インド映画の平和力

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印パ紛争のビッグピクチャー⑤ アナンド・パトワルダン監督『理性』いちばんの見どころ! 11・26ムンバイ同時多発テロ事件にまつわる「闇」の奥深くへ

2019年10月08日 | ドキュメンタリー
 今週金曜日発売『週刊金曜日』10月11日号(1252号)で、山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)2019で上映予定、アナンド・パトワルダン監督『理性』のレビューを書いています(P.56-57)。

☆きんようぶんか 映画
ナチス崇拝者を戴く者が 権力に座るとき
『理性』


 ひとことで言えば、本作を見ずして、いまのインドは絶対に語れない、語ってはいけない。『理性』とはそういう作品である。しかも8章に分かれるそのひとつひとつが、長編ドキュメンタリーになってもおかしくないほどの内容だ。
 このため、通常のレビュー執筆の何倍も、紙幅の限界に七転八倒したが、後ろ髪を引かれつつ割愛した部分については、本ブログでおいおいフォローアップしたい。

 ここではまず、まだまだ書くべきことがある「印パ紛争のビッグピクチャー」に関連する、「テロと その物語」(Terror and stories of terror)という1章について簡単に触れる。
 この章がとり上げるのは、2008年11月26日に起きた「11・26ムンバイ同時多発テロ事件」にまつわる闇だ。テロ事件そのものは、パキスタンから侵入した「ラシュカレタイバ(Lashkar-e-Tayiba; LeT)」の犯行である。だが、「テロと その物語」が衝撃的なのは、まったく別の理由による。

 折しも公開中の劇映画『ホテル・ムンバイ』(2018、豪=米=印)は、11・26のうちタージマハル・ホテルでの人質事件を描いている。だが、リサーチを徹底したという謳い文句のわりには、LeT の実行犯10人がボートでムンバイ上陸するのが白昼。この冒頭を見ただけで、もうやめたくなってしまう(実際は夜)。
 大規模なテロ事件にはつきものだが、11・26でもインドのインテリジェンス(諜報機関)について重要な疑義が指摘されており(『理性』でも語られる)、昼か夜かという単純に見えるかもしれない違いであっても、その疑義に関わってくるのだ。事件の全体像の把握を大きく誤りかねないので、注意していただきたい。はっきり言うと私としては、非・推薦映画である。

 話を戻すと、11・26発生で、ムンバイ警察対テロ特殊部隊(Anti-Terrorist Squad; ATS)が出動した。
 攻防戦が激化するなか、日付が変わった翌日、ATS を率いるヘマント・カルカレ(Hemant Karkare)隊長が殉職する。LeT 実行犯のうちの2人、アジル・カサブ(Ajmal Kasab)とアブー・イスマイルに射殺されたというのが公式見解だ。

 しかし、『理性』に登場する証言者たちは、そこに疑義を呈する。

 カルカレ隊長を撃った弾丸はカサブら LeT によるものではないと断言するのは、元マハラシュトラ州警察上級幹部(Inspector General of Police; IGP、注)の S. M. ムシュリフ(S. M. Mushrif)だ。
 ムシュリフは2010年、『Who Killed Karkare?(だれがカルカレを殺したのか?)』と題する告発の書を著わした。まずマラーティ語で刊行し、ヒンディ語版や英語版も続刊された。
 同書を根拠に、カルカレ殉職に関する再捜査を求める社会公益訴訟(Public Interest Litigation; PIL)を、元ビハール州議会議員がボンベイ高裁に提起した。

注 インドの警察制度は非常に複雑で、警察官僚である IPS(Indian Police Service)の階級も州や主要都市によって少なからず異なるが、マハラシュトラ州警察の IGP はおおむねナンバー3からナンバー4に相当。

 もうひとりの重要証言者に、ATS 所管事件専属の特別公訴官(Special Prosecutor for ATS)ロヒニ・サリアン(Rohini Salian)がいる。
 サリアンは、11・26の2カ月前、ムンバイと同じ州内にあるマレガオンで起きた爆弾テロ事件の捜査報告書をカルカレ隊長から受け取り、その公判を担当していた。
 しかし、2014年以降、訴追に掌(たなごころ)を加えるよう、内務省傘下の捜査機関・国家捜査局(National Investigation Agency; NIA)から圧力をかけられた。そこで彼女は、主要英字紙『Indian Express』に内部告発する(2015年6月25日付)。

 ボンベイ高裁は2018年1月、先述の PIL を斥けた。とはいえ、今年のインド総選挙で、カルカレ殉職にまつわる謎があらためて注目されることになった。
 それを解明することが、なぜそんなに重要なのか? 
 11・26のとらえ方を根本から問いなおすだけでなく、時間的にも空間的にも巨大な陰謀を見透かすことに誘(いざな)うからだ。少なくとも2002年以降、インドで発生した多くの爆弾テロ事件のとらえ方は、根底から変わらざるを得ない。“テロ→ムスリム”という誤った連想に浸かりきっている者たちに猛省を迫る。

 カルカレ隊長やサリアン特別公訴官が追及しようとしたのは、サフラン・テロ組織(極右ヒンドゥ教徒のテロ組織)である。
 その首謀者グループの中心人物と目されるひとりが、先の総選挙で当選した。プラギャ・シン・タクール(Pragya Singh Thakur)という、現与党・インド人民党(BJP)の女性議員だ。

☆追記☆
『週刊金曜日』記事のタイトルを挿入しました。

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