goo blog サービス終了のお知らせ 

さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

南方記念館 15

2010年03月29日 | 関西シリーズ

白浜の北のほうに、南方記念館があります。熊楠の住んでいた田辺の家は見られませんでしたが、こちらは開いておりました~(^益^)b

熊楠ゆかりの品々がたくさん並んでおりました。

右のほうにいる係長の後ろにある顕微鏡で、熊楠の研究していた生きた粘菌を見ることができました。さらに図書コーナーでは熊楠の研究書が並んでおり、その中になんと知り合いが書いた本を発見w 絶版になっておりますが、帰ってからネットの古本屋を検索して早速注文し、読みました~(^益^;シラナカッタノ

屋上が展望台になっており、白浜と太平洋を一望することができました。

この景色を見るだけでも訪れる価値ありですぞ。。。

ちょっと感動ものだったのは、ご覧の神島(かしま)がよく見えたことです。ここには神社があり、合祀によってこの島の自然が破壊されそうになりましたが、熊楠の反対運動によって保護され、天然記念物保護区域に指定されたのです。神様の宿る島ですから長らく人間の手が入らず、ここにだけ生息する植物や菌類が沢山あったのです。

のちに米国農務省のスウィングル博士が熊楠を米国に招聘しようとして訪れたとき、案内したのがこの島であり、また天皇陛下が熊楠の話を聞きたいとやってきたときに「進講」をしたのもこの島なのである。

 

熊楠の粘菌研究

熊楠は曲芸団に加わってキューバ、ベネズエラ、ジャマイカなどを渡り歩き、植物や菌類の採集を行なった。その頃から熱心に研究したのが「粘菌」である。これが朽ち木などに生息する、ドロッとしたようなカビのような生物である。形もいろいろ、色もいろいろ。これが植物のようで動物のようで、アメーバのように動いて食物をとりこんで形を変える、原始生物なのである。

なぜこんなものに熊楠はとりつかれたかというと、生命の原初形態を探求することにつながるからだったようだ。さらにこの分野の研究はまだまだ未開拓であり、新たな発見をもたらすということも魅力だったに違いない。

「夢のお告げ」で那智の山の中で新種を発見することもあったとか。なんと自宅の庭の木からも新種を見つけ、それを大英博物館に送ると新種として鑑定され、正式名称として「ミナカテルラ」と名づけられた。また神社合祀反対運動を行なって投獄されたとき、刑務所のなかでも新しい粘菌の発見をしたそうである。

熊楠の長年に渡る忍耐強い調査のおかげで、世界で認定された粘菌発見の数は、イギリスとアメリカについで日本は3位になった。さてこの粘菌、南方記念館に顕微鏡が置いてあり、生きた本物を見ることができました。現物はものすごく小さいです。体液(?)が流れているのが見え、数秒ごとにそれが逆流しているのが面白い。

那智山中を歩けば、粘菌が見つかったりするのかなあ、などと思っていましたが、これは顕微鏡を携えながら、まつたけを探すよりはるかに集中力と職人技を必要とすることなんだなあ、とわかりました(^益^;