雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

信州紀行~前山寺

2008-12-19 | 旅行
 さて、実は『前山寺』方向へ向かうには、二つのルートがあった。ひとつはオーソドックスに、上がって来た道を下って「松茸屋」の看板があるところまで戻り、そこからわりと広めの道路に出て、来た方向とは逆に進んで行けば、やがて『無言館』を表示する看板があるからそれに従って行けばよいとのこと。これはおじさんが教えてくれたポピュラーなルート。もうひとつは、別れ際小母様がふと思いついて進めてくれた「展望台」ルートだ。
 それは、来た道とは逆に山のほうへ、要するに、このリンゴ園からさらに上へと登っていくのだと。そのまま道なりに進んで行けば途中、古安曽の町並みを一望できる展望台があるとのこと。少し道幅は狭くて舗装も整っていないのだけれど、「この車(なんの変哲もないスズキワゴンR)なら大丈夫よー」是非行ってみるといい、と自信を持って笑顔で薦める小母様を蔑ろにできるであろうか?できまい・・・。
 かくして私たちは、展望台の魅力はあるものの、おそらく険しいルートなのだろうな・・・と胸中募る不安、というか不満を押し隠し、小母様にしっかり見送られながら山道へと車を走らせた。

 実に、一分も走らせないうちに、砂利石まみれの未舗装小路に突入し、私たちは暗鬱な気持ちに支配された。しかし私たちは負けなかった。たとえ険しく、震度五弱くらい(?)の振動に揺さぶられようとも、ガッコンガッコン愛車に悲鳴を上げさせていようとも、先程触れたあの人たちの人柄を讃え合い、気持ちだけでも平穏を保とうとしていた。

 だが、それにもまして、道は険しく、ともすればそんな平穏は揺れる車体とともにどこかへ吹っ飛んでいきそうであった。

 いい加減うんざりしてきたところで、『展望台→』の表示(これがまた手作り感溢れるペンキ文字で、ところどころ赤い汁が垂れ滴っているのがホラーっぽい)が見えて、無理矢理にテンションをあげたりしてみる。

 しかし、その無理なるテンションも鬱蒼と木々が繁る小路から急に視界がひらける場所に至るれば、たちどころにナチュラル・ハイ・テンションに。すぐさま車を止め、車外へ飛び出てその圧巻なる絶景パノラマに目を見張る。いや、マジですごい。確かにそこからは下界が一望でき、まるで模型鉄道を走らせるジオラマの様。

「すげぇな!見てみろよ!」私が感嘆の声を上げ妻のほうへ振り向くと、彼女は何やら神妙な顔つき。

「おしっこしたい・・・」感動が台無しである。

「そこらでしろよ。どうせ誰もこないって」野外プレイを強要する暴夫。が、しかし、ふと視線を先にやると建築現場などでよく見かける簡易トイレがあった。そしてもう少し先には風通しの良い丸太小屋みたいな、おそらく『展望台』と思われる東屋が設置されている。

「あぁ、あれが展望台だな・・・」

 そんなことはどうでもいい!と言わんばかりの勢いで妻は兎にも角にも簡易トイレに突っ走った。

 どうにか平静を取り戻した妻と自称展望台へと向かう。一応、展望台というだけあって使用料100円の双眼鏡などが一基設置されていたりする、が、見下ろせばそこはリンゴ畑と家々が点在する素朴な風景、いったいこの双眼鏡で何を見ろというのだろうか?私たちはそれを無視してしばし長閑な眺めに心奪われた。

「村だな」

「村だね」

 夫婦の感想が一致したところでその場を後にした。果たして、あの険しい砂利道を通ってまで拝むべき風景であったか?あったはずだ、いや、あった。あった、と、思いたい。なにより旅先では、気になる箇所には行くべきなのである。またいつ来れるか分からぬ異郷の地。今見ずして後悔するか?見て後悔するか?なら、見て後悔するほうが絶対いいのだから。それが私の旅の方針なのである。

 で、あるからして、さして寺院仏閣などに興味がないにも関わらず、薦められるがまま行った前山寺や三重塔など、とりあえず拝観したものの印象は薄い。特筆すべき点が見当たらない。得てして、神や仏は苦しい時くらいにお目見えするくらいが丁度いいのであろう・・・。

 それでも、持参した「るるぶ」調べによれば、この前山寺の住職の奥方が作る「くるみおはぎ」なるものが絶品だとのこと。これは是非とも喰らいたいものだ!と意気を揚々とさせたのも束の間、「要予約」の文字で撃沈する。

 そんなこんなで、くだらない旅の方針なんぞに従って馬鹿にならない拝観料を払って後悔の念を抱きつつ、次なる場所『無言館』へと罰当たりな二人は進むのであった。



~まだ、つづく~
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