日付が昨日から今日に変わって数時間後。
窓の外は、まだ夜が続いている。
俺は部屋の中央、ビニールのカーテンに囲まれたベッドに静かに近付く。
カーテンの向こう側では、胸や腕が医療器具や点滴に繋がれたタケルが横たわっている。
浅く早い呼吸音が耳に入る。規則正しいものではなく、不規則で弱々しいそれ。
眉根が寄せられ唇を薄く開いて、意識が無いにも関わらず苦しそうな表情をしている。
ドクターは"脳波がしっかりしているだけ、昨日の朝の状態よりは良い"とは言っていた。
しかし"だからと言って、今後の容態は私には何とも言えません。タケル君次第です。"とも。
「…タケル…苦しいよな。辛いよな。すまない。俺のせいで…」
小さな声で俺-ナオト-はタケルに詫びる。
あれから24時間も経っていない。
ナミダがタケルの異変を察知し、ようやく俺がタケルを発見した昨日の朝から。
タケルは弱った身体で、たった独りで敵の攻撃に耐えていたのだろう。
今にも止めを刺そうとする敵の前に力無く横たわっていた。
-タケルガシンデシマウ-
辛うじて敵を撃退した俺は、タケルがバトルキャンプに運ばれるまで、タケルに呼び掛け続けた。
「タケル!死ぬな!!絶対に死ぬな!!」
音や光や痛み、色々な刺激に対して全く反応を示さないタケル。
脳波はほぼ平らな波形を描くだけである。
痙攣するように弱々しい動きの心臓と不規則な呼吸。
それ以外の身体の機能をタケルは止めてしまった。
"普通の人間ならとうに命は…"
もう、治療の術がないとドクターは言う。
…タケルの生命の灯火は、今まさに消えようとしていた。
それを知るズールは、地球に大軍団を送り込んだ。
一気に地球を殲滅せんがために。
極秘に開発されていたゼロワン。
それは、タケルが万一戦えなくなった時、ズールに対抗するために作られた特攻兵器。
無人ではゼロワンの発射が出来ないと知った俺は、単身ゼロワンに乗り込みズールに立ち向かった。
俺が意を決してゼロワンを爆破しようとしたその時、敵の攻撃で気を失った。
気付いたのは、昏睡状態だった筈のタケルがゴッドマーズで自分を救ってくれた時だった。
「俺一人の命で地球が救えたら、なんてね」
そうタケルに言い残してズールの軍団に突っ込み、自爆した筈の俺。
なのに、バトルキャンプの医務室で目を覚ました。
最初は「天国ってのはもっと色気があるところだと思うんだがな」なんて思っていた。
そんな俺は本当に馬鹿野郎だった。
隣の集中治療室では、タケルがその日2度目の意識不明状態に陥っていた。
辛うじて最初の昏睡状態から脱したものの、歩くことすらままならない身体で出撃したと聞いた。
おばさん-タケルのお袋さん-が必死で止めても、
「仲間を見殺しにできない」
そう言って出撃したと。
俺がゼロワンで飛び出したