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問われているのは、セクハラ・パワハラをなくそうという私たちの意思――演劇界における名誉棄損裁判から見えてくるもの

2021年12月04日 | スクラップ

「高圧的であるということを、リーダーシップだと錯覚してしまうということはあるのではないかと思います。

私自身、80年代初頭から演劇活動を行い、当時の政治・社会運動などにも関わりながら、“なぜ権利や正義を語る人々がこんなに高圧的なんだろう…” ということに疑問を覚えていました」

 

 

 

2021年11月5日、「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会(以下、「なくす会」)」代表の知乃さんらによる記者会見が行われた。2017年12月、当時10代だった知乃さんは、自身が受けたセクハラ被害を実名で告発、翌年4月に加害者との和解合意が結ばれ、その示談金を元に「なくす会」を結成、業界内の構造的なセクハラ・パワハラに苦しむ人々の相談窓口の運営や、ハラスメント講習の開催など、啓発活動を続けてきた。同会に寄せられた相談件数は、累計で100件を超えている。

 

 


提訴の背景事情

 

記者会見は、同会代表の知乃さん、副代表の田中円さんに対する、名誉棄損訴訟に関するものだった。提訴したのは演出家のA氏で、過去に「なくす会」がA氏に言及したウェブ上の文言の削除、謝罪文の掲載、そして500万円の損害賠償を求めている。その背景事情を整理すると、以下のようになる。

 

2013年、演出家のA氏は、自身が講師を務めるワークショップ受講者の10代女性へのわいせつ行為により、児童福祉法違反で逮捕された。翌14年9月には、執行猶予なし懲役2年という実刑判決が下されている。その後A氏は刑期を終え出所したが、逮捕前に出演していた演劇等に、同じく主演・脚本などで再起用された。そうした状況に対し声をあげたのが「なくす会」だった。

 

「なくす会」は、A氏が同等のポジションで演劇界に復帰することに反対する立場から、スポンサー各社に対する公開質問状の送付や、上演中止を求める署名活動を行った。結果として、A氏の関わる舞台の上演は中止され、演劇界の構造的な問題に対する声は重く受け止められたかのように見えた。

 

A氏が、当時「なくす会」が送った公開質問状、およびウェブに掲載した文言に対し提訴したのは、それから約2年後、文言によっては約3年後にあたる、2021年9月15日のことだった。指摘されているのは下記のような文言だ。

 

キャスティングを餌に少女へのわいせつ行為により、実刑判決を受けたA氏(※実際の文言は本人名――筆者注)は演劇界を引退すべきです。(2018年12月8日掲載)

 

ほか、似たような文言が公開質問状などでも使用されているが、「キャスティングを餌に」という部分が、A氏側によると「事実ではなく、名誉を著しく棄損するもの」であるという主張がなされている。本件代理人弁護士の馬奈木厳太郎さんは、「A氏側にも代理人弁護士がついていますが、通常であれば内容証明郵便などで主張を行い、削除要請をするなど、そうした工程を踏むものですが、今回はいきなり提訴されるという形でした」と述べる。
 

 

 

演劇業界の構造に対して声をあげる

 

法律論的な争点としては、“キャスティングを餌に” という部分が名誉棄損――

 ――社会的な信用を低下させるような事実を公然と摘示しているかどうか、摘示したとして違法性が阻却される事情があるかどうか、というところになる。

今回の場合はインターネット上に公開された文言であり、「公然と摘示された」という点については争う余地はない。

問題はその文言の摘示が、

「公共の利害に関わるような内容」 「公益を図る目的」であるか、

そして 「真実相当性が認められるかどうか」 といった部分だ。

この点に関して馬奈木さんは次のように説明する。

 

「近年、#MeToo運動やフラワーデモ、性犯罪刑法改正に対する議論の高まりなど、性暴力に対する社会の受け止め方や、そうした被害は起きてはならないという、ある種 “あたりまえの認識” が社会に広まりつつあります。そうした中で、同種事案 ―― それも児童福祉法違反で実刑2年という罪を犯した人物が、再び同様のポジションで再登用されることに対して問題提起を行うということは、当然公共の利害に関わることだと認識しています」

 

また、真実相当性にしても、争点となっている文言は、児童福祉法違反により実刑2年の判決を受けたという事実や、裁判を傍聴した人々による発信、A氏自身が実刑判決を認める投稿をSNS上で行っていることなど、そうした資料や社会的に流布している情報を参照して書かれたものであり、「真実相当性はある、と私たちは考えています」と馬奈木さんは語る。原告はこれを「虚偽である」と指摘しているため、この点が裁判の過程で一番の論点になると見られている。

