これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

いいもの見たゾウ♪

2008年08月22日 22時31分49秒 | エッセイ
 昨日、ゾウの接触観察ができるツアーに参加した。
 国内では、生きているゾウに触れるチャンスなぞ滅多にない。せっかくのよい機会なので、妹一家も誘い、上野動物園まで行ってきた。
 10時に動物園表門集合。大人と子供が入り混じり、総勢30人ほどだろうか。地学団体研究会主催の小ぢんまりとした巡検ツアーが、そろそろ始動しはじめようとしていた。
「お母さん、テレビの撮影みたいだよ」
 娘のミキが指差す方を見ると、テレビカメラや大型マイク、スチール板を抱えたスタッフたちが、こちらに向かって歩いてくる。何かの番組収録が動物園で行われるようだ。真ん中にいる3人の若い男性がそれに出演する芸能人らしい。
「あっ、上地雄輔だ!」
 ミキの目つきが変わった。今人気のある『羞恥心』というグループの一員だそうだが、私にも妹にも、どれがその人なのかはわからない。
「小泉孝太郎もいる! すごーい! お母さん、早く撮って! 早く!」
 小泉孝太郎はわかる。私は急いでカメラを出すと、ズームにして3人組を撮影した。あっという間に3人は通り過ぎていった。
「あ~あ、行っちゃったよ。また中で会えるかな?」
 ミキは目一杯首を伸ばしたまま、名残惜し気に後姿を見送った。撮影の都合か、彼らは券売機で入園券を買い、中に吸いこまれていった。
「お母さん、今の写真見せて」
 実のところ、私に写真の才能はない。デジカメなのにピントがずれたり、被写体が枠からはみ出していたり、構図のセンスも悪かったりする。それを十分承知のミキは液晶画面を確認し、ほっとしたようだった。
「よかった。一応、上地と小泉ってわかるね! お母さん、ありがとう」

 本日の案内人は、比較骨学の第一人者、東京大学医学部解剖学教室助手の犬塚則久氏である。
 氏が一緒だと、ゾウ舎に入れてもらえるそうだ。ゾウ舎に掲示されている『ゾウの体のしくみ』という解剖図は氏が作成したものらしい。
 まずは、サルの観察をした。
「サルは鼻と尾をよく見てください。鼻の穴の間隔が広いものが広鼻下目、狭いものが狭鼻下目となります。広鼻下目にはオマキザル、狭鼻下目にはニホンザルがいます」
 氏の説明はかなり専門的なのだが、ときにはこんな調子になる。
「タカとワシの見分け方は簡単です。大きいほうがワシ、小さいほうがタカ」
 突然の単純な説明に、同行しているワンパク小学生がすかさず突っ込みを入れた。
「そーゆー問題かぁ?!」
 氏は子供慣れしているようで、上手くあしらっていた。
「ははは、そういう問題なんだよ。イルカとクジラも同じだよ。大きいほうがクジラで、小さいほうがイルカ」
 思ったよりも、親しみの持てる人物だった。

 いよいよ、ゾウ舎にきた。サル山に近いシャッターから中に入れてもらい、ゾウのもとへと歩いていく。鎖で仕切られた一角には、すでに14歳のゾウが顔を出して待っていた。
 お、大きい!!
 ゾウの中では体が小さいほうなのだが、人間と比べれば相当大きいので、泣き出したり逃げ出したりするちびっ子もいた。

 ゾウの方は意外と人懐こく、長い鼻を上下に動かして「パオ~ン」と鳴いたり、鎖に体を押し付けてこちらに来たがっている様子だった。青い作業服を着た飼育員が指示を出した。
「じゃあ、お子さんたちはバナナを食べさせてあげてください。皮は剥かなくていいですからね」
 バナナを手にへっぴり腰で近づく子供たちだったが、ゾウが鼻をクルクルと動かして器用につかみ取り、うれしそうな表情を浮かべて口へと運ぶ姿を見て、警戒心が解けたようだ。
「もっと近づいて、触っていいですよ」
 何しろ、顔を突き出しているので鼻や耳しか触れない。鼻はゴワゴワしていてキャンバス地の手触りに似ていた。頭や背中には釣り糸のような毛がたくさん生えているので、上に乗ると服を着ていてもチクチク感じるのだという。穏やかな優しい目には、長いまつ毛がボーボーに伸びていた。
 若ゾウがチヤホヤされているのに気づいたようで、31歳のナイスミドルゾウが横から割り込んできた。ゾウの平均寿命は60歳というから、ちょうど折り返し地点の年齢なのだろう。若ゾウを押しのけて場所を奪うと、こちらも愛想を振りまいて、人間たちのウケを狙っているようだった。
「はい、じゃあ写真撮影をしましょうか。ご家族単位で集まっていただけますか」
 ゾウに触らせてくれるばかりか、飼育員の方が写真まで撮ってくれるという、本当にありがたい巡検ツアーだった。
 私とミキは、妹一家と一緒の写真に収まった。あとから見たら、みんな自然ないい笑顔で映っていたのだが、怖がりの甥だけは硬い表情のままだった。
 この31歳のゾウはサービス精神が旺盛と見え、カメラのシャッターを切る瞬間に動きを止める。空気が読めるのかもしれない。まさか、カメラ目線になってはいないだろうが、年の功という感じだった。
「楽しかったね~!!」
 妹もミキも大満足でゾウ舎をあとにした。
 しかし、はしゃぎ過ぎた私はここで体力を使い果たしてしまい、午後の見学がとてつもなくツラかった。もともと、暑さには弱いのだ。真夏の動物園なんて、正直言って気が進まなかったけれども、普段はほっぽらかしのミキにアカデミックな体験をさせたくて、ちょっと無理をしてしまった。
 おかげで、アシカとアザラシの泳ぎ方の違いを聞いても頭に入らず、オオアリクイの食事シーンを見ても眠気に勝てず、意識朦朧としたまま巡検終了となった。
 犬塚先生、ごめんなさい……。
 ミキは久しぶりに甥と姪に会い、終始ごきげんだった。ヤギやヒツジとたっぷり戯れたあと、疲れも見せずに、元気いっぱいのまま帰路についた。

「今日見たもので、何が一番よかった?」
 帰りの山手線で、私はミキに聞いてみた。ミキは迷うことなく言い切った。
「決まってるじゃん、上地だよ!」

 あ~あ、やっぱりそうだったか……。



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コメント (2)
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