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英霊-創られた世界大戦の記憶- パルマケイア叢書 15

2010年07月15日 | 読書日記など
『英霊-創られた世界大戦の記憶- パルマケイア叢書 15』
   ジョージ・L・モッセ(著)/
     宮武実知子(訳)/柏書房2002年

原書名 Fallen soldiers



帯に書かれてあります。下「」引用。

「戦後日本の「ねじれ」を解く鍵がここにある!
欧州の「戦後」、すなわち第一次大戦後ドイツで展開された戦没者崇拝をめぐる左右勢力の攻防。
靖国問題を読み解くためにも書かせない一冊。」

覆い隠すために……。下「」引用。

「第一次大戦に至って、ナポレオン戦争の法外な喪失という記憶は色褪せ、十九世紀の戦争における死者数は、後に到来するものとは比べようもなくなった。こうした戦死の新たな次元ゆえ、戦死を覆い隠して超越する努力が、かつてなく切実に必要とされたのであった。」

文学作品が戦争の現実を覆い隠す……。下「」引用。

「だが記念されたのは、戦争の恐怖ではなく栄光であり、悲劇ではなく意義である。国民のイメージと変わらぬ魅力を重視する者が神話を創作する役割を果たし、戦死から痛みを取り除いて、戦闘と犠牲の意義を強調した。戦死者の祝典や、戦争から生まれた文学作品が、彼らを支援した。本来は忌まわしいはずの過去を受け容れやすくすることが意図されたが、痛みを癒すためのみならず、何より国民の正当化こそが重要であった。戦争は国民の名において遂行されたからである。」

「戦争体験の神話」 下「」引用。

「戦争体験の現実は、「戦争体験の神話」とでも言うべきものに変容した。戦争は有意味な神聖でさえある出来事として回顧される。こうした戦争理解は、一国の専売特許ではないものの、とりわけ焦眉の必要に迫られていた敗戦国で発展した。戦争体験の神話は戦争を覆い隠して、その体験を正当化しようとした。つまり、戦争の現実に取って代わることとなったのである。」

キリスト教が悪用される……。下「」引用。

「戦争の記憶は聖なる経験へと改変された。国民には宗教的感情という新たな深遠が与えられ、随所におわす聖人や殉教者、礼拝の場、継ぐべき遺産が任された。キリストの腕に抱かれた英霊の絵[図1]は、戦時中からよく知られていた。この絵は、殉教と復活という伝統的な信仰を、生活の隅々にまで浸透する市民宗教として国民国家に投影する。英霊祭祀は戦後、ナショナリズムという宗教の主眼となった。それは、戦争に敗れ、戦時から平時への移行に伴って混乱を増しゆくドイツのような国にとって、最大級の政治的衝撃となったのである。」

右翼の原動力となった「戦争体験の神話」。
ドイツで、青年崇拝(カルト)をつくりだしたという……。

横領した戦争記念……。下「」引用。

「公の戦争記念は、宗教と自然を横領した。これらはいつの時代も人々を高揚させてきた。戦争の記憶もまた、平凡化の過程へと横領された。戦争は矮小化された結果、畏敬させ怯えさせる存在ではなく、ありふれたものとなった。文鎮に使われた砲弾であれ、Uボートのハーモニカであれ、ヒンデンブルクのクッションであれ、戦中戦後においては、そうしたグッズが一定の目的を満たした」

もくじ

戦争モニュメント。下「」引用。

「戦争モニュメントは、戦没者祭祀のための地域的な焦点を提供した。戦没者の墓ではなく、伝統的な戦争モニュメントの方が、彼らの犠牲を記念する役割を果たしてきたからである。」

ステレオタイプ……。下「」引用。

「ドイツのみならず、例えばフランスでも、戦没者は奇跡を起こすために墓から甦った。ローラン・ドルジュレスの有名な『死者の目覚め』(一九二三年)では、フランス人の生活に正義と道徳を取り戻すために戦没者が甦る。イタリアでも、戦没者は死を超越して復活する。これらの発想は、理想的な戦士という時を超えたステレオタイプを通じて、あらゆる戦争墓地とモニュメントに反映された。」

飛行機とフランス、児童文学……。下「」引用。

「ドイツではなくフランスで最初に、飛行機は国民的救済のシンボルとなった。何と言っても、一八七一年のプロイセンによるパリ包囲の時、ガンベッタがパリを立ったのは気球に乗ってではなかったか? そして、「空へ舞い上がる共和制」の発想が、気球から飛行機へと転換するのはごく自然ではなかろうか? 戦前、フランスの児童文学で飛行機は、国民の安全とドイツへの復讐を象徴した。もちろん、ドイツ人も飛行には魅了されたし、登山と同じく航空技術も国民にとって崇敬の対象となった。しかし、戦前は海軍力が国民にとって最大の関心事であったため、飛行機はそれに次ぐ関心しか引かなかった。ドイツ人のほとんどは、飛行機は単なる冒険やスポーツと見なしていたのである。」

生活の一部となり、野蛮化……。下「」引用。

「戦前から戦後にかけて生じた変化は、量的かつ質的な変化であった。過去の野蛮な側面の中でも最悪の部分が、幾つも増幅されて表れた。野蛮化の過程は、ヴァイマル共和国の最初と最後という不穏な段階に支配的となり、かつてない規模で、敵の見分け方と政治言説とを決定した。戦争はすでに多くの人にとって生活の一部と化していた。そしてそのことが確かに、戦後政治の趨勢に対して不利に作用したはずであった。
 戦争そのものが、大いに野蛮化を促進する要因であった。-略-」




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