磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ジュニア・ライブラリー 水辺の祈り-構成詩--ヒロシマから-

2008年08月05日 | 読書日記など
『ジュニア・ライブラリー 水辺の祈り-構成詩--ヒロシマから-』
   えのゆずる・作/向井康子・絵/大日本図書1989年

いくつか歴史的事実ではない間違いもあると思いますが、大切なことを書かれていることが重要だろうと思います。



表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「子どもたちよ
 被曝者という名を持つ父は
 今日まで原爆につしいて口を閉ざしてきた
 しかし どうしても
 伝えておかねばならぬことがある
 --
 原子爆弾による「ヒロシマ」の悲劇は、人類が決して忘れてはならない最もたいせつな出来事の一つです。この平和への「祈り詩集」は、ひとりでも多くの人に、「ヒロシマ」を正しく受けとめて永く永く語りついでいただきたいという願いをこめて生まれました。」

--「大八車が行く」
ボクの子ども時代、京都にも大八車がありました……。
ゴムのタイヤではない大八車は、力が大変いるものだったと記憶しています。


戦争中といっても……。下「」引用。

「今の若者とくらべれば、暗いイメージで夢もロマンもないように思われますが、十五の心には、緊迫した世相の中で現実とは離れた若さの夢を追っていました。」

精神面と物質面の豊かさは正比例するものでもないと思います……。

このような詩集は、物質面だけの人たちは残せないでしょう……。


子まもり地蔵」という詩がありました。

ボクは少し考えました……。下「」引用。

「心を寄せて耳を傾ければ、きっと遺品や資料と対話することができます。生命に関わった遺品や資料に、「気持ちが悪い」という見方では、ヒロシマの心に触れることできませんし、核兵器が人間破壊につながることも考えることはできないでしょう。」

ボクは大田洋子のいった言葉を思い出します。
もし、そうだとしても、それは被爆者ではなく、原爆を投下した人の責任では?
--被害者は被害者ですね。

感性というものは、強制して否定するものではないと思います。

それを乗り越えることが大切だと思います。

ほとんどの人は、被爆者の人たちが語ってくださったら、きっと理解できると思います。

核家族の時代、病人をみることもないのです。

それよりも、怖いのは他人事と、きれいごとをいう生徒という語り部さんもおられます……。

しかし、自分の家族や知人を「気持ちが悪い」といわれて怒る人の感情も、もちろん理解できます。

それも理解してくれるだろうとボクは思います。

差別とは無関心などからも生まれることも、理解してくれたら、ありがたいのですが……。
--切り捨てるようなことだけではなく……。

「平和」という詩は豊かな物質文明が書かれてあります。
--しかし、これは保証されたものではなく、これから食料危機も予測する人たちもいます。









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