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記者の目:力士暴行死、前親方実刑 動揺する師匠たち=村社拓信

2009年06月12日 | スクラップ

村社拓信(むらこそ・ひろのぶ)(中部報道センタースポーツグループ)



■自信もって伝統継承せよ 「時に厳しく、優しい父」で

 大相撲時津風部屋の力士暴行死事件で、名古屋地裁が5月29日、傷害致死罪に問われた前親方の山本順一被告(59)に懲役6年の実刑を言い渡した。判決は、多くの弟子の師匠である親方が「保護者的立場を期待されている」とし、山本被告を「自ら率先して犯行に及ぶとは言語道断」と非難した。妥当な判決と思う一方、心配も感じた。事件以来「どうやって指導していいか分からない」という師匠たちの嘆きをよく聞く。普段口も手も出して弟子を鍛えている彼らが厳しい判決に動揺し、自分の指導法にますます自信をなくしてほしくない。

 運動記者として相撲を担当し4年。力士の荒れた肌が一番印象に残る。無数の傷とこぶ、けがを重ねて変色した皮膚。最も過酷なけいこはぶつかりげいこだ。自らの限界を超えようと何度も兄弟子の胸にぶつかっていき、土俵にたたきつけられる。息を切らして動けないと髷(まげ)を引きずられ、けられる。「かわいがり」という隠語もあてられるこのけいこを見て最初は「なぜここまでするのか」と思った。

 しかし、取材を重ねるにつれ「かわいがり」の意味が分かってきた。本場所の土俵という華やかな舞台で、繰り広げられるのはぶちかましという激しい体当たり、張り手での失神もある。給料をもらえるのは力士全体の約1割だ。生きるためにギリギリの厳しい世界にいることを、師匠は体で覚えさせるしかない。入門する力士は反抗期真っただ中。時には手も出るだろう。

 愛知県犬山市の時津風部屋宿舎で序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)が死亡したのは、名古屋場所を前にした07年6月26日。私は翌夜、全身あざだらけの遺体の写真を見た。「いくらけいこが激しくても、こんなにむごい姿になるものなのか」。山本被告は付き添わず、遺体だけを新潟市の実家へ送った。誠実さにも欠けると思った。

 28日夕方になって山本被告は会見し「30分間ぶつかりげいこをした」と説明した。私は長いと思ったが、憤りは感じなかった。力士が自らぶつかっていったのなら、けいこがある程度長時間に及んでも仕方ないと思ったからだ。

 だが法廷が認定した斉藤さんへの仕打ちは、想像を超えていた。ぶつかりげいこを強制され、兄弟子たちから何度も金属バットや棒で殴られた。意識が遠のく中、山本被告から高圧放水を顔面に浴びせられ、腹に木の棒を押し付けられた。入門直後から繰り返し脱走を試みていた斉藤さんに、怒りに任せた制裁。山本被告側は弟子への指示などを否定したが、判決は退けた。山本被告側は控訴した。

 事件を受け、力士への気合入れに使うためどこの部屋のけいこ場にもあった竹刀が消えた。だが大切なのは師匠と弟子の信頼関係であって、道具の有無ではない。

 相撲界に隠語が多いのは、使う者同士に「あうんの呼吸」があるからだ。「殴られる」と言えば物騒だが「食らわされる」なら、どこか加減の余地がある。現在のような相撲部屋制度は江戸時代から約3世紀続く。「時に厳しく、優しい父」という師匠像が年月をかけて作られた。今回の悲劇は、制度が生んだのではなく、制度からの脱線が生んだと考えるべきだろう。

 この事件で、私は高校のころの柔道の授業を思い出した。有段者の先生が、初心者約30人の生徒1人ずつと乱取りをした。ほかの生徒は組んで数秒で投げられて終わり。だが最後の私だけが終了のチャイムが鳴るまで約10回投げられた。理由はいまだに分からないが、先生を憎いとは思わなかった。担任でもないのに普段から声をかけてくれ、時にはほめてもくれた。理解されている安心感があった。

 武蔵川部屋で後進の指導をする藤島親方(元大関・武双山)は「必要なのはコミュニケーション。各力士の性格を見ながら、言葉をかけたり、あえて声をかけずに考えさせることもある」と言う。親方も現役時代、尻に大きな赤黒いあざをつけて本土俵に上がったことがある。師匠の武蔵川理事長(元横綱・三重ノ海)は記者に事情を問われ「ファンサービスだよ」と冗談で返したという。藤島親方は「自分を強くしようと思ってくれていた」と納得している。

 力士になれば髷を結って装束も決められ、伝統文化の継承者として品行方正を求められる。周囲の視線と堅苦しさがつきまとう。その厳しさに耐えてひとかどの人間になったのが師匠たちだ。その厳しさを弟子に伝える連鎖が相撲界の伝統となったはずだ。

 竹刀をけいこ場から排除した親方の一人は「弟子になめられちゃうなあ」と漏らす。制裁目的の「暴力」はもってのほかだ。しかし自分の成功体験が確固たるものなら、自信と覚悟を持って弟子に教えてほしい。「師匠、しっかりしてください」。そう、声を大にして言いたい。




毎日新聞 2009年6月11日 東京朝刊

 

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