『週刊金曜日 2012-2-17』
平井康嗣・編/金曜日2012年
特集名 暴走する警察
「「緑の党」「緑の日本」が設立へ “虹色のグリーン”に“無色のグリーン”」
「2・11さよなら全国行動 原発稼働に批判高まる」 下「」引用。
「-略-呼びかけ人の一人、大江健三郎さん(作家)が「政治家も実業家も官僚もうやむやに原発の再開を認めようとしている。私たちは抵抗しなければならない。これは倫理なんだと。日本人が原発を全廃するのは倫理であって、いかなる他の価値、経済的価値や政治的価値を超えて一番大事な倫理。それを守り抜こうではないか」と強調した。
同アクションは八日、記者会見し、「各地の原発立地自治体の首長へあてた、原発を再稼働させないよう求める要請文」を発表。三月一一日には福島県郡山市で「原発いらない!3・11福島県民大集会」(呼びかけ人代表・清水修二・福島大学副学長)が開かれる。」
index
index
「自主避難者支援「全国サミット」福島市相談会に200人」 下「」引用。
「福島圏内で高線量の放射能被曝を日常的に強いられ、「自主避難者」として県外に転居したり、これから転居を考えている家族を助けようと、全国約五○の支援団体が一一日、一二日の両日、福島市で「放射能からいのちを守る全国サミット」を開いた。-略-
相談会終了後、参加した各団体は二日間の経験を土台にして全国組織を発足させることで一致。一人でも多くの子どもや家族を救うという共通目的を掲げ、互いに結束することを誓い合った。」
「除染、除染と言うけれど」境野米子。下「」引用。
「境野さんの地域でも、地域総出で除染が始まりました。
はたしてどれくらい効果があるのか、まったくの未知です。
「除染」という言葉だけがひとり歩きしているような気もするのです。
一二月の末になって、町内の通学路の除染作業が行なわれました。学校の校庭は終わり、次は通学路というわけです。消防団や行政が行なう除染には二五万円が支給されることになり、回覧板で参加を呼びかけられました。区長さんは、あらかじめ線量測定を講習会で学んだようで、通学路を測定した地図が一一月末に各戸に配布されました。
汚染は地域の中でもまだら模様です。わが家の真下の県道などは、地面から一メートルの高さで放射線量は○・九~二・○マイクロシーベルト/時、地面から○・五メートルの高さで一・○~二・四、側溝は一・○~一・九。かなり高い場所があるのがわかります。
しかし今回の除染作業は、線量が高い側溝は「持って行く場所ができてから」とのことで一切を着けず、道路の両脇の土手の草をホウキや熊手で掃き出し、アスファルト道路面を高圧洗浄機で洗うだけでした。参加者には恒例のゴミ拾いの時のように、ペットボトルのお茶が配られました。
また「家の除染をすすめるために、二台の高圧洗浄機を町内で回すので、各自で除染をしてほしい」と言われました。二カ月たちましたが、まだ除染の効果はわかりません。高圧洗浄機も回ってきません。回ってきても、わが家のような土壁、草屋根に、高圧洗浄機を使う気にはとてもなりません。汚染が強い杉山を背負っているわが家に、そんな戦場が役に立つわけがないとも思います。-略-」
index
「「新聞は世界平和の原子力」が標語に 柴田鉄治(JCJ代表委員)に聞く原子力報道の失敗の連続3」本多勝一。下「」引用。
「-略-
柴田 こうした推進一色の国民世論に乗って、というよりむしろその方向に世論を引っぱったのがマスメディアだった。一九五五年の新聞週間の標語は「新聞は世界平和の原子力」だったからね。「原子力」という言葉が、いかに明るく力強いイメージだったかの証拠、そうでなければこんな標語が選ばれるはずはないんだから。
本多 戦争中の標語を今見ると驚くのに似た驚きでもある。
柴田 原子力開発の草生期、いやその前の胎動期ともいうべき頃から世論をリードした二人の新聞人の名を忘れることはできない。一人は読売新聞社主の正力松太郎氏、もう一人は朝日新聞論説委員の田中慎次郎氏で、田中氏はのちに出版局長として『朝日ジャーナル』誌を創刊したことでも知られる。」
ねじめ正一。下「」引用。
「3・11を前にさまざまな行動が全国であるが、今週末のお薦めは「2・19脱原発杉並デモ」(東京中心主義かよと批判されるかもしれませんが)。〈政党や団体を問わない“有象無象”の集団〉脱原発杉並-略-の主催。-略-作家のねじめ正一氏、評論家の西尾幹二氏など多彩な人々が賛同人に名を連ね、本誌も協賛している。-略-」
index
