせるには、古い家を全面的に建替えた方が効率的だったと推測する。
  • 次に自宅を自分でメンテナンスする件だが、それをするためには「時間と場所」が必要だ。アメリカで暮らしていた時近所のおじさんたちは週末毎に柵を作ったりドアを替えたりとなんだかんだと家に手を入れていた。そしてそのために大きなガレージの半分を工具置き場にしていた。それは日曜大工の域を越えている。またやや細かい話をするとドアと日本の障子を比べるとドアは器用な人なら自分で取り付け可能だが、障子の溝切は職人さんでないと無理だろう。
  • 欧米の家は部屋のサイズや構造がかなり標準的であり個性的でない。つまり壁を中心としたスケルトン構造である。個性は家具などで出していく。ところが日本の建物はかなり個性的であり、保有者の好みが建物に反映し過ぎている。これは住宅を流通するものと考えているか自分一代限りのものと考えているかの違いからくる面もあるだろう。

さて将来の建替え資金に備えて、200年住宅関連銘柄の株でも探してみようか?

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