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最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

ネパール「死後を感じる世界」への旅

2022年09月14日 | 旅行
 来月ネパールにトレッキングと地震でダメージを受けた学校再建活動のためにネパールに行く予定だ。コロナ禍でしばらく行っていないが7回目のネパール旅行になる。
 ネパールに行くとヒンドゥ寺院や仏教寺院を訪れる機会が多い。我々は寺院を訪れるという。これは祀られている神仏を拝むのではなく、観光目的で行くので訪れるというのだ。日本でも多くの人はそこに祀られている神仏に深い祈りを捧げるためではなく、軽い祈りと美術的鑑賞のために寺社を拝観することが多いと思う。
 ところがネパール人でそのようなスタイルで寺社をお詣りする人はまずいないだろう。彼等はヒンドゥの神あるいは仏教の仏様に何かを強く祈るために寺社にお詣りする。そうネパールは「濃い宗教」の世界だ。
 そのネパールの中で特に印象深いのが、シヴァ神を祀るネパール最大のヒンドゥ寺院であるパシュパティナート寺院だ。ネパール人が理想とする死に方は、ここで荼毘に付され、その灰を寺院の前のバグマティ川に流されることだ。バグマティ川はガンジス川に流れ込み、ベンガル湾にそそぐ。
 ヒンドゥ教の教義では、人は現世の行いの良し悪しにより何者かに生まれ変わる。だから魂は永遠に続く。一方肉体はこの世での仮の乗り物に過ぎないので、死により役割を終えるとセミの抜け殻程度の意味しかなく、荼毘に付された遺骨は川に流されるのである。
 形だけを見ると日本で最近多くなってきたといわれる直葬と海洋葬の組み合わせと同じようなものだが、最大の違いは死にゆく人や遺族が死後の世界~つまり魂の永続~を強く信じているかどうかという点だ。
 科学的知識が普及している現在の日本で、本当に魂の不滅を信じている人は多くないと思う。一方死後のことは一切分からないという合理主義に徹し切った人もそれほど多くはないと思う。直葬に海洋葬にしろ、本人や家族の確固たる死生観に裏打ちされたものではなく、経済的な理由や後々の手間暇の観点から選択されることが多いのではないだろうか?と私は考えている。
 ネパールは釈迦の生誕地でもある。釈迦はネパールの南西部タライ平原のルンビニに生まれた。釈迦本来の教えは一言でいうと「死後のことは分からないので語らない。それよりも今目の前のことに集中しなさい」というものだった。これは魂の永遠と輪廻転生を根本教義とするヒンドゥ教と真っ向から対立する。更に言うと総ての宗教は、死後の世界つまり死んだ後も魂が生き続けることを前提に成立している。死んだらおしまいでは、宗教は成立しないのだ。
 その意味では釈迦は哲学者ではあったが、宗教者ではなかったと私は思う。もっとも釈迦は後に、仏教の分派から教祖として崇められ拝まれる対象となった。それが釈迦の本意にかなうものかどうかは別として。
 現在ネパール人の80%はヒンドゥ教徒で10%強が仏教徒だと言われている。10%強の仏教徒は釈迦直伝の仏教ではなく、チベット仏教やネワール仏教の信者だ。それらの仏教はヒンドゥ教の影響を強く受け、変容し、ヒンドゥ教にとって無害化されていると私は考えている。だから現在ネパールではヒンドゥ教と仏教は共存しているのだ。
 ネパールに旅を前にして私は釈迦の伝記や釈迦直伝の教えについて書かれた本を読み始めている。「濃い宗教」色が濃厚なネパールへの旅は、生き方を考える旅でもありそうだ。
 
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2022-09-17 11:18:02
はじめまして。
過去は、貴殿の経済記事から入りましたが、
(ネパールは一度だけですが、インド10回、日本では奈良好きのゆえ) 貴殿の宗教観やネパール記事も楽しく拝読しています。

今回のエントリーには共感多く、実は私も釈迦直伝の教え自体には興味があるのですが、良い本が見つかっておらず、今後のエントリーで、以下はどんな本か? 名前一言でも触れていただけるとありがたいです。

釈迦直伝の教えについて書かれた本

以上です。
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