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湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

☆シューマン:交響曲第2番

2017年01月24日 | ドイツ・オーストリア
○エネスコ指揮NYP(DA/Lanne他:CD-R)1937/1/31LIVE

エネスコの指揮は非常に達者。録音が悪すぎて音色は余りわからないし途切れやヨレも多いが力があるので聴ける。1楽章などフルヴェンを思わせる中身のある突進。とにかくがしっとアンサンブルが乱れない。緩徐楽章はわりと静かに落ち着いている。聴き進めるにつれ寧ろE.クライバーに近いかもしれないと思う。躁鬱な終楽章は少しテンポが重いが往年の演奏らしい歌ごころが強く打ち出されている。NYPだからわりと音がニュートラルに聞こえるのか。中々のしっかりしたフィナーレ、ベートーヴェン的なしつこさを粘りに反映させたフェルマータのあとにはヴラヴォも出る。○。現在webで聴ける模様。
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☆ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

2017年01月24日 | ラヴェル
○エネスコ指揮シルヴァーストーン交響楽団(mercury他)CD

最初はあっさりしていて速く、アルベール・ヴォルフを思わせる素っ気無さだったがさすがヴァイオリニストである、設計がしっかりしている。それは前フリで(この有名なホルンソロを前フリにするところが嬉しい)旋律の抑揚にあわせてどんどん歌謡的に揺れていく。とても感傷的な世界へ行き着くのである。美しいハープのアルペジオ、きらめくようなマーキュリーの録音によって余り指揮者としては評価の高くないこのエネスコの「指揮」芸術の一端を垣間見ることができた。パリ音楽院の同窓生の作品を、まるでフランスの雰囲気そのままに、アメリカの光彩の中に最後は静かに、しかし甘やかに終わる。デロデロな演奏であるかのように書いてしまったが決してそんなことはない、品のいい演奏。録音が古いので○。
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☆ラヴェル:博物誌

2017年01月24日 | ラヴェル
○メリマン(msp)マデルナ指揮バイエルン放送交響楽団(arkadia)1960/12/2live・CD

マデルナのフランスものはコテコテマーラーなどに比べて美しくリリカルだ。この歌曲集においても無邪気なウィットと仄かな感傷が暖かい雰囲気の中に入り混じったいかにもルナールの作風を髣髴とさせる演奏になっていて、ルナール自身が嫌うほどにその世界と隔絶したものではない、むしろ素晴らしく「あっている」作品だと思わせるに十分な出来になっている。ラヴェルというと無機質に感情を入れず透明に響かせる演奏のほうが「正しく作曲家の意図を実現している」と理解されがちだが、歌曲はまず詩があるのであり、またラヴェルの一部楽曲には感情や感傷といったものを表現「せざるをえない」、音楽自身が作曲家の意図から離れ感情をあらわにすることを求めている、といったものが確かにある。ここにも(マデルナはかなりロマンティックではあるが)感情を抑制するよりは素直に表現する無意識的な意図が感じられるのであり、この意外といい録音できくと、かなり心に染みる。○。
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ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

2017年01月24日 | Weblog
レーン(Vn)シュタインコップ指揮大ベルリン放送管弦楽団(meloclassic)1942/4/9ベルリン放送スタジオ録音・CD

オールドスタイルの演奏であること、戦中の録音であることを考慮しても、雑。ドイツらしく音の入り方をゆるやかにせず明瞭にするのもいいが情趣は損ねられる(オケ)し、ソリストもふくよかな魅力のある部分は多々あるものの、解釈は一貫してない刹那的なもののようで、ごまかしているようなところや、30年代のSP一発録りのようにミスをミスのまま放置してかまわないようなところはどうかと思う。オールドスタイルなりの艶めいた音色の魅力はあるが復刻の際にノイズと共に柔らかな部分が取り去られて金属質にすら聞こえるのも痛い。終盤年なのかな、というような衰えた調子も聴こえる(ほんとうに年なのか調子が悪かったのか知らんが)。直前に聴いたフリードマンの名演とくらべての落差に驚いた。
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ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

2017年01月24日 | Weblog
フリードマン(Vn)プレートル指揮ORTF(meloclassic)1964/1/13パリシャンゼリゼ劇場放送LIVE・CD