INDEX
INDEX
平井康嗣・編/金曜日2012年
特集名 暴走する警察
「「緑の党」「緑の日本」が設立へ “虹色のグリーン”に“無色のグリーン”」
「2・11さよなら全国行動 原発稼働に批判高まる」 下「」引用。
「-略-呼びかけ人の一人、大江健三郎さん(作家)が「政治家も実業家も官僚もうやむやに原発の再開を認めようとしている。私たちは抵抗しなければならない。これは倫理なんだと。日本人が原発を全廃するのは倫理であって、いかなる他の価値、経済的価値や政治的価値を超えて一番大事な倫理。それを守り抜こうではないか」と強調した。
同アクションは八日、記者会見し、「各地の原発立地自治体の首長へあてた、原発を再稼働させないよう求める要請文」を発表。三月一一日には福島県郡山市で「原発いらない!3・11福島県民大集会」(呼びかけ人代表・清水修二・福島大学副学長)が開かれる。」
index
index
「自主避難者支援「全国サミット」福島市相談会に200人」 下「」引用。
「福島圏内で高線量の放射能被曝を日常的に強いられ、「自主避難者」として県外に転居したり、これから転居を考えている家族を助けようと、全国約五○の支援団体が一一日、一二日の両日、福島市で「放射能からいのちを守る全国サミット」を開いた。-略-
相談会終了後、参加した各団体は二日間の経験を土台にして全国組織を発足させることで一致。一人でも多くの子どもや家族を救うという共通目的を掲げ、互いに結束することを誓い合った。」
「除染、除染と言うけれど」境野米子。下「」引用。
「境野さんの地域でも、地域総出で除染が始まりました。
はたしてどれくらい効果があるのか、まったくの未知です。
「除染」という言葉だけがひとり歩きしているような気もするのです。
一二月の末になって、町内の通学路の除染作業が行なわれました。学校の校庭は終わり、次は通学路というわけです。消防団や行政が行なう除染には二五万円が支給されることになり、回覧板で参加を呼びかけられました。区長さんは、あらかじめ線量測定を講習会で学んだようで、通学路を測定した地図が一一月末に各戸に配布されました。
汚染は地域の中でもまだら模様です。わが家の真下の県道などは、地面から一メートルの高さで放射線量は○・九~二・○マイクロシーベルト/時、地面から○・五メートルの高さで一・○~二・四、側溝は一・○~一・九。かなり高い場所があるのがわかります。
しかし今回の除染作業は、線量が高い側溝は「持って行く場所ができてから」とのことで一切を着けず、道路の両脇の土手の草をホウキや熊手で掃き出し、アスファルト道路面を高圧洗浄機で洗うだけでした。参加者には恒例のゴミ拾いの時のように、ペットボトルのお茶が配られました。
また「家の除染をすすめるために、二台の高圧洗浄機を町内で回すので、各自で除染をしてほしい」と言われました。二カ月たちましたが、まだ除染の効果はわかりません。高圧洗浄機も回ってきません。回ってきても、わが家のような土壁、草屋根に、高圧洗浄機を使う気にはとてもなりません。汚染が強い杉山を背負っているわが家に、そんな戦場が役に立つわけがないとも思います。-略-」
index
「「新聞は世界平和の原子力」が標語に 柴田鉄治(JCJ代表委員)に聞く原子力報道の失敗の連続3」本多勝一。下「」引用。
「-略-
柴田 こうした推進一色の国民世論に乗って、というよりむしろその方向に世論を引っぱったのがマスメディアだった。一九五五年の新聞週間の標語は「新聞は世界平和の原子力」だったからね。「原子力」という言葉が、いかに明るく力強いイメージだったかの証拠、そうでなければこんな標語が選ばれるはずはないんだから。
本多 戦争中の標語を今見ると驚くのに似た驚きでもある。
柴田 原子力開発の草生期、いやその前の胎動期ともいうべき頃から世論をリードした二人の新聞人の名を忘れることはできない。一人は読売新聞社主の正力松太郎氏、もう一人は朝日新聞論説委員の田中慎次郎氏で、田中氏はのちに出版局長として『朝日ジャーナル』誌を創刊したことでも知られる。」
ねじめ正一。下「」引用。
「3・11を前にさまざまな行動が全国であるが、今週末のお薦めは「2・19脱原発杉並デモ」(東京中心主義かよと批判されるかもしれませんが)。〈政党や団体を問わない“有象無象”の集団〉脱原発杉並-略-の主催。-略-作家のねじめ正一氏、評論家の西尾幹二氏など多彩な人々が賛同人に名を連ね、本誌も協賛している。-略-」
index
INDEX
INDEX