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インド最高裁、ティースタ・セタルワル(Teesta Setalvad)に仮保釈を決定! その審理で最高裁長官が指摘した、グジャラート州警察の最も奇怪な部分

2022年09月03日 | インドの政治と司法
 インドの主要メディアが報じているので、既知の読者も多いと思うが、9月2日、インド最高裁のラリット最高裁長官(U. U. Lalit, CJI)をはじめとする3人のベンチ(法廷)は、ティースタに仮保釈(interim bail)を決定した。
 これが9月19日に予定されているグジャラート高裁の審理で、ティースタが請求している本保釈(regular bail)につながるかが次の着目点である。緊張は解けないものの、1日も早く保釈をと書いてから24時間経たないうちに、望ましい結果を見ることができて、2カ月余りの私の胸のつかえも少しやわらいだ。

 最高裁決定を伝える『LiveLaw.in』動画では、前日の論点をふり返っている(9月2日付)。
 グジャラート高裁に対して最高裁が指摘した多くの論点のうち、客観的に見ればたいへん滑稽で、かつ、いちばん興味深いのは、逮捕にいたる経緯とその理由の部分だ。

 審理には FIR という言葉がよく出てくる。First Information Report の略で、日本では「第1次報告書」などと訳されている。
 FIR は、犯罪の被害者や現認者などが、その事実を警察署に告訴・告発(complaint)し、捜査すべき事件として受理されたときに作成・登録される書面のことである。この FIR が登録されないと、捜査が開始されない(注)

注 記憶に近いところではビルキス・バノさんもそうだったが、とくに性犯罪の被害者や社会的弱者が被害を申告する場合、FIR を登録してもらうこと自体が非常に困難なケースが往々にしてある。

 ティースタの逮捕にあたっては、グジャラート州の警察官によって complaint がなされ、FIR が登録されている。日付は6月25日である。
 この同じ日にティースタは身柄を拘束され、逮捕された。ATS(対テロ特殊部隊)が出動するほどに巨大な陰謀に加担したという容疑である。この容疑では、グジャラート州警察の元 IPS(キャリア警察官)が2人、ティースタの共謀者とされている(ここでは立ち入らないが、2人に対する容疑もティースタへのそれと同じく不当である)。

 ところが呆れかえることに、FIR の被疑事実は、前日の6月24日に最高裁の別法廷から出された判断を、コピーしたものに等しいというのである。この判断とは、先にも触れたザキア・ジャフリ(Zakia Jafri)さんの訴えの棄却だ。

 ということは、6月24日の最高裁判決から正味24時間も経たないうちに FIR が登録されるほど、巨大な陰謀を疑う根拠を、complaint を行なった当該警察官は入手した。そういう滑稽な話にもなる。

 ザキアさんの最高裁判決自体、非常に問題を含んだ内容なのだが、それを奇貨として、グジャラート大虐殺に関する州政府の責任追及を続けるティースタを潰そうとした。1990年代からティースタの活動を見てきた立場としては、そういう意図が明らかだと思う。

 けれども、ティースタの保釈にまつわる最高裁の審理を吟味するうちに、そのような勇み足が、かえって墓穴を掘りかねないのではないかという気もしている。
 というのも、ティースタの逮捕がなければ、インドのメディアがそれほど熱をこめて報じなかったであろうザキアさんの訴訟に、あらためて注目を集めることになっているからだ。
 
 ザキアさんの訴えの主旨は、モディ州首相ほか当時のグジャラート州政府要人に、大虐殺に関する “嫌疑なし”(clean chit)という報告書を出した(2012年)、特別捜査班(SIT)に強い疑問を投げかけるものだ。

「clean chit」とは、無罪判決が出たとき、インドのメディアでよく使われる表現だ。
 しかしながら、日本ではほとんど認識されていないと思うが、モディ州首相ら州政府要人は、起訴され公判にかけられたのちに無罪判決を得たわけではない。SIT がそう結論づけたものを、裁判所が追認しただけである。
 だから、SIT の捜査に問題があったことが証明され認定されれば――実際にそういう指摘はむかしから多かったのだが――clean chit の前提が崩壊する。

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