一世を風靡したアメリカのソリストというが、アメリカ人ヴァイオリニスト特有の型にはまったニュートラルさ(技術的な完璧さを含む)、現代的な解釈というのはあるとは思うが、言い表せない甘美な音色の魅力がある。三楽章など荒々しいとも言えなくもないが、軽やかで安定した明るい音(少しピッチ高めに取っているか)は金属質にも思えるがそれでも色気が宿り、フレージング、僅かな指のずらし、巧緻なヴィヴラートの掛け方に秘訣があると思うものの、この魅力は何だ?と言葉に窮するのが正直なところである。モノラルだがこの演奏をブルッフを理解しきったソリストによるスタンダードな演奏として推すのに躊躇はない。ラストの引き伸ばしはオケともども派手で良い。プレートルのバックはバックだな、という以上のものはない。
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チャイコフスキー:交響曲第4番

2017年01月24日 | Weblog
プレートル指揮シュツットガルト放送交響楽団(WEITBLICK)1991/6128live・CD

ライヴというが継ぎ接ぎでもないのに演奏瑕疵はほとんど無く拍手も無い。最初こそプレートルのスタジオ録音のイメージに沿った透明感ある構築性と適度な張りのある演奏だが後半楽章、とくに四楽章は別の面即ちエキセントリックさが明確にあらわれ気を煽る。スピードはひたすら速く、アタックは尽く強く攻撃的である。一本調子ではなく期待されるものを上回って提示してくる。オケは少しドイツ臭いが技術的にむしろプレートルを助けるくらいの心強さである。この曲は得意ではないが、地味な三楽章(弦のピチカートだけによる)のあとの四楽章文字通り火のようなアレグロには傾聴。フランスふうの軽い音響ではないから、プレートルの国民楽派への傾倒ぶりがよりよくわかるだろう。そのあとのビゼーの交響曲が霞む。同日ライヴというのもこの精度では素晴らしい。
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ブラームス:交響曲第4番

2017年01月23日 | Weblog
クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団(lys他)1938-39・CD

冒頭から僅かつんのめり気味に漲る音、目の詰まったブラームスの書法にオケはやる気十分に、だがあくまでクーセヴィツキーの毅然とした、情を交えない表現に沿って進んでいく。ブラ4を中年男の悲哀とか枯れ葉の落ちるような冒頭とか形容することがあるけれど、ここには只の男らしさしかない。フルートなど巧みな木管楽器の音色に艶があるのみで、ブラスは破裂するような発音で弦のアンサンブルを援護射撃する。そのような調子なので、三楽章の舞曲に突入しても唐突感が無い、即物主義的である。だが四楽章になると表情の変化が顕著になる。テンポは落ち、音響が途端に深みを増してくる。構成された情緒的な揺れがクーセヴィツキーらしさを一気に醸す。変奏はけしてカラフルに転換されていくわけではなく、一本調子ではあるのだが、結末に向かってしっかりフィナーレとして意識された演奏ぶりで、やや作為的にも感じるところはあるが、最後は割とあっさり終わる。クーセヴィツキー自身はそれほど思い入れている感じはないものの、どこもそうなのだろうが、オケはブラームスとなると、他のよくわからない新作をやるのとは意識が違うようだ。
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☆ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための三つの小品

2017年01月23日 | ストラヴィンスキー
○パレナン四重奏団(ensayo)1970'

スペイン録音。けっこう明るく透明感のあるアナログ音質ゆえこのレーベルのパレナンものは美しいのだが、パレナンのスタイルとして客観性が勝り構造を機械的に分解し硝子細工として再構築するさまは曲によってはひどく非人間的に聞こえる。スピードもえてして遅く余り揺れない。そういう形は現代作品だと逆に生きてくる。この曲は民族的要素を分析昇華し極めて凝縮された抽象作品に仕立てたようなもので、ロシアの演奏団体なんかだと昇華前の民族要素を煽ったりして趣旨がよくわからなくなることもしばしばある(それでも魅力的なのがストラヴィンスキーの懐深さだが)。パレナンは真逆である。一曲めの土俗リズムにのってとめどもなく綴られるファーストの旋律が、普通は民族主義音楽のストラ版のように演奏されることが多く、かなりのスピードと軽やかなリズムどりがスリリングであるのだが、パレナンはいきなり重く、そしてとても思索的な低い重心の音楽をかなで出すのである。二曲目は一曲目とあまりに違う、かなり抽象度の高い曲ゆえ聞いているとわけがわからないことが多いのだが、ここでパレナン団の真骨頂が見える。まったく完成された「現代音楽」的に聞こえるのである。響きも構造もきわめて明快で整理され、比較は悪いがウェーベルンの室内楽を聴いているかのような錯覚に陥る。ああ、ストラヴィンスキーの前衛は晩年に噴出したわけではなく、かなり古い時期から潜在的に存在していて、表明されたイデオロギーや周囲の見方に反してこの人の中には「ハルサイのストラヴィンスキー」などというものはとっくに無くなっていたのだなあ、と思った。三曲目も更にすばらしく、この曲で一曲目以外に魅力を感じたのは初めてだ。客観性の強い演奏団体は余り好きでは無いので◎にはしないが、楽曲理解には素晴らしくうってつけである。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第8番

2017年01月23日 | ヴォーン・ウィリアムズ
○バルビローリ指揮NYP(whra)1959/1/3live・CD

同曲バルビ唯一の国外オケによる演奏記録となろうか。やっぱり迫力が違うと思わせる場面が随所にあり、NYPらしいアバウトさやライブ的な瑕疵はあるものの(吹奏楽による二楽章のあと拍手が入ってしまうのもご愛嬌)、録音状態さえよければカタルシスが得られたであろう出来である。バルビの解釈はほぼハレのものと同じで、ただ弛緩するような緩徐部はすくなく、一貫して前進的なテンポ設定といえるか。音符のキレのよい表現が特徴的で、1楽章の主主題出現から通常はレガート気味に演奏されるところテヌートで切って演奏するところなど、非常にはっきり伝わる。力強く盛り上がる終幕後、ブラヴォが飛ぶのはこのコンビでは珍しいか。とにかく録音は最悪なので○。WHRAのセットものの収録で、恐らくこれだけが未出と思われる(マーラー巨人はNYPのセット他で出ていたもの、惑星は裏青で何度か出たもの)。
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☆カリンニコフ:交響曲第1番

2017年01月23日 | カリンニコフ
◎ラフリン指揮モスクワ放送交響楽団(MELODIYA他)CD

最近はもっぱらHDプレイヤーに落として聞いているのだが、機種によって操作方法が違うので混乱する(何台も使い分けているのです)。2番も落としたはずなのに楽章が欠けていた。うう。わいいとしてラフリンである。余り上手くない指揮者としてロシア好きにも評価されてこなかった人だが、録音は夥しく遺されており、イワーノフ同様演目によって出来にだいぶ差がある。これは「すぐれていいほう」だ。遅いめのテンポでひたすら情緒てんめんに歌いあげてゆく。音のキレがよく発音も男らしくはっきりしているので全然ダレない。テンポが全く流されない。こんなに感動的な旋律だったのか、情感たっぷりなうえに四楽章では派手な祝祭音楽とのコントラストが見事に決まっており、最後は感涙すら禁じ得ない素晴らしいフィナーレを迎える。豪放にぶっ放すブラス、一体化し繁雑な装飾音も乱さぬ集中力で力を尽くす弦楽器、とっぴさはないが上手い木管、もちろんロシアオケならではの乱暴さやバラケもあるがそれがまったく気にならないのは解釈の芯がしっかりしているからだ。所々国民楽派やグラズノフを彷彿とする場面では確かにこの作曲家がロシアの連綿とつらなる山脈の一角に聳える秀峰であり単独峰ではないのだということを実感させる。どうして最近はこういう感情的に揺り動かされる演奏が無いんだろう?こういうふうに引き締めればカッコ悪くなんかないのに。あ、こんな馬力のオケ、ロシアにももうないのか。アナログならではの、瑕疵を埋没させるふくよかな音響がCDのリマスタリングじゃ失われてしまうため受けないと思われているのだろうか。カリ1録音史上に残る特徴的な演奏だと思った。◎。国内マニア向けマイナーレーベルでCD(R?)化。
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☆マーラー:交響曲第9番

2017年01月22日 | マーラー
◎スヴェトラーノフ指揮スウェーデン放送交響楽団(KARNA:CD-R)1998/5/30LIVE放送

主観で恐縮だが、録音状態が適度に「悪い」がゆえに音が深くドラマが迫真味をもって描き出されており、しかもスヴェトラ本人も特に気が入っているせいかはっきり大きな唸り声まで聞こえ(ここまでのってるスヴェトラというのは日本では余り見られなかった気がする)、単純に面白い。テンポは速めで揺れず、特に3楽章中間部で殆どテンポが落ちた感じがしないほどさっさと過ぎ去るところなど創意に満ちている。スヴェトラはバンスタを好んだがマーラー指揮者としてのスタイルは異なる。ここではトスカニーニ的な演奏を聴く事ができる、いや、あの時代のスタイルだ。リズミカルな処理もすこぶるいい。中間楽章で聞かせる。音のコントラストが明確でメリハリがあり、直進する音楽が終楽章でいきなり止揚する、この終楽章がまたいいのだ。初めてスヴェトラ節らしいものが聞こえてくる。つまりは演歌だ。しかしここは北欧の名門オケ、音色が冷たく硬質なためいやみにならない。そのバランスが丁度録音の状態とあいまって非常にいいのだ。演奏も成功といっていいだろう、盛大な拍手。放送エアチェックものだが、9番はこれを第一に推しておきます。職人的名演。
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プロコフィエフ:交響曲第5番

2017年01月22日 | Weblog
セル指揮クリーヴランド管弦楽団(orfeo)1958live・CD

軽い軽い。素っ気無く始まりきちっと揃った上でさっさと進んでいく音楽。だがこの曲に顕著なプロコフィエフの「色気」が抜かれ、純粋に律動と機構の面白さを聴かせており、そのことで私みたいに飽き飽きしているリスナーは割とすんなり聴き進めることができる。そのうち要所要所で力感が漲るところがみられるようになり、その厳しいアンサンブルのパワーは四楽章で炸裂する。なかなか聴ける演奏。録音は良好。
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デュカス:舞踏詩「ラ・ペリ」

2017年01月21日 | Weblog
ピエルネ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団(ODEON/decca)SP

作曲家と同世代、2歳上で没年もほぼ同時期という、作曲家兼指揮者によるまさに同時代録音である。この曲は中欧ロマン派の色が濃く、前時代的な半音階を駆使したリムスキーを思わせる作品で、魔法使いの弟子よりも古い感じは否めない。だがピエルネもそうであったようにドビュッシー後の和声感覚を取り入れてドイツの音響からは浮遊し、ロシアのどぎついほどに華々しい管弦楽の色彩を取り入れたような、初期ストラヴィンスキーを円熟させたような特有の魅力を持っており、ロシアでさかんだったバレエ音楽として意図されていたのもさもありなんな作品である(ディアギレフとは切れたが)。私の盤は中盤で荒れており聴きづらいが、それを除いて耳を澄ますとピエルネが噎せ返るような響きを引き出し、ワグナーらとは隔絶したフランス風の音楽を意図してドライヴしているさまが伝わってくる。管楽が駆使されるが後にソリストとして名を挙げる人も含まれていたであろう、いずれも表現の瑕疵はなくスピーディな展開を妨げるものはない。乏しい音を想像力で補えば弦楽器もウネウネとうまくやっているようだ。明るく軽やかに、この曲の骨董録音は他にもあるが、ピエルネのものは表現が「新しく」思えた。
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☆マーラー:交響曲第9番

2017年01月21日 | マーラー
◎バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(helicon)1985/8/25live・CD

録音状態にけちをつける向きもあるかもしれない。しかし、バンスタのM9というのは異論を差し挟む余地の無い一つの頂点を示していると思う。オケがすばらしい。田舎臭さも鈍重さも無く、バンスタの要求にびしっと応え、バンスタの解釈を完璧に再現している。ベルリン・フィルなどとのライヴに比べると強烈な個性には欠けるかもしれない。やや即物的な解釈に寄っていて、スピードも速く感じる。だが、スヴェトラーノフがかつてそうであったように、「やってほしいことを全てやる」演奏であり、「ここではこう行ってほしい、行ききってほしい!!」という期待に全て答える。ここが、かなり伸縮し恣意性の強い演奏にもかかわらず「聴きやすい」と感じるゆえんでもある。とくに聴きやすいな、この演奏は。過剰な思い入れとプロフェッショナルな「技」のバランスのとれたすばらしい演奏。規律のとれた一楽章がいいのだが、中間楽章も実に聴きやすい。個人的にこの曲の中間楽章はキライだが、これはとても愉悦的で、絶望的だ。終楽章には少し弛緩を感じた。
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☆マーラー:交響曲第9番

2017年01月21日 | マーラー
○バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(LANNE/eternities:CD-R)1985/9/5LIVE

劣悪なエアチェック音源(オーディエンス録音?)だが実演にふれられた幸運なかたには懐かしいであろうバンスタイスフィルのまさにそれである。まだ生気に満ちた音楽で、三楽章の荒れ狂うさまは特に木管ソロの聞いたことのないような技巧、ジャズ的ですらあるアーティキュレーションが聞き物だ。少し舞台が遠く弦のアタックがなかなかはっきり聞き取れないのは辛いが、オケ特有のものもあるだろう。全般速く常にアッチェランド気味のさまは世俗的な感興をもよおし生々しい音も至極現世的、でもそれがこの人壮年期のマーラー。○。
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