VIII.黄色の部屋(虹の世界) D108.風でチラシが 誰もかれも忙しそうだった。 無理矢理でも、渡してやろうと思って、体の真ん前にチラシを突き出した。 けれど、村人はさっとユリカをかわして、通りすぎていった。 それは、遠くで見ていると、ドッチボールのとき、もう人数は後わずかで、追いつめられて、もう少しでボールにぶつかりそうだけれど、よけた人に似ていた。 カールは、ユリカが一所懸命になっているのに、上手くいかないので、 「今日は一年で一度のお祭り、おめかしをしたり、おいしいごちそうを作ったり、忙しいんだろうな」 と励ましの言葉を送った。 ユリカは、 「そうみたいね」 と口びるをかんだ。 「カール、わたし、踊るからね、このチラシの見張りしていてね」 誰かの家の柵の前にカールとチラシをおいた。 簡単な踊りと言っても、みんなの前でするのは大変な勇気が必要だとユリカは思った。カールの大きな声がきこえた。 「おー、おー!」 カールは、チラシの上に乗っていたが、チラシは魔法の絨毯(じゅうたん)のように空中に浮いていた。 「たいへーん」 ユリカは言いながらカールの所へ駆け寄った。 ユリカが右手をのばしてたおれこんだ時、カールを乗せたチラシはチラシ二枚分、ほかのチラシから浮いていた。 ユリカは、カールの乗ったチラシを右手でおさえて、ほっとした。その時、風がふいてきて、他のチラシの束が風でいきよいよく飛んで行こうとしていた。 ユリカは、右手でカールの乗ったチラシをおさえながら、左手で他のチラシを押さえた。 が、ばらばらになっていたチラシは、左手で押さえただけでは間にあわなくって、ユリカは、左足で、右足でチラシの山を押さえつけた。 そんな動作に合わせて鐘がなっていた。どこに鐘があるのかユリカやカールにはわからなかった。ゲームの時に得点をあげたような音だった。 ユリカはこんなゲームがあったような気がするなと思っていると、ぱちぱちと拍手の音がきこえた。ユリカのまわりは人だかりができていた。 杖をもったストライプのスリーピースを着た白髪の紳士が、 「みごとなパフォーマンスだ!」 と手を叩いていた。 「ベスト、ファイブに入りました」 と声が聞こえた。何のことかしらと、ユリカは思ったけれど、そんなことは気にしている暇はなかった。 ユリカは、そうか、こんなピエロの恰好でこんなことをしていたら、大道芸と勘違いしているんだわと思った。 カールは、ここはチャンスだと思い、ユリカの帽子の上にのった。 「今晩、大サーカスがあります。皆さん、ぜひお誘いあわせの上、おいでください」 できるだけ大きな声で説明した。 「ほほー! サーカスか」 おじいさんは、口髭が大きく動いていた。 「そうです。大ダコのセールもはりきって皆様をお待ちしております」 ユリカは精一杯、大きな声ではっきりと、みんなの前で話した。 こんな経験、ユリカにとっては、初めてのことだった。恥ずかしくって仕方がないと、いつもなら思ったことだろうに、ピエロの恰好をしているユリカは、もういつものユリカではなかった。 どうにかして、サーカスがあるということを、皆に伝えたかったのだ。 「チラシもお受け取りください」 カールは、これは宣伝といっても、チラシを配る仕事だから、チラシを配ってこそ価値があると思ったのだ。 「どこから、声が出ているのでしよう」 やせた女の人が不思議そうな顔をしていた。 「そりゃ、サーカスの人だもんな」 その横の男の人が、腕組みをして感心していた。 「それより、お祭りの用意をしないとね」 女の人は忙しそうであった。 「けど、用意が終わったら、サーカスを見に行くよ」 「私も行くわよ」 「ありがとうございます」 ユリカは感謝した。感謝したけれど、誰もチラシを受け取ってくれなかった。 白髪の紳士は、 「みなさん、出し物はもうお終いみたいですな」 と言って、ステッキをくるくる回して、去っていった。
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そういえば、一時、従兄弟も「漫画家になるっ!」と新聞店で住み込みしていたような・・
それが今では立派な3人の子持ち・・・仕事は福祉関係です。 笑
サーカスと聞くと、どうしても物悲しいイメージが・・・
でも、サーカスって言葉自体も今では遠い昔なのかしら・・・(^^;)
いい思い出というより、客観的になれるので、
笑えますね。でも、そういう状況の人がいても、
笑えないと思えますが……。
チャップリンも笑えないことでも、
からりと笑わせて悩ませない。
これは喜劇としていいものだと思います。
悩んでも仕方がないこともあると思います。
サーカスあるのかなあと話していたら、
年配の女性が
「サルティンバンコもサーカスみたいなものよ」
と、教えてもらいました。
でも、動物はいないようですね。
サーカスと呼んでいいかは僕にはわかりません……。
http://www.asahi-net.or.jp/~BC5Y-FJWR/HMG/report/20001208.html
僕の子供時代はサーカスは楽しみでしたね。
木下サーカスがよくやってきました。
今でもあるようですよ。
http://www.kinoshita-circus.co.jp/htmls/toptop.htm
エレファントマンも見世物小屋に売られるのですが、
イメージは暗くても、一番幸せだった時代を、
彼は見世物小屋時代と話していたと思いますよ。