「8050問題」という言葉をご存知でしょうか。「80」代の親が「50」代の子どもの生活を支えるという問題です。背景にあるのは子どもの「ひきこもり」です。ひきこもりという言葉が社会にではじめるようになった1980年代~90年代は若者の問題とされていましたが、約30年が経ち、当時の若者が40代から50代、その親が70代から80代となり、長期高齢化。こうした親子が社会的に孤立し、生活が立ち行かなくなる深刻なケースが目立ちはじめています。NHKに寄せられたメッセージも交えながら、「8050問題」について考えます。
◎8050問題 背景は、ひきこもりの長期高齢化
今年1月、札幌市のアパートの一室で、82歳の母親と52歳の娘の遺体が発見されました。検針に来たガス業者が、電気がついているのに応答がないことを不審に思い、事態が発覚。死後数週間が経っていました。警察によると、2人の死因は栄養失調による衰弱死。母親が先に亡くなり、娘がしばらくあとに死亡していたことがわかりました。
近所の人によると、娘は10年以上ひきこもりの状態で、買い物や食事の世話は母親がしながら、地域とのつながりも避けるように暮らしていたと言います。医療や福祉の支援も受けていなかったとみられています。
「2016年の内閣府の実態調査によると、同じようなひきこもり状態の人たちが全国で54万人と公表されています。ただし、これは39歳までで、40歳以上の方々の数がカウントされていません。
最近は自治体の調査で、40代以上の人たちが半数を超えるという、調査結果が次々にでています。例えば佐賀県の調査では、40代以上がひきこもり層全体の7割を超えていると。さらに長期化という意味でも、例えば茨城県の調査では10年以上が4割を超えるというデータがでており、長期高年齢化というのは全国的な傾向にあるのではないかと思います。」(池上さん)
◎長期高齢化するひきこもり。その理由を池上さんは現在の社会構造にあると指摘します。
「必ずしも、不登校の延長だけではなく、誰でもひきこもりの状態になり得るという状況が今あると思います。1つには、一度レールから外れるとなかなか戻れない社会の構造になっているということがあります。履歴書社会で雇用関係も大きく変わってきて、コスト競争などが激しくなり、非正規や派遣の数も増大している。そういう中で、非常に職場の環境自体がブラック化していて、そこで傷つけられる、あるいはものすごい働かされるということで、自分がこのまま職場にいたら壊されてしまうという危機感から、防衛反応としてひきこもらざるを得ない人たちが増えているという現状があるのかな、と思います。」(池上さん)
◎精神疾患や障害が要因になっている場合も
NHKには不安を抱えているという当事者の方々からも声が寄せられました。
「私自身、現在無職のひきこもりです。10代からの精神疾患のため何度もそこから抜け出そうとしていますが、気づいたら40歳で怖くて死にたい気持ちです」(にこ・40代女性・福岡県)
「大学中退後、10年以上ひきこもり。職歴もバイト歴もなし。両親は定年を迎え年金生活。自分はもう人生諦めてる。」(年金滞納中・30代男性・滋賀県)
家族からも届いています。
「45歳無職独身実家住まい。私は難病を抱える精神障害者。弟は20年以上ひきこもり。父は要介護2の身体障害者。母が倒れたら一家心中するしかない。」(みもざ・40代女性・奈良県)
寄せられた声には精神疾患や障害があるという方が多く見受けられましたが、必ずしもそういう方ばかりではないと池上さんは言います。
「ひきこもりの方たちの中には確かに精神疾患を抱えた人たちもいるんですけども、一方で社会的ストレスで、今の生きている社会から自分を守るために、命を守るために、あるいは尊厳を守るためにひきこもらざるを得なくなっている人たちが、最近増えているような傾向がありますね。」(池上さん)
「私は身体障害者なんですけど、『障害者』って認められて楽になったことって結構たくさんあるなって思って、健常者のときのほうが社会の目線や風当たりがきつかったけれど、障害を持っているからという理由で少し甘く見てもらえる部分がでてきたりするのかなぁと思っています。でも障害の認定をまだされていない方とか、まだグレーゾーンにいる方っていうのはすごくキツイ思いをしているんじゃないのかな、と思いました。」(豆塚さん)
◎知られたくないから隠す、社会につながれないひきこもり
番組には次のような声も届いています。
「ひきこもりをなおしたいから、両親から逃げたいのに逃げられない。社会保障の生活保護も親が邪魔して受けられない。」(さと・男性30代・沖縄県)
「支援とつながってない人たちがたくさんいて、家族そのものが社会や支援とつながってないというケースがあります。例えば今、医療も受けられなかったり、生活保護にしても、障害の手帳にしても、それを認めない、自分の子どもがそういう状態だと認めない、という親によってですね、隠されてしまうという。もう監禁状態におかれていることによって、じゃあ本人たちはこれからどうすればいいのか、どう生きていけばいいのか、わからなくなっているという現状があるのかなと思います。」(池上さん)
では、どうして『認めない』ことになってしまうのでしょうか? ひきこもることが恥だと親も思い込まされているのでしょうか。
「生きるっていうことがいちばん大事なはずなのに、生きることよりも、他人との比較とか、評価とか、横並び的に考えてしまって。自分の子どもに障害があったり、ひきこもっていることが恥ずかしい、と。あまり知られたくないという感情のほうが、生きることよりも優先されてしまうという現状がある、という感じがします。働くことが前提というふうに社会が設計されているので、親も本人たちも『働かない自分はダメなんだ』と否定に入ってしまって、どんどん追い詰められている感じがしますね。いろんな生き方がある、多様な生き方がある、ということを、もっと家族が認めて肯定しないと状況は改善していかないと思います。」(池上さん)
◎就労ありきではない多様な支援を
ひきこもりが長期高齢化している人たちがいる中で、これからどのような支援が必要なのでしょうか。 数年前に親を亡くしたという40代のひきこもり当事者の女性からの声です。
「私自身のいちばんの不安は、やはり金銭面と生活面のことです。『母が生きているうちに、なんとか自立したい!』と思って、これまでいろいろ頑張ってきました。現在は母が残してくれたお金でなんとか生活している状況なのですが、それもだんだん少なくなり、仕事ができるようになるまで、毎日不安でたまらない日々を過ごしています。」(匿名・40代女性・地域不明)
池上さんは長期高齢化するひきこもりの対策として、就労ありきという考え方を見直すべきと指摘します。
「支援のメニューの選択肢が少なすぎると思います。就労というのが1つのゴールになっていて、就労ありきの支援というものしか事実上なかったと思うんです。実態調査を行って、課題が何なのか、何を当事者たちが求めているのかを知った上でメニューを構築していかなければならないと思います。」(池上さん)
都道府県や政令指定都市には「ひきこもり地域支援センター」というものがあります。支援の対象を39歳までと年齢で区切ってしまっている場合はお住まいの市町村にある、「生活困窮者支援窓口」へご連絡ください。「生活困窮」という名前ではありますが、ひきこもっている本人や家族の相談・支援も行っています。
※この記事はハートネットTV 2018年4月24日放送「HEART-NET TIMES 4月」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。