シュッ…
空気が素早く動く音がして扉が開いた。
部屋の奥の大きな窓からは満月の光が煌々と室内を照らしている。
「(タケル…)」
静子はそっと、窓辺に近いベッドの傍に立った。
いつもであれば、ドアの開く気配だけで目覚めるタケルだが、今夜は昏々と眠っている。
月の光りに照らされたその表情は、もうすぐ18歳を迎えるというには未だ少し幼さも残っている。
南極で一度だけその顔を見ることが出来た、二度と目を開ける事のないタケル-マーズの双子の兄・マーグと、随分年齢差があるようにも思える。
それでも、髪の色は別にしてもよく似ていた。と、静子はマーグの顔を思い出す。
蒼い月夜に照らされたタケルの顔は、普段見ているタケルとは思えない程に蒼白く透き通っているように見え、あの時のマーグの容貌に重なる。
「(まさか!…いいえ大丈夫…大丈夫、ほら、ちゃんと呼吸しているわ)」
慌てて静子は両の手で口を塞いだ。
そうしなければ、嗚咽が口から溢れ出てきそうだった。
宇宙の支配者を名乗るズ―ルによって、デビルリングというまさに手枷を架けられてしまったタケル。
その生命の灯は、戦うごとに小さくなっていくのだと、静子は聞かされた。
外す術も無く、それでも絶望の淵に沈むことなくタケルは戦っているのだと。
ズ―ルと、デビルリングによって否応なく与えられる、身体と心を蝕む激痛と。
静子が枕元に佇んでいるにも関わらず、タケルが目を覚まさないのは、タケルが静子に心を許しているからだけではない。
静子の気配に気がつかないほどに、タケルのその能力(ちから)までもが疲弊しきっているのだった。
小さな、そして規則正しい寝息を立てて眠るタケルは、その苦境にあっても穏やかな表情をしている。
「(よかった。タケルが眠りの中でまで苦しんでいなくて…)」
まなじりに浮かぶ涙をそっと指先で拭い、タケルの枕元から立ち去ろうとした時、静子はふっと気がついた。
「(あれは…)」
タケルの枕の横、丁度、タケルの向こう側の肩口に隠れるように小さなブラウンのテディベアがあった。
「(ちゃんと持っていたのね)」
静子の口元に小さな微笑が浮かんだ。
それは、明神礁で発見された謎の赤子が静子と夫・正の許に来た時に、記念にと選んだものだった。
"タケル"と名付けた、柔らかで小さな命の赤子の、その髪の色に似た色の15cm足らずのテディベア。
伊豆の山中で静かに暮らす一家の許を訪れる人は極少なく、小さなタケルの遊び相手としてそのテディベアはそこに在った。
テディベアの目が取れた…と、タケルが泣きながらそれを持って来れば、静子は小さな黒い釦を縫い付けてやった。
糸がほつれれば、繕ってやった。
遊び相手が周囲に居なかったタケルにとって、そのテディベアはただの縫いぐるみ以上の存在だった。
成長するにつれ、遊びが室内から屋外に代わり、テディベアがタケルの相手をする機会は少しづつ減っていった。
タケルが中学に入学した頃に静子がふとテディベアのことを尋ねると、タケルはそっと頭を掻いた。
「どこかに紛れちゃったみたいで、見つからないんだ。ごめんなさい、お母さん」
もう失われたと思っていたのに。
あんな事を言っていたのに、今、ここにテディベアが在るということは、タケルはずっと持っていたのだ。
クラッシャー隊への入隊が決まって、此処、バトルキャンプに来る時にも。
「(あの時は、大事に持っているって素直に言えなかったのね)」
ふっと口元に笑みが更に浮かぶ。
同時に、熱い滴が頬に流れた。
「(私達の、たった一つ残された家族の証しなのね)」
ズ―ル皇帝の放った暗殺者によって、夫・正と瀟洒な自宅は失われた。
思い出の詰まった全てを失ったとも思っていたが、タケルの傍らには家族3人を見守ってきた証しが残っていた。
「(タケル…あなたは私の大事な子供よ。ギシン星のご両親から私達に託された、大切な…)」
月の影がいつの間にかその場所を移していた。
静子は足音を忍ばせ、気配を残さないようにそっと部屋を出た。
「(…母さん…)」
月明かりに照らされたタケルの頬を一筋の光が流れ落ちた。
**********************************************
あとがき
ブログにテディベアの写真をアップした後、お風呂に入っていて突然降ってきた御話です。
あまりに自然に降ってきたので、書いた本人がびっくりしておりますww
実際に、1時間かからずに書いてしまいましたから…。
ネタの神様が降臨される時はそういうものなんですよね。
話の背景は、地球編です。
大塚長官からタケルの生命が残りわずかだと知らされた後。
で、誕生日前のお話です。
どうしても地球編の話は暗くなるんですよね。
そりゃ、もともと根暗な(?)主人公が、ズ―ルにズタボロにされるんですから、明るくなりようが無いという。
でも。
それでも地球編が好きなのは、タケルが生きることを諦めないからだと思います。
不器用なまでにひたむきに、ただ生きようとしている。
生きるためにもがき、足掻き、苦しみ、でも絶望の淵には沈まない。
(いや、よく"オレはもう駄目だ…"とか言ってましたけどww)
そんな真摯なタケルの姿が、あの当時の私に強く印象づいたからだと思います。
(この歳になると、もっと別な理由もあったりしますがww、いや、番組終了直後にはあったかな(爆))
久しぶりにネタの神様降臨で書けた短編です。
