2020@TOKYO

音楽、文学、映画、演劇、絵画、写真…、さまざまなアートシーンを駆けめぐるブログ。

Leica in Seoul ライカ・イン・ソウル

2008-07-26 | ■エッセイ
■Leica D-LUX3 (c)Ryo  

  10年ぶりにソウルに行った。1泊2日のタイトな旅程、仕事の中身も結構ハードなものだった。

  7月23日と24日、ソウルは10年前と同じように雨が降っていて、街は灰色に煙っていた。ソウルにも梅雨がある、今はまだその真っ最中なのだ、とタクシーの運転手が言うのを聞きながら、私は漢江(ハンガン)に架かる橋を渡った。

  黒く、うねるように流れるこの大河も、晴天の日に訪れれば、おそらくは川岸で遊ぶ子どもたちや、日を浴びてくつろぐ市民の姿を見ることができるのだろう。しかし、雨のソウルしか知らない私にとって、轟々と水をたたえて流れる漢江は常に何かを引き裂く巨大なエネルギーの脈動のように映る。男と女を、親と子を、北と南を、人間の抗いがたい力が強引に引き裂いていくようで息が苦しくなる。

  深夜のプレジデントホテル、人の気配が無いバーのカウンターに座ってシャッターを押した。そのまま寝てしまいたいと思うほどに疲れていた。

  

  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

誕生日おめでとう!

2008-07-15 | ■エッセイ
  今日は長男の28回目の誕生日だ。タックさん誕生日おめでとう!今から35年くらい前、ヨーロッパを彷徨っていたときに、コペンハーゲンの友だちから、世界のどこへ行っても、その土地の言葉で「ありがとう」が言えれば生きていける…と聞かされたことがある。そこで覚えたのがデンマーク語のタックという言葉。この言葉はいつも心の中にあった。生まれてくれてありがとう!という意味をこめて、長男の名前はタック=拓になった。

  本日=長男の誕生日、当の親父はといえば、解決すべき仕事上の問題が多すぎて朝から東奔西走していた。午後5時過ぎ、ようやく諸々が一段落して同僚とバーのカウンターに座り苦いビールを飲んだ。少しホッとした後に、馴染みのバーテンダーとニューヨークのドライマティニーの話になり、それはやがて私たちにとって忘れることのできない酒体験という話に発展した。

  私は同僚とバーテンダーの会話を遠くに聞きながら、28年前の7月15日のことを思い出していた。あの夜、私は今日とはちがって新宿にいた。西口にあるジャズバーのカウンターに座っていたのだ。そろそろ子供が生まれるかもしれない、などという話を呑気に交わしながら、私は英会話のアメリカ人教師とビールを飲んでいた。

  何しろ携帯電話など無い時代のこと、夜もふけてから、何となく気になって店の公衆電話から実家に連絡したところ、母から、とっくに子供が生まれていたことを聞かされた。どうやら家族中で私のことを探していたらしいのだが、私は、そうとは知らずに、マイルスやコルトレーンを聞きながらビールの海を泳いでいたのだ。

  受話器を置いて、「子供が生まれたぞー!」と叫んだとたん、店の中は一気に誕生祝賀パーティーになだれ込んだ。そこでアメリカ人教師から飲まされたのが、ジャック・ダニエルのビール割りという凄まじい飲み物。

  ジャック・ダニエルが入っている大き目のジョッキに、ビールを勢いよく注ぎ込む。それをググっと飲み干すのだ。28年前の7月15日、公衆電話で長男の誕生を知ったあとのことは、まるで覚えていない。これも、私にとって忘れることのできない酒体験のひとつだ。

  先週、新宿で飲むことがあって、帰路、久しぶりにこの店に立ち寄った。もちろん、28年ぶりというほどではないにしろ、ここ数ヶ月はご無沙汰していたものだ。店主は私より少し若いのだが、私の長男と彼の3番目の息子が同じ歳という間柄。子供たちのことを話しつつ、私の視線は彼の目の前に置かれている一升瓶に移った。

  「それ、焼酎?」
  「そうだよ」
  「何だかいろいろ書いてあるけど…」
  「ああ、これ?オレの誕生日に子供らがプレゼントしてくれた一升瓶なのさ」
  「へえ、それ何て書いてあるの?」

  彼は黙って一升瓶の向きを変えて私の目の前に置いた。そこにはフリーハンドの筆跡で、『お父さんでありがとう』という言葉が書き付けられていた。お父さんでありがとう。何度も声に出して読んでみた。お父さんでありがとう。

  店主が微笑みながら、「龍一、これ飲んでみるか?」と一升瓶を取り上げた。「いいのか?」と聞くと、「もちろんだよ。一緒に飲もう」とこたえて、グラスになみなみと注いだ。一口飲んでから、「お父さんでありがとう…か」と私は呟いた。彼は大きな声で笑いながら、「お父さんでありがとう、だぜ。すごいだろ!何たって、お父さんでありがとう、だぜ」と叫んだ。そして、私たちはぷっつりと沈黙した。二人とも、ただ下を向いて、鼻をずるずるさせながら、黙って酒を飲みつづけた。

