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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

★「1億総事務員」を育てる教育から脱却できない日本

2023年11月10日 | 暴走する都教委と闘う仲間たち

  【wedge 特集】日本の教育が危ない 子どもたちに「問い」を立てる力を②
 ★ 日本と違う米国の公教育
  「1億総事務員」教育から脱却せよ《『Wedge』から》

 米国の「エリート」の圧倒的多数は公立高校が輩出している。日本と米国の公教育は何が違うのか。両者の比較から日本の取るべき道を探る。

 ★ 米国の公教育では日本とは平等の概念が異なる

 米国の名門大学への進学が関心を呼んでいる一方で、米国の公教育に関する日本国内の注目は薄い。
 経済格差が学力格差を呼び、その結果として分厚い中間層が形成できていないといったイメージ、さらには麻薬や暴力に悩む姿などが断片的に紹介されているだけだ。
 確かに米国の公教育には、この種の問題があるのは事実だ。だが、高校段階で約3割の生徒が私立高に通う日本に対して、米国の私立高校生の割合は9%程度に過ぎない
 ということは、ハイテク技術者にせよ、弁護士や政治家や経営者にせよ、米国のエリートの圧倒的多数は公立高校が輩出しているということになる。
 さらにいえば東京都のように、学力別で高校が選別されているのはニューヨーク市などごくわずかであり、ほとんど全ての生徒は居住地の市町村の教育委員会の定める、学区の小中高に自動的に通学している
 そのような米国の公立校では、どのような教育がなされているのか、またどうしてエリートの育成が可能なのかを日本との比較を含めて考えたい。

 米国でも、少子化は進行している。
 だが、理由としては晩婚化が中心であり、教育費負担のために2人目、3人目を諦めるという傾向はない。
 なぜならば、公教育のコストは基本的に「無償」だからだ。
 まず、米国の教育は権利である。子どもには教育を受ける権利があり、保護者はその権利を実現する義務がある。また、その権利による教育、つまり幼稚園の年長に小中高を足した「Kから12年生」の13年間の教育は無償である。
 無償といっても、日本の場合は制服、給食、通学費、部活の用具や活動費、遠足や修学旅行費など周辺のコストがあり、中高になると公立でもかなりの高額になる。
 だが、米国の場合は多くの学区で、スクールバス、部活の用具や遠征費は無償である。一部では予算の関係で受益者負担の動きもあるが、世帯収入が一定額を下回ると無償となる。
 給食や修学旅行にも所得に応じた無償化措置がある。例えば、経済的に豊かな学区では、ブラスバンドのメンバーは自前の楽器を持ち込み、野球部には使い慣れた自分のバットとグラブを持参して参加する。だが、困窮層に対しては全て無償提供される。

 大きな違いが「塾社会」の問題だ。米国でも近年は、早期教育のブームに乗った「算数教室(日本の公文式に加えてシンガポール式も人気だ)」などがあり、また東西両岸では、大学受験の際の統一テスト(SAT、ACT、APなど)の対策塾も増加している。学習困難児に対して家庭教師を雇う習慣はあるし、場合によっては学校が勧めることもある。
 だが、こうした学校外での教科学習は、あくまで例外的な存在だ。また、圧倒的多数が通学する公立高校は、全入であり入試はない。そして、その公立高校で学ぶことで、名門大学への合格も可能となっている。
 例えば、アイビーリーグ(ハーバードやイエール大学といった名門8大学)などの名門であっても、合格判定の最大の要素としては公立高校の内申書を評価する。

 ★ 米国の場合は優秀な生徒を評価し、より高い機会を与えるというのは、教員の姿勢の基本であるとされている

 なぜ、こうした違いが生まれるのであろうか。
 まず、米国の公教育では日本とは平等の概念が異なるということだ。
 日本では特に中学までの教育課程では、カリキュラムは完全に横並びである。教科書は複数販売されているが、難易度の区別はない。とにかく履修内容の平等が原則とされている。
 一方で、米国の考え方は能力別である。低学年は原則一本だが、算数・数学の場合は小学校4年生頃から得意な生徒にはより高度な内容を与え、反対に苦手な生徒には基礎から丁寧に教える。つまり、その子どもの発達段階に癒じた効果的な学習機会を与えることこそが平等である、という思想が貫かれている。
 その結果として、12年生(高校4年生、日本の高校3年生に相当)になると数学の履修内容は同じ公立高校の中でも、上下6段階以上の差ができることもある。