 

「なくす会」副代表の田中さんは、A氏の関係する舞台の中止を求めた背景にあるのは、個人的な攻撃ではなく、重大な性犯罪を犯した人物が同じ立場で戻ってくることを演劇界は許容していいのかという、問題提起の意識だったと語る。
 

「たとえばこれが教育界ではどうでしょう。スポーツ選手だったらどうでしょうか。児童福祉法違反となった教師が、同じ学校に、同じ立場で戻ってくることは考えられないと思います」

 

2021年5月28日の参院本会議では、過去のわいせつ行為を理由に教員の免許再交付を拒めるようにする 「児童生徒性暴力防止法」 が全会一致で可決、成立した。これまではわいせつ行為などにより懲戒免職処分を受け免許を失っても、3年経てば再取得が可能となっており、中には処分歴を申告せずに他の自治体で採用され、再びわいせつ行為に及ぶ事例も存在する。今回の防止法は、教育職員免許法の特例により、都道府県の教育委員会が免許再交付の可否を判断できるようになるというものだ。

 

また、韓国では2018年、立場を悪用した性暴力を繰り返してきた演出家のイ・ユンテク氏が、80時間の性暴力治療プログラムの履修、10年間の就職制限とともに、懲役6年の実刑判決を言い渡された。その判決を重く受け止めた業界団体は、同氏の永久除名や、過去の賞のはく奪といった処分を行っている。その件で同時に重要だったのが、個人の問題に留まらず、演劇業界の閉鎖的な構造自体に、ハラスメントが発生しやすい問題があるのではという提起も行われたことだ。特に権力関係のある間柄では、たとえ脅迫や暴力を伴わずに「同意のうえ」だと認識していたとしても、被害者からすれば、その地位や権力が無言の暴力となるという事実をこの件は指摘している。

 

田中さんは、「あくまで裏方で、たとえば脚本で参加するなどでしたら理解できなくもありません。けれど、表舞台に復帰することで、見ている方々にも “演劇界は、そういうことをしても、同じポジションに戻って来れるんだ” と思われてしまうのではないでしょうか。そして被害者の方は、どのような思いでその光景を見ることになるのでしょう。そうした社会的意義、問題提起を考えて声をあげ続けてきました」と語る。
 

 


被害者が声をあげられなくなる萎縮効果

 

「なくす会」代表の知乃さんは、「演劇というのは、長時間同じ人と、クローズドな場で作り上げていくという、ハラスメントが発生しやすい側面があると思います。“なくす会”は、そうした構造に対する抑止力になればと思い立ち上げたものです。私が被害を受けた当時は10代でした。幸い私には、サポートをしてくれる周囲の人々がいたのですが、もしそれが、あの時の私よりも若く、サポートしてくれる大人もいない人だったらどうでしょうか」 と問いかける。

 

会の窓口には累計100件を超える様々な相談が寄せられるが、声をあげることのできない被害を考えると、その数はさらに大きなものになるだろう。「被害の数だけ加害行為があるのです。これは個々人の問題ではなく、演劇界全体で考えていかなければならない問題だと思います」と、知乃さんは警鐘を鳴らす。

 



「なくす会」代表の知乃さんは、被害者に「決してひとりではない」と伝えたいと語る。

 


馬奈木弁護士は、原告の求める損害賠償額についても指摘する。「名誉棄損裁判で求める損害賠償額としては、異様な額と言わざるを得ません。今回の訴えは、その内容や金額などに照らしても、ハラスメントをなくそうとする会の活動に対する不当な攻撃であり、萎縮効果を狙ったものだと感じています。現在も業界内でのハラスメント被害があるなか、こうした訴えが是認されてしまえば、被害者が声をあげられない環境を助長してしまうのではないでしょうか。この裁判は “被告” として受けているものではありますが、こうした問題点については強く訴えていきたいと思います」。

 

11月17日には、東京地裁にて裁判の第一回期日が開かれた。原告は代理人弁護士のみの出席となり、被告側は知乃さん、田中さん、馬奈木さんと3人が並んだ。張り詰めた空気の中行われた、知乃さんの意見陳述からの抜粋を下記に紹介する。

 

二十歳の私が告発した時、自身は勇気を出して告発したつもりでしたが、何一つ報われないのではないかと、怖くて眠れない夜がありました。けれどそんな時に助けてくれた多くの人たちが幸いにもいたことが、私に良い結果をもたらしました。私もしてもらったことを、同じように誰かに還元したい。その思いでこの団体を立ち上げました。

