■暴力夫から子5人を連れて逃げ
……母親が、林檎(りんご)の皮をむいて、棚に腹ん這(ば)いになっている子供に食わしてやっていた。子供の食うのを見ながら、自分では剥(む)いだぐる〓の輪になった皮を食っている。=「蟹工船」から
朝5時。疲れ切った体をなんとか持ち上げ、ふとんからはい出る。食べ盛りの5人の子どものために1升の米を炊く。朝ごはん用にごま塩、おやつにみそ、夕食用はふりかけと味を変えて40個ものおにぎりを握る。掃除、洗濯。下2人の子を保育園に送り、8時過ぎに家を出る。
午前9時から午後5時までアルバイトや派遣社員として働く。時給680円の製造工場のパート、保険外交員、給食センターと職種は次々と変わった。夜も仕事は続く。午後5時半過ぎに保育園のお迎え、午後7時から午前1時まで居酒屋で時給1000円のアルバイト。午前2時に帰宅、就寝は3時を過ぎる。
福島市在住の西脇佐知子さん(42)=仮名=は、こんな暮らしを10年近くも続けてきた。
19歳の時、10歳年上の夫と結婚した。夫が脱サラして始めた会社は5年後に倒産。借金取りと夫の暴力が毎日続いた。12歳の長男から3歳の長女まで5人の子どもを連れて逃げた。西脇さんは婦人相談所に入り、子どもは養護施設に預けた。
「子どもと一緒に暮らしたい」と、独身寮の管理人として住み込みで働き、1年後、6畳2間に4畳半のキッチン、風呂つきの木造アパートを借りた。家賃は月4万7000円。
「月20万円あれば暮らせると思い、子どもを迎えた。でも朝から夜中まで働き、児童手当の5万円を加えても届かなかった」。修学旅行費、入学金などの出費は本当に困った。消費者金融に150万円の借金が残った。
今は市民団体で事務職として働き、休日は旅館の仲居をする。正社員を望んで40社近く入社試験を受けたが、採用を断られた。「地元は就職口そのものが少ない。資格もスキルもないので、よくて契約社員になれるかどうか」とつぶやく。
長男と次男が相次いで専門学校を卒業し、東京へ出た。高校生の2人の息子もアルバイトで家計を支えてくれる。「少しだけど、余裕が出てきた。でも老後を考えると、やはり社会保障がしっかりしている正社員になりたい」。調理師免許やパソコン3級の資格を取った。今は簿記3級に挑戦している。寝る間を惜しんで働いても楽にならない生活をいつか変えるために。【小川節子】=次回は26日掲載
■母子世帯、平均年収213万円
女性の正規雇用者は全体のわずか3割。パート・アルバイトの割合は年々上昇し、85年の32%から07年は53%に増えている。母子世帯の平均年間収入(05年)は213万円で全世帯の平均収入を100とすると38と低い。
母子家庭を支援するNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事の赤石千衣子さんは「ここ3、4年間で暮らしはさらに悪化している。パート・アルバイトで時給600円台の最低賃金で働かざるをえない人が増えている。いまやダブルワークからトリプルワークの時代。母子家庭の女性たちは今生きるのに精いっぱいで将来の年金保険料を払う余裕もない」と話す。
毎日新聞 2008年8月21日 東京朝刊
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