 次に、能力のある子どもを認めて伸ばすという思想が教員集団の中に定着しているということがある。教員より明らかに学力が上回る生徒を教えるということでは、残念ながら日本の中等教育にはそのノウハウがない。けれども、米国の場合は優秀な生徒を評価し、より高い機会を与えるというのは、教員の姿勢の基本であるとされている。
 例えば、2012年のことだが、ハーバード大学は「ホームレスの高校生」を入学させたということで話題となった。これは、ノースカロライナ州出身の受験生で、貧困とドラッグに囲まれて育ち、父親からも母親からも遺棄されたケースだった。高校に進学した時点では、欠席が目立ち、学校は彼女はやがて中退するかと思っていたそうだ。だが、彼女が「バイオロジー(生物)に関する才能を持っていると判断した教育委員会は、特例として「生徒と用務員としての二重在籍」を認めて、放課後は校舎の清掃をして生活費を得るだけでなく、遠隔地からのリモート授業で「生物AP」つまり大学の教養課程の生物学の履修内容を先取りするコースを受講させた。

 これは特別な美談ではなく、仮にそうした才能を発見したら、米国の教育委員会や学校現場は多くの場合、そのような判断をすることがある。また大学の側でも、同じような成績であれば、必ず「ハードシップ(困難)」を乗り越えた学生を合格させる。苦学生ならではの粘りに期待するだけでなく、貧困などの困難を経験した人材は、社会に新しい視点を導入することを期待しての判断である。
 例えば、歴代大統領のビル・クリントンやバラク・オバマといった才能は、そのようにして発見されたと言っていいだろう。

 高校も大学も、限られた若い国民の中から、大学の「競争力」につながり、やがては国家の「競争力」にもつながってゆく人材を発見して育成するようにしている。
 国家を存続させるにはそのような人材育成の姿勢が必要だということを米国の教育機関は建国以来、いやアイビーリーグなどの場合は建国以前の入植段階から学んできた。これは国が生き残るための知恵でもあり、米国人の骨の髄まで浸透しているといえるだろう。

 ★ 日本は教育の新機軸が、いつも小学校で実験される

 一方で、日本の場合は教育内容の見直しが必要だ。
 日本人は相も変わらず「1億総事務員」を育てる教育から脱却できず、既に時代の変化に対して対応ができなくなっている。
 こうした問題意識は、政府や財界にも一定程度はあり、「考える教育」とか「深い学び」といったスローガンが掲げられているが、なかなか実効は伴っていない。
 原因の一つは、教育の新機軸がいつも小学校で実験されるということにある。
 ICTにしても、英語、プログラミング、深い学びなど、新しい内容は常に小学校段階で導入される。
 その一方で、中高の段階ではどうしても入試があるので、教育の内容は保守的になる。
 特に「答えのない問い」に取り組んだり、「問題を解くのではなく、分からないことを発見して問題提起をする」といったスキルは、入試にそぐわないので中高段階では深追いがされない。

 これは逆である。
 小学校の段階では、21世紀の現代だからこそ、基礎を徹底的に教えるべきだ。算数・数学を通じて得た論理性の基盤がなければ、プログラムは書けない。
 思想や新技術を発表するにはツールとしての知的な母国語が完成されていなくては伝わらない。
 そうした点を無視して小学生を新機軸で振り回すのはやめて頂きたい。

 反対に、思春期の若者には、校則、部活、入試で囲い込まないと逸脱するというネガティブなアプローチではなく、伸び伸びと最先端に触れたり、社会の現実に触れさせたい。
 そんな中で、既存の地球社会が持っている課題や、人類の方向性に気づかせて、爆発的な学習モチベーションを引き出すべきだ。
 こうした形で日本も、もっと出る杭を「伸ばす」教育をすべきだ。授業中の質問を褒めるのも大事であるし、何よりも早熟な子どもの関心を切らさずさらに先行させることが大切だ。
 また、格差や貧困が広がり、そのような困難の中で学習動機を獲得し、社会改革や新技術に希望を持っている若者は、それこそ21世紀の「金の卵」として救い上げる仕組みが欲しい。
 生活保護では大学進学をカバーしないとか、渡し切り奨学金が貧困層に届かないというのは実に問題だが、結果平等に反するからダメなのではない。苦学を通じて得た知見と成熟を活用できないのでは、社会が存続しないほどの損失が出るからだ。

 この点に関しては、日本は教育にかける予算があまりに低く、地方としても、国としても、予算の全体像を見直していくことが必要だ。
 明治時代に先人たちがアジアの中で近代国家の建設に唯一先行できたのはう何よりもリスクを取りつつ、教育という“巨大な固定先行投資”に踏み切った先見の明があってのことだ。
 明治国家の誕生から150年を過ぎた今、その原点を厳粛に見つめ直すことから始めなくてはならない。

『Wedge』(2023年11月号)


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