空気が素早く動く音がして扉が開いた。
部屋の奥の大きな窓からは満月の光が煌々と室内を照らしている。
「(タケル…)」
静子はそっと、窓辺に近いベッドの傍に立った。
いつもであれば、ドアの開く気配だけで目覚めるタケルだが、今夜は昏々と眠っている。
月の光りに照らされたその表情は、もうすぐ18歳を迎えるというには未だ少し幼さも残っている。
南極で一度だけその顔を見ることが出来た、二度と目を開ける事のないタケル-マーズの双子の兄・マーグと、随分年齢差があるようにも思える。
それでも、髪の色は別にしてもよく似ていた。と、静子はマーグの顔を思い出す。
蒼い月夜に照らされたタケルの顔は、普段見ているタケルとは思えない程に蒼白く透き通っているように見え、あの時のマーグの容貌に重なる。
「(まさか!…いいえ大丈夫…大丈夫、ほら、ちゃんと呼吸しているわ)」
慌てて静子は両の手で口を塞いだ。
そうしなければ、嗚咽が口から溢れ出てきそうだった。
宇宙の支配者を名乗るズ―ルによって、デビルリングというまさに手枷を架けられてしまったタケル。
その生命の灯は、戦うごとに小さくなっていくのだと、静子は聞かされた。
外す術も無く、それでも絶望の淵に沈むことなくタケルは戦っているのだと。
ズ―ルと、デビルリングによって否応なく与えられる、身体と心を蝕む激痛と。
静子が枕元に佇んでいるにも関わらず、タケルが目を覚まさないのは、タケルが静子に心を許しているからだけではない。
静子の気配に気がつかないほどに、タケルのその能力(ちから)までもが疲弊しきっているのだった。
小さな、そして規則正しい寝息を立てて眠るタケルは、その苦境にあっても穏やかな表情をしている。
「(よかった。タケルが眠りの中でまで苦しんでいなくて…)」
まなじりに浮かぶ涙をそっと指先で拭い、タケルの枕元から立ち去ろうとした時、静子はふっと気がついた。
「(あれは…)」
タケルの枕の横、丁度、タケルの向こう側の肩口に隠れるように小さなブラウンのテディベアがあった。
「(ちゃんと持っていたのね)」
静子の口元に小さな微笑が浮かんだ。
それは、明神礁で発見された謎の赤子が静子と夫・正の許に来た時に、記念にと選んだものだった。
"タケル"と名付けた、柔らかで小さな命の赤子の、その髪の色に似た色の15cm足らずのテディベア。
伊豆の山中で静かに暮らす一家の許を訪れる人は極少なく、小さなタケルの遊び相手としてそのテディベアはそこに在った。
テディベアの目が取れた…と、タケルが泣きながらそれを持って来れば、静子は小さな黒い釦を縫い付けてやった。
糸がほつれれば、繕ってやった。
遊び相手が周囲に居なかったタケルにとって、そのテディベアはただの縫いぐるみ以上の存在だった。
成長するにつれ、遊びが室内から屋外に代わり、テディベアがタケルの相手をする機会は少しづつ減っていった。
タケルが中学に入学した頃に静子がふとテディベアのことを尋ねると、タケルはそっと頭を掻いた。
「どこかに紛れちゃったみたいで、見つからないんだ。ごめんなさい、お母さん」
もう失われたと思っていたのに。
あんな事を言っていたのに、今、ここにテディベアが在るということは、タケルはずっと持っていたのだ。
クラッシャー隊への入隊が決まって、此処、バトルキャンプに来る時にも。
「(あの時は、大事に持っているって素直に言えなかったのね)」
ふっと口元に笑みが更に浮かぶ。
同時に、熱い滴が頬に流れた。
「(私達の、たった一つ残された家族の証しなのね)」
ズ―ル皇帝の放った暗殺者によって、夫・正と瀟洒な自宅は失われた。
思い出の詰まった全てを失ったとも思っていたが、タケルの傍らには家族3人を見守ってきた証しが残っていた。
「(タケル…あなたは私の大事な子供よ。ギシン星のご両親から私達に託された、大切な…)」
月の影がいつの間にかその場所を移していた。
静子は足音を忍ばせ、気配を残さないようにそっと部屋を出た。
「(…母さん…)」
月明かりに照らされたタケルの頬を一筋の光が流れ落ちた。
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あとがき
ブログにテディベアの写真をアップした後、お風呂に入っていて突然降ってきた御話です。
あまりに自然に降ってきたので、書いた本人がびっくりしておりますww
実際に、1時間かからずに書いてしまいましたから…。
ネタの神様が降臨される時はそういうものなんですよね。
話の背景は、地球編です。
大塚長官からタケルの生命が残りわずかだと知らされた後。
で、誕生日前のお話です。
どうしても地球編の話は暗くなるんですよね。
そりゃ、もともと根暗な(?)主人公が、ズ―ルにズタボロにされるんですから、明るくなりようが無いという。
でも。
それでも地球編が好きなのは、タケルが生きることを諦めないからだと思います。
不器用なまでにひたむきに、ただ生きようとしている。
生きるためにもがき、足掻き、苦しみ、でも絶望の淵には沈まない。
(いや、よく"オレはもう駄目だ…"とか言ってましたけどww)
そんな真摯なタケルの姿が、あの当時の私に強く印象づいたからだと思います。
(この歳になると、もっと別な理由もあったりしますがww、いや、番組終了直後にはあったかな(爆))
久しぶりにネタの神様降臨で書けた短編です。