2020@TOKYO

音楽、文学、映画、演劇、絵画、写真…、さまざまなアートシーンを駆けめぐるブログ。

■ベニシアのハーブ便り

2007-07-17 | ■エッセイ
  
  「ベニシアのハーブ便り」という本、これは良い。一見、ターシャ・チューダーの亜流のように見えるが、そうではない。英国貴族のベニシア・スタンリー・スミスが、豪奢な生活を捨てて、京都・大原の古民家に暮らす。

  絵になるひとである。この本では、京都の四季とベニシアの凛々しい姿がとらえられていて、写真も第一級の出来である。春=大原を流れる高野川の岸辺、夏は三千院極楽寺に遊ぶ。紅葉に萌える大原を自転車で走る姿=秋、冬の京都は自然の厳しさを体現しつつ、あまりに美しい。

  これほど美しく内容の詰まった本が1,900円で買えるのは嬉しい(世界文化社)。

  四季と聞いて思い出すのはビバルディのヴァイオリン協奏曲。日本ではイ・ムジチ合奏団の演奏で大ヒットした。

  ベニシアの紡ぐ京都の四季を描いたページをめくりながら、私はアンネ・ゾフィー・ムターの演奏する「四季」を思い出した。カラヤンと共演しているEMI盤ではなく、Trondheim Soloists との共演によるドイツ・グラモフォン盤である。この企画は、ジャケットが凝っていて、Lillian Birnbaum と Marco Borggreve の写真が、立体的なデザインのCDアートワークと解説書(カラー刷)に横溢している。一見、四季とは何の関係もないようなムターの写真群だが、一枚一枚の写真に見るムターの格好よさは、容易にビバルディの音楽を21世紀にワープさせてくれる。

  新しいもの、が好きだ。ビバルディの「四季」については、イ・ムジチをはじめ、ミュンヒンガー、マリナー、最近のビォンディに至るまで、たいへんな数のCDがリリースされている。私がムターのグラモフォン盤を第一に挙げる理由は、ひとえに、このアートワークの斬新さ、そして何よりもムターの音楽の新しさによる。1700年代の音楽が、こんなに新しく、美しく、何より新鮮で澄んで21世紀に甦ったのだ。

  京都・大原の四季に悠々と遊ぶベニシアの姿を追いながら、私にとっての温故知新という言葉が浮かんだ。京都の夏が暑いことは十分知りながら、学生の頃のように、古(いにしえ)の都をあちこち歩いてみたい気になっている。

  (写真は、ベニシア・スタンリー・スミスさん)

  
コメント
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