インド映画の平和力

ジャーナリストさこう ますみの NEVER-ENDING JOURNEY

ヒンドゥ右翼によるインド映画界封じ込め工作:懐柔編② アナンド・パトワルダン監督『理性』〈Vivek/Reason〉第1章「悪魔の成敗」(Slaying the demons)にいう悪魔とはだれか

2022年11月03日 | インドの政治と司法
『女神は二度微笑む』〈Kahaani、2012〉の重要なモチーフとしても使われた、西ベンガル州最大級の秋の祝祭、ドゥルガ・プジャ(Durga Puja)。ヒンドゥ教の神々のなかでも、ベンガル地方で非常に人気が高いのがドゥルガ女神である。この祝祭のためにつくられる神像が、あちこちに設けられた祭壇(pandal)に鎮座する。

 今年は10月第1週に行なわれたが、その序盤に騒動が持ち上がった。ここでは『WIRE』の記事を引用するが(2022年10月3日付)、インドの主要メディアは軒並みカバーしている。そのぐらい物議を醸す光景だったからだ。

 ドゥルガ女神にまつわる神話としては、天界に暗黒をもたらした魔物、半身が水牛であるマヒシャ(Mahisha)退治のエピソードがよく知られている。祝祭での神像も、女神の足元に退治されたマヒシャが横たわっている(踏みつけにされている)構図をとるのがふつうだ。

 今回の騒動の焦点は、ヒンドゥ極右団体が設けた女神像のマヒシャが、坊主頭に眼鏡をかけ、ドーティ(dhoti、腰布)をまとった人間の姿にあしらわれていたことである(『WIRE』記事のトップ画像参照)。
 ここから連想させられるのはただひとり、М・ガンディしかいない。
 しかも発覚したのは10月2日、ガンディ生誕記念日だ。いかにも当てつけたように感じた者も多かった。

 第1報は『Times of India』出身で、ファクトチェックサイト『Alt News』で活動するジャーナリスト、インドラディープ・バッタチャリヤが、問題の画像をアップしたツイートである。
 大規模な祝祭のさなかに不測の事態をもたらしかねないと懸念したコルカタ警察サイバー班の指導ですぐ削除したというが、ことがことだけに、広く拡散されたあとだった。

 このヒンドゥ極右団体とは、ヒンドゥ・マハーサバ(Akhil Bharat Hindu Mahasabha、以下 HM)だ。1948年1月30日にガンディを暗殺した、ゴードセー(Nathuram Vinayak Godse)が所属していた団体である。
 ちなみにゴードセーは、現与党・インド人民党(BJP)の母体である RSS(民族奉仕団)でも活動していた。

 ところで当たり前のことだが、インド人だから、あるいは外国人でもインドに長く暮らしているからといって、インドの事象全般に通じることにはまったくならない。日本人だからといって日本の事象すべてに通じるわけではないのと同じである。

 今回の事件を報じるメディアの論調には、驚きのニュアンスが込められたものも見られた。
 だが、アナンド・パトワルダン監督のドキュメンタリー『理性』〈Vivek/Reason、2018〉を見た読者や観客には、驚くどころか、既視感を覚えるようなものだったはずだ。

『理性』第1章のタイトルは、英語版では「悪魔の成敗」(Slaying the demons)とされている。
 それでは、だれがだれを悪魔と呼んでいるのか。

 ここでの表現は demons と複数形だが、筆頭は間違いなくガンディである。
 RSS や BJP、VHP(世界ヒンドゥ協会)などのサング・パリワール(Sangh Parivar;「RSS ファミリー」の意)や、設立初期から RSS と関係の深い HM などヒンドゥ右翼にとって、ガンディは悪魔。
 その思想や行動に共鳴する者たちも、すべからく殲滅すべき悪魔なのだ。

 かれらがガンディを攻撃する根拠は複数あるが、近年とりわけ目立つのは、ガンディが英国からの独立運動の手段として用いたアヒンサー(ahimsa;非暴力)である。『理性』に登場する、さまざまなヒンドゥ右翼団体も、何度も槍玉に上げており、ほとんど憎悪に近いものがある。

 HM は「ガンディに見えるがガンディではない」として、それでも警察の要請でマヒシャ像を変更したというが、明らかに確信犯だ。いままでは内々で行なっていたものを、過去8年間、BJP のヘイトポリティクスがインドを覆ってきたのに乗じて、公にしただけにすぎない。

『理性』第7章「ヒンドゥー国家の父となる」(Fathering the Hindu Nation)では、アミット・シャー内務大臣が、ヒンドゥ右翼団体主催の集会で熱弁をふるっている。
「非暴力はもうたくさんだ。かつて非暴力が行きすぎた時代があった。サーヴァルカル(注)は示した。過剰な非暴力がいかにしてこの国を誤った方向に導いていたかを」

 この第7章でもうひとつ見落としてはならないことは、アヒンサー攻撃と表裏をなしているヒンドゥ教徒ひとりひとりが武装せよという提言だ。

注 Vinayak Damodar Savarkar; 1883-1966 ガンディ暗殺の共謀者として訴追されたひとり(有罪認定にはいたらず)。
『理性』では、シャー内相が、いかにサーヴァルカルに心酔しているかも示される。サーヴァルカルは、RSS イデオロギーに発展する「ヒンドゥットゥワ」(Hindutva)という概念を提唱した。日本では「ヒンドゥ性」とか「ヒンドゥ教の本質」、「ヒンドゥであるための根本原理」などと訳されている。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。