四、お地蔵さんがコンコンさん
37.お地蔵さんがコンコンさん
晴れ渡った空が清々しい。アパートの敷地内で子どもたちは遊んでいる。
「雄二、どこに隠れる？」
池山は雄二にきいてきた。
「うーん、あっち」
雄二はアパートの東の少し高くなったところに行った。
「薮に隠れるんかい。でも、鬼が幸江だからいいや」
池山は笑っていた。他の子どもなら発見できないだろう。だけど幸江なら大丈夫だ。ふたりは薮に隠れた。
枯れた雑草が胸のあたりまであって、このままでは頭が見えるだろう。二人は同時に自然と腰をかがめた。
「雄二、これ見てみいー」
雄二は雑草を払い除けた。
「なんや、これ」
小さな家があった。いいや、家とは少し違う。それは祠だった。
「お地蔵様とちゃうか」
「そうやな」
雄二は地蔵盆のことを思い出した。
「よかったな」
雄二は立ち上がり手を叩き土を落とした。
「何が」
池山はいぶかしそうな顔をしている。
「幸江ちゃん、呼んでこう」
雄二はうれしくって心が踊った。隠れん坊は止めた。
幸江たちといっしょに元の所へ戻った。
「雄二と池山、見つけた」
「隠れん坊しているときちゃうでぇ」
「えっ、何かあったの！」
幸江は真剣な表情になった。
「幸江、お地蔵さんがあったで」
「何いっているの、もう一度いってよ」
「お地蔵さんがあったんや。このアパートにも……」
「ほんま！ やったやん。すごい」
「こっちや、こっち」
幸江はほこらを見ると、
「やった！」
と大きな声をあげた。
「何がうれしいんや」
池山は不思議そうにきく。
「何がって、もう一ヵ月もしないうちに、地蔵盆やないの」
幸江が説明した。
「それがどないした？」
「地蔵盆にはお地蔵様がつきものやないの」
ほかの地区では地蔵盆のときには、お地蔵様を飾りつける。お地蔵様のまわりに子どもが書いた提灯をつけたりする。お地蔵様の前にテントをはって、茣蓙（ござ）をしいて、そこでお祭をする。
雄二の住んでいる地区はアパートに住んでいる子どもだけである。
「お地蔵様のまわりをきれいにしょう。今年の地蔵盆にはお地蔵様がいはるんや」
幸江は喜んでいた。
掃除道具を持ってきって、掃除を始めた。
「ここに、茣蓙ひこうね」
「茣蓙、取ってくるで」
雄二は家に走った。
「雄二、何をしているのですか」
振り向くと、それはジョンさんだった。
「お地蔵様、見つけたんや！」
「お地蔵様？」
ジョンさんは雄二についてきた。
「どうしたんや」
曽我のおばあさんもついてきた。
「これはなぁー、お地蔵様とはちがうがな」
曽我のおばあさんが眉間に皺をつくっている。
「ほら、ここにコンコンさんがいる」
「狐のことやね」
幸江は目をしょぼしょぼさせて話した。
手のひらにのるくらいの小さな狐の陶器があった。子どもたちはがっかりした。
「こんなところにお稲荷さんがあるなんて気がつかなったわ」
曽我のおばあさんはお祈りをはじめた。
それがすむと、ジョンさんに説明する。
「そうですねん。ここは、むかし料亭があったところですねん。それで、商売繁盛の神様がまつってあるのでしょうねぇー」
曽我のおばあさんは思案顔だった。
「もとは料亭だったのは知っています。ここは由緒あるアパートなのです」
ジョンさんは池山に話した。
「このボロ・アパートがかいな」
「そうですよ」
ジョンさんはにこにこしている。
「そういえば、雑誌社の人が写真撮りに来たこともあるんやで」
「知っているよ。ストロボつきのカメラもっていたよ」
「このアパートは幕末に活躍した坂本龍馬さんと関係あるそうじゃ。坂本龍馬はそらー、もう偉いお人でなあー……」
曽我のおばあさんの長話が始まる。
そんな偉い人がこんなところに来るとは思えなかった。
また、いつものホラ話だと思った。
「ジョンさん。もうじき地蔵盆があるの、仲間にはいってね。地蔵盆はお地蔵様のお祭り。お地蔵様は子どもの神様なのよ」
「違うで、お地蔵様は地蔵菩薩という菩薩様やで」
曽我のおばあさんは説明した。
しかし、曽我のおばあさんだって、お稲荷さんに線香を上げていた。
お地蔵様がコンコン様だった。まるで、狐に騙されたみたいだ。掃除までしてしまった。池山はお地蔵様に興味がなかったはずなのに、一番、悔しがっていた。池山らしいといえば池山らしいのだけど……。
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