  

  

  

  

  

  
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヘイリー

2008-07-14 | ■芸術(音楽、美術、映画、演劇)
  
  久しぶりに何も予定のない土曜日が訪れたので、出来るだけ意味のないことをして過ごそうと思い、SHM-CDと普通のCDの聞き比べ大会をひとりで開催した。
 
  SHM-CDのことは2007年12月10日のブログに書いたので詳しいことは省略する。CDのマテリアル(素材)であるポリカーボネートの透明度を高めたことでレーザーピックアップの情報読み取り量が増えて再生音が飛躍的に向上したというもの。

  この成果は圧倒的なもので、カラヤンの指揮によるワグナー「ニーベルングの指環」、マーラー「交響曲選集」などを立て続けに買い込んだ。実際、ワグナーやマーラーといった大作をSHM-CDで聞くと、今まで何を聞いていたのだろう?と首をかしげてしまうほど、音質は飛躍的に改善されている。

  というわけで、土曜日の昼下がり、ワグナーとマーラー、そしてコルトレーン、ドルフィーなどをゲストとして密かに我が部屋で開催した聞き比べ大会はとても充実したものになった。そして本日月曜日、HMVで「純~21歳の出会い / ヘイリー」というSHM-CDに出会った。
  
  現在リリースされているSHM-CDのほとんどは旧アルバムの再発売、新譜の段階でSHM-CD仕様のものに出会ったのはこれが初めてである。すべてのSHM-CDがそうであるように、このアルバムも初回限定盤。迷わず買い込み、今それを聞いている。
 
  ヘイリーという人が何者なのか?このアルバムが何なのか?相変わらず何も知らないまま聞き始めた。そういえば本田美奈子が亡くなったあと、残された録音物にオーバーダビングするかたちで「アメイジング・グレイス」を録音したという話は以前テレビで見たことがあった。そのひとがヘイリーだったのだ。

  このアルバムには「アメイジング・グレイス」のほかに、日本の歌の名曲中の名曲が収録されている。オーダーは以下のとおり。
  1.アメイジング・グレイス
  2.ハナミズキ
  3.雪の華
  4.白い色は恋人の色
  5.千の風になって
  6.花
  7.涙そうそう
  8.翼をください
  9.卒業写真
  10.時代
  11.I believe
  12.白い色は恋人の色(SHM-CDのみのボーナストラック)

  ヘイリーの声は普通に美しい。マイク乗りがよく、透明度が高いので多くのひとに好まれる声質だと思う。変なクセや節回しがないので、心地よく聞き続けられる。まさしく、SHM-CDの醍醐味ともいえる透明な再生音とあいまって最大の効果を発揮するはずだ。

  しかし、それは充分な効果を発揮しなかった。許せないのはそれぞれの曲のアレンジ=編曲である。ライナーノートによると、編曲者は以下のひとびと。John Langley, Hayley Westenra, Steve Abbott, Ian Tilley.

  私はこの中のひとりも知らない。彼らが書いたスコアは、大昔の8トラックのカラオケ並みである。これは勘ぐりだが、編曲者は外国人を装う日本人ではないか?それほど、日本の安物アレンジをそっくりそのまま盗用したようなチープさで、音楽的な創意もなにもない。ヘイリーの声が純粋であればあるほどバックの無能アレンジが際立って聞こえて、それはヘイリーそのものを蹂躙しているようにさえ聞こえてくるのだ。普段、どうにもならない悪声の男によって聞かされ続けていた「千の風になって」だけは新鮮だったが…。

  SHM-CDだからといって、何を買ってもよいというものではないことが分かった。ヘイリーに比べて、同時に購入したNatasha Marsh(ナターシャ・マーシュ) は期待がもてる。次回ブログご期待ください。



  

  
  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログ開始から本日で1周年!

2008-07-01 | ■エッセイ
  このブログを始めてから、いつの間にか1年経ちました。2007年7月1日、ブログの細かい機能も分からないまま手探りではじめた「TOKYO1975~∞」、途中で「白龍@TOKYO2008」と改題し、今日までに173本の原稿をアップしました。

  もともとブログとはWeb Logのことだそうで、ウェブ上の航海日誌といった意味合い。

  実際、私のブログはまさしく航海日誌そのものでした。風の向き、潮の流れなどを観察しつつ、1年前の7月から9月初めまでは、日曜を除いてほぼ毎日書きとおしました。毎日毎日異なるテーマで書くのはたいへんなことだと実感しつつ、文章修行の意味もあって、私は書き続けることを自身に課していました。

  その勢いはやがて失速し、数週間にわたって更新をサボることもありました。ブログというのは面白いもので、毎日書き続けていると読者が漸増しますが、少しサボると漸減どころか、激減してしまいます。再び多くの読者を獲得するのは容易なことではありません。それでも、変わらず私のブログを読んでくださっている方々に、私は心から感謝の言葉を捧げたいと思います。

  この1年間、ほんとうにありがとうございました。
  これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

  

  

  

  

  
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする