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朝日選書549 ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者

2007年12月30日 | 読書日記など
『朝日選書549
 ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』
     藤永茂・著/朝日新聞社1996年

オッペンハイマーはファウストではなく、愚者であるとの著者。ファウストよりは愚者がいい。愚者は人間であろう。キリストの智恵は愚者の智恵という表現も一瞬脳裡に浮んだ……。



ハーヴァード大学卒業の年(1925年)のオッペンハイマー
--4年過程の化学科を3年で修了した。

実験科学ではないオッペンハイマーが実験物理学者ラザフォードの指導下に入ることを希望。トムソンの下で実験の仕事をやらされて苦しむことになったという。

「毒入りのリンゴ」とは……。
--リンゴ(apple)は英語ではいろいろな表現に使われるという……。

ボーアを尊敬したオッペンハイマー。下「」引用。

「ロバート・オッペンハイマーはコペンハーゲンで修業する機会を逸したとはいえ、ボーアを師として仰ぎ、その国際的に開かれた科学者共同体の理念を自らの理念とした。
 私たちは、オッペンハイマーによって、その理念が皮肉な悲劇的な姿で実現されるのを見ることになる。それは、軍隊が延々と張りめぐらした有刺鉄線に取り囲まれた魔の山ロスアラモスで実現されたのであった。いや、それは一つの「大いなる幻影(イリュージョン)」と呼ぶべきものであったかもしれない。」

キリスト教ではない「トリニティ」だという。下「」引用。

「実験を「トリニティ」と命名したのはオッペンハイマーだが、彼はその理由をはっきり述べなかった。キリスト教の三位一体を意味するものではなかったようだ。」

が、何のことかは伝えられていないとしたら……。多くの人が、宗教とそれでは関連づけるのではないか? ボクもきちんと話を聞くまでは関連づけてしまうでしょう……。

後に都合が悪くなったので、こう答えた可能性もあるので?

『デイ・ワン』は最悪だと著者。下「」引用。

「最悪のノンフィクションの典型であれるワイデンの『デイ・ワン』が邦訳されていないのは幸いである。アメリカでは映画にもなった。」

1945年10月16日、ロスアラモス研究所に対する陸軍の感状がオッペンハイマーに手渡された。その祝典で。下「」引用。

「世界の諸国民は一つとならなければなりません。さもなければ滅亡が待っています。地球をかくまでに荒廃させたこの大戦が、このメッセージを書いたのです。原子爆弾がこのメッセージをすべての人にわかるようにはっきりと書いたのです。ほかの人たちも、別の時、別の戦争で、別の武器について、同じ言葉を語りましたが、それが世界を制することになりませんでした。人類の歴史のあやまった通年に迷わされて、今度もうまく行くまいと考える人もいます。我々はそれを信じません。我々みんなが直面する危機を前にして、法においても、人間の名においても、我々は力を尽して、ひとつに結ばれた成果の実現を目指すのです」
 この日、この言葉を残して、ロバート・オッペンハイマーはロスアラモスを去った。」




『フランク報告』のフランクについて書かれてありました。

テラーを英雄し、オッペンハイマーを悪とする記事がフォーチュン誌に掲載れれたという。また、1954年、『水素爆弾』タイム・ライフ社の二人の記者J・R・シェブリーとC・ブレア著では、テラーに都合のよいことばかりが書かれてあったが、それは嘘だったという。

死の床のフェルミはテラーを叱ったという。
そして、テラーは謝罪状を『サイエンス』誌に発表したという。

汚い裁判をされたという。下「」引用。

「オッペンハイマー聴聞会という名の非公開の裁判は、はじめから汚い裁判だった。「原告」側のAECが「被告」オッペンハイマーを有罪とするための証拠とした文書の多くは「国家秘密」であるという理由で、被告側に閲読を許さなかった。ストローズはFBIに要請してオッペンハイマーと弁護人の間の会話や電話を盗聴したので、被告側の法廷戦略などがAECのロブにはつつ抜けであった。」

オッペンハイマーとテラーの著者の比較。下「」引用。

「ロバート・オッペンハイマーは、個人的生活では、折につけて嘘をついて生きた人間の一人であろう。われら罪深き凡夫の一人であったに違いない。しかし、エドワード・テラーの嘘は凡夫の嘘とは異質のものである。」

1947年11月25日、マサチューセッツ工科大学(MIT)で、オッペンハイマーは「物理学者は罪を知った(Physcists have known sin)」と語る。

ローレンスは「私は罪どころか大きな誇りを感じている」と言ったと伝えられているという。

この本では、いろいろな解釈を取上げられているが、言葉どおりでいいとボクは思う。

この著者はそもそもの『原爆神話』のことを考えられたことがあるのでしょうか?

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ここが原点であって、オッペンハイマーの裁判が原点ではないとボクは思います。

『神話』をつくりあげ、事実をねじまげている人たちの方が問題である!

愚者として生きたオッペンハイマーは人間であろう……。









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