これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

天井からポトリ

2008年08月29日 23時57分37秒 | エッセイ
 高1の夏休み、日暮れから机に向かって英語の宿題をやっていた。プリントの英文に空欄があり、適切な単語を記入せよ、という問題だった。
 結構簡単なので、やっているうちに熱が入ってきた。カーテンを閉めた窓から、コツコツと何かがぶつかる音がしたが、宿題に集中していたから無視した。
 あとちょっと、というときに、机の上に黒いものが落ちてきた。そいつは器用に回転したあと、足から見事な着地を決めた。
 ゴキブリだぁー!!!
 思わず両手を上げてのけぞり、とっさに椅子から飛びのいた。大っキライなゴキブリが、よりによって目に前に降ってきたのだ。心臓が非常ベルのようにけたたましく鳴り響く。これは、戦わねばなるまい!
 ゴキブリも必死だったようで、6本の足を小刻みに動かして、プリントの下に潜り込んだ。
 逃すものか!
 手をグーにしてプリントの上に振り下ろした。あまり強く叩いてはいけない。手ごたえがあり、プリントをめくって痙攣しているゴキブリを確認した。あとは何枚も重ねたティッシュで始末するだけだ。
 まだ手足がガクガクと震えていたが、プリントの続きに取りかかった。だが、解いているうちに、大変なことに気がついた。
 やばい、ゴキブリの油がプリントについてる……。
 羽の油だろう。仕留めた場所の紙の色が、うっすらと透き通っていた。でも、これは宿題だ。申し訳ないと心の中で謝って、私は油つきプリントを提出した。
 宿題が返却されるということは頭の中になかった。しかも12月だったから、夏の忌まわしい出来事など完璧に忘れている。名前を呼ばれてプリントを受け取り、汚れが目に入った。はじめは先生が汚したのかと思った。夏休み・宿題・汚れがキーワードとなり、恐ろしい記憶が蘇ってきたのは、プリントに無造作に触れたあとだった……。
 !!!!!
 ……悪いことはできないものだ。
 ゴキブリが平気な人を私は心底尊敬する。

 妹が中3のとき、担任の先生は体育科の男性だった。「プラスアルファ」と言うのが口癖だったので、アルファというあだ名をつけられていた。
「修学旅行で泊まった旅館が、ゴキブリだらけだったんだよ」
 妹から修学旅行での出来事を聞いて、私は仰天した。
 2泊3日の修学旅行の初日、オリエンテーションで生徒全員が大広間に整列しているときに、チャバネゴキブリが現れ、壁を伝って天井へと向かっていた。
 ゴキブリの動きは慎重だ。スススーッと素早く進んだら、ピタッと止まって触角を動かし辺りを警戒する。スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッを繰り返して進んでいた。
「ねぇ、あれ、ゴキブリじゃない?」
 目ざとい生徒は隣の生徒に耳打ちし、どんどん動揺が広がっていく。当然、誰もが先生の話を聞かずにざわつき、顔を歪めてゴキブリの動きを監視していた。
 ゴキブリは天井に達し、大広間の中心を目指して歩いていた。
 スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッ。
 しかし、わざわざ中央まで来たところで、いきなりポロッと落ちてきた。その瞬間、大広間には生徒の悲鳴があふれかえった。
「うわあぁ~!」
「ぎゃあ~!」
 もはや、誰一人として並んでいない。少しでも畳に落下したゴキブリから離れようと、生徒は大広間の隅を目指して突進した。生徒同士がぶつかりあい、押し合いへし合いして、大広間は大混乱となった。
 スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッ。
 途方に暮れたように、ゴキブリは退路を求めて畳の上をウロウロしていた。
 そこへ駆けつけたのが、アルファである。アルファは、日本体育大学仕込みの華麗な足さばきで、ぽっかりと空いた広間の真ん中に走りこんできた。あっという間に、グローブのような大きな手を振り上げ、ゴキブリをワシづかみにした。
 す、素手で……。
 もう、誰も何も言えなかった。全員、口をポカンと開けて、信じがたい光景から目が離せなくなった。
 アルファは顔色ひとつ変えず、手の平のゴキブリとともに大広間を去っていったという……。

 アルファ、すごいなぁ! 実に素晴らしい! ぜひ、一緒に写真を撮ってもらいたいっ♪
 あ、でも握手は結構ですから。



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コメント (8)
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