 

相談を聞いて、出来る限りのサポートをすること。啓発活動、ハラスメント講習を行うこと。被害者に、決して一人ではないと思ってもらうこと。勇気を持って沈黙を破り、立ち上がる人の力になりたい。そう思ってます。

設立から何年も経ち、色々な相談を受けました。ですが、#MeTooはなかなか結果が伴いません。泣き寝入りする被害者も多いです。自分はレアケースであり本当にたまたまだったのだと思います。「被害者が守られる、サポートを受けられる」という当たり前の権利が、運が良くないと手に入らないのはおかしいと思います。

誰かの人権を踏みにじって作る作品など存在すべきではありません。いまだに一部の制作者たちはセクハラ・パワハラなしでは、良い作品は作れないと思い込んでいる節がありますが、私たちは集団で権力を持つ人間こそ、当たり前に人権に配慮するべきだと考えています。

演劇界はもちろん、社会全体がセクハラ・パワハラをなくそうと歩みつつあるなか、私たちの活動に関して、名誉棄損を理由に提訴するというのは、活動の意義についてまったく理解してもらえてないのだと大変残念です。時代に逆行する行為であるように思います。

 

被害者は、加害者が事件前と同じ立場で舞台に立つ姿を見たとき、どれほど絶望的な気持ちになるでしょう。刑期を終えることだけが反省でしょうか。被害者への贖罪を一番に考えていたら、果たして以前と同じ立場で戻ろうという気持ちになれるでしょうか」。 

 

 


ハラスメントに関する“共通言語”

 

今回の件に関して、長年様々な社会的テーマを扱った演劇を世に送り出してきた、「燐光群」主宰の劇作家・演出家、坂手洋二さんにもお話を伺った。坂手さんは「A氏をまっとうな演劇人だといえるかどうかは疑問ですが…」と前置きした上でこう語った。

 

「一般論として、罪を犯した人間が絶対に元の業界に戻るべきではないかというと、それは難しい問題だと思います。本当に復帰を望む場合、誠心誠意の贖罪の気持ち、行為、そして周囲の理解が伴っているか、そこが大切になってくるのではないでしょうか。けれど今回のケースに関しては、周囲への影響ということを考えても、同様のポジションに戻ってくるということ、そして今回の異様とも思える賠償金額で提訴を行ったことなど、反省の色の見えない非常に浅はかな行為だと思っています」

 

演劇界の抱える構造的な問題については、「これは演劇界に限ったことではないですが、高圧的であるということを、リーダーシップだと錯覚してしまうということはあるのではないかと思います。私自身、80年代初頭から演劇活動を行い、当時の政治・社会運動などにも関わりながら、“なぜ権利や正義を語る人々がこんなに高圧的なんだろう……” ということに疑問を覚えていました。ただ、そうした環境に関わっていくことで、私自身も無意識のうちにそうした影響を受けてしまっているかもしれないし、そこは自覚的に、改善をしていかなければならない所だと思っています」と、業界問わず、集団の中で起こりがちな態度について思いを語った。

 

また、「燐光群」は馬奈木弁護士による「ハラスメント講習」を受けたということで、その効果や学びについても伺った。

 

「もちろん、講習を受けたからといって人はすぐに変われるものではありませんが、非常にわかりやすいメリットとしては、ハラスメントに関する“共通言語”が稽古場に持ち込まれるということがあるかとかと思います。みなで講習を受けることで、何かあったときに、“これって、あの時に学んだハラスメントに該当するよね?”と、言えるようになるということはあげられます」

 


問われているのは私たちの意思

 

「なくす会」は今後、争点となっている文言に違法性がないことを主張し、反訴も辞さない構えだという。最後に、知乃さんの意見陳述の一節を再び紹介したい。

 

この裁判は、名誉棄損が問われている裁判ですが、本当に問われているのは、セクハラ・パワハラをなくそうという意思が私たちにあるのかだと思います。私たちは、セクハラ・パワハラがなくなることを目指して、これからも活動を続けていきます。

 

これは演劇界に限った問題ではなく、これまで見過ごされてきた数々のハラスメントを見つめなおすとともに、どう社会を、そして自分自身をアップデートしていくかという問題ではないだろうか。引き続き裁判の行方、そして社会の歩み方に注視していきたい。

 

 

 

2021.11.30
佐藤 慧 Kei Sato

 

 

 

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