2020@TOKYO

音楽、文学、映画、演劇、絵画、写真…、さまざまなアートシーンを駆けめぐるブログ。

■オン・ザ・ロード

2007-07-06 | ■文学
  
  東京国際ブックフェアに行ってきた。年々、その規模が小さくなるようで寂しいかぎりである。とはいえ、それぞれの出版社は、(おそらく予算を削りながらも)工夫をこらして自社の特長をアピールしている。

  ブックフェアのお目当ては、ほとんどの書籍が2割引で買えること。とくに、日ごろなかなか書店の棚に並ばない人文、社会科学系の書籍が安く手に入るばかりでなく、その全貌を閲覧できるのだから、これは収穫である。みすず書房や白水社の本は、背表紙を見ているだけで心が安らぐ。

  今回は、平凡社ライブラリーから2冊、そして河出書房新社の外国文学を1冊買って帰った。「世界の歌」ジャン・ジオノ著。帯表1のコピーは、「行方不明の息子を探す老父と木や魚と話せる詩人のような男が織りなす荘厳な旅物語」(原文のまま。読点はない)。訳者の山本省氏は長いあとがきを書いているのだが、そのごく一部が帯の表4に引用されている。こんな感じだ。「世界の歌」というタイトルにふさわしい物語を書きたいという野心をジオノは持っていた。……「世界」とは、人間の世界であると同時に、動物や植物さらに山や河や平野など自然界のありとあらゆる世界でもある。……二人の主人公を中心に、漁師、きこり、医者、牛飼い、革職人など、多彩な人物が繰り広げる壮大な感動の物語。

  「世界の歌」というタイトルに一目ぼれし、帯のコピーに惹きつけられて、迷わず購入。書き出しの三行だけ、どうしても紹介したい。「夜。河は森のなかを両肩でぐいぐい押すように流れていた。アントニオは島の先端まで進んだ。先端の片側では水は深く、猫の毛のように滑らかだったが、もう一方の側では浅瀬のいななきが聞こえていた。アントニオは楢(なら)の木に触れた。手を通して木の震えを聴いた」。どうです?読みたくなるでしょ!

  河出書房新社から、嬉しいニュースを聞いた。今どき、なんと世界文学全集が刊行されるのである。ブリタニカや平凡社など、百科事典の全盛期があったように、大手出版社が文学全集を競って発行していた時期があった。百科事典は電子辞書に姿を変え、文学全集も、いつの間にか消えていった。猫も杓子もデジタルな時代に、世界文学全集全24巻刊行開始!嬉しいではないですか。何が?って、出版社としての姿勢です。これこそ、「版元の魂」と呼びたい。観音開きのパンフレットには、本文組み見本が原寸で載っている。ああ、まるで昭和にタイムスリップしたみたい。そうそう、昔の文学全集には編集委員というのがいて、それを冠とした各社の差別化があった。ところがである。今回の全集は編集委員たった一人。池澤夏樹=個人編集と堂々と謳ってある。

  今回のブログは引用が多い。引用が多いと長くなる。長くなるとブログを読んでくれる人が少なくなる。どうでもよい。これだけは、絶対に読んでいただきたい。パンフレットに記されている池澤夏樹氏の言葉、これぞ名文の見本である。これもまた無断引用だが、宣伝と思って許して欲しい。では引用します。

  世界文学全集宣言 人が一人では生きていけないように、文学は一冊では成立しない。一冊の本の背後にはたくさんの本がある。本を読むというのは、実はそれまでに読んだ本を思い出す行為だ。新鮮でいて懐かしい。そのために、「文学全集」と呼ばれる教養のシステムがかつてあった。それをもう一度作ろうとぼくは考えた。三か月で消えるベストセラーではなく、心の中に十年二十年残る読書体験。その一方で、それは明日につながる世界文学の見本市、作家を目指す若い人々の支援キットでなければならない。敢えて古典を外し、もっぱら二十世紀後半から名作を選んだのはそのためだ。世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。それを体験してほしい。

  世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。この一言で、この全集は『買い!』である。刊行には心憎い仕掛けがしてある。こういう仕掛けを見ると、「分かってる奴が編集してるなあ」と同業者ながら感心してしまうのである。その仕掛けとは、第一回配本がジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」なんですよ。あの「路上」ですよ。おお!半世紀ぶりの新訳、しかも訳者は青山南さん。帯の写真は藤原新也さん。琴線にふれるどころか、琴線をジャカジャカかき鳴らされるような仕掛けではないですか。多くの若者たちをインスパイアし続けたあの作品の新しい翻訳が現れるなんて(ほとんど泣きそうです)。

  「アデン、アラビア」も小野正嗣さんの新訳でラインアップされる。長い間ずっと篠田浩一郎さんの訳でしか読めなかった青春の書。あの頃、みんなが覚えていたあの有名な書き出しは、どのように変わるのだろう?「ぼくは二十歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」。これがどんなふうになるのだろう?楽しみ。

  他には、デュラス、グラス、モラヴィア、ピンチョンなど、全巻一時払い特価59,800円。これは2008年3月末日まで有効だから、じっくり考えましょう。

  (写真は、ジャン・ジオノ)
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