さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

釜石の呑ん兵衛横丁へ 14

2015年09月28日 | 東北シリーズ



ホテルにチェックインして一番風呂に入り、夕方になって居酒屋へいざ出陣!
なんか昼にというか、4時間ほど前にやきとりと肉じゃがを、ビールとホッピーで
流し込んで酔っ払ったので、気分は2次会?大槌と釜石の復興居酒屋のはしごです。
夜の居酒屋をスキップしてはいかん。俺は何のために来たのだ?!
飲むためではないか。(=゜益゜):;*.’:;

↑釜石のシンボル(?)の鉄橋。右に見える工場は新日鉄釜石。居酒屋に行って、
胸板がドラム缶みたいで太ももがパンパンな連中が一杯になっていたらどうしましょw



こちらの復興商店街は、「はまゆり」です。私は食堂やラーメン屋ではなく、
まだ明るいけど早速居酒屋エリアへ^^;



ここ釜石の呑ん兵衛横丁は、本家の渋谷と関係あるらしいなあ。



そのうちの一軒に入りました。時間も早いのでまだひとり客。5~6人で一杯。



手作りのお新香と餃子。こちらの女将さん、震災の3月から9月まで体育館暮らしで、
それから今までずっと仮設住宅暮らしだそうです。避難民でひしめきあっていた
体育館での共同生活、そして希望の場所の仮設住宅への大変な申し込み、順々に
人々は体育館を出てゆき、最後におばあさんとふたりで残ったという話などを
聞きました。

いま住んでいるところは山の上なので、電気自転車でなんとか通っているそうです。
もう70は過ぎていらっしゃるので、坂はあるし遠くて大変だとか。

津波の恐ろしさを知っていたので、急いで逃げて、真っ黒い水が町を飲み込んでゆく
光景を高台から見たそうです。



在りし日の呑ん兵衛横丁の写真がカウンターに貼ってありました。みなさんいろいろ
わけありの人たちが店をやっていたとか。ここの多くの店が仮設に移ってきています。
でも、これからまた店を再建してやろうというのはとても大変過ぎる。というか
年配の方々にはほとんど無理。ちとせつない話でした。

それに、新しく街中に店を再開しても、そこは住居にしてはならないそうです。
だから寝る部屋やお風呂などは作ってはいけないと。なので再開してもどこか離れた
ところから通わなくてはならない。状況は大変厳しいのです。



コメントを投稿