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湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

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エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第3番

2006年09月18日 | 北欧・東欧
◎作曲家(Vn)リパッティ(P)(erectrecord/melodiya/monitor/PHILIPS/venezia他)1941/8・CD

組曲風の完全に民族音楽である。昔から言われていることだがルーマニア民族音楽への体感的理解がこのコンビの強みで、逆に言うとなかなか後年これを演奏しようという人が現れなかったのはここに現れる民族主義、民謡音楽のあからさまななりに体臭を載せることが難しかったからともいえるかもしれない。バルトークほどではないが(全く無いが)現代ふうの洗練を加えられた音楽は硬質な晦渋さは否めずとっつきづらい面もあるし、「これは民俗音楽なんだ、オスティナートを刻んだり奇怪にユニゾンだったりするピアノは太鼓とかツィンバロンのようなものを示していて、ヴァイオリンはやっぱりフィドル相等のものを想定している」というような理解を加えていかないとわかりにくい。ただ、民謡音楽は所詮やっぱりその「ノリ」というか「方法」を理解してしまえばいい話で、よそ者には謎めいているようにおもえる書法も根本に土俗的な洗練されない音楽のセオリーがあるだけで「そういうものなんだ」と受け容れ体を揺らせば自然と入ってくる。アーティキュレーションの綾は体でわかるものだ。同時代の専門作曲家の亜流のような曲が今は余り好まれないだろうけど、このような物凄い古いものにいつまでも牙城を築かせたままにしておく必要もなかろうほどに、聞いているぶんにはわかりにくいものでもなく、ヴァイオリンにしてもピアノにしても技巧も面白い。この曲はとても民族的である点で前のものとは質を異にしている。演奏家共にソリスト的な独立した表現も求められているがゆえ、リパッティはうってつけの演奏家といえるだろう。物凄く泥臭い音楽なのにリパッティは泥の輝きをまるで宝石のような煌きにかえている。エネスコはもう、バリバリ弾くのみである。エネスコの数少ない演奏録音のなかでこの盤はその類稀な技巧と表現を余すところ無く伝える特別なものといっていいだろう。曲がよかった。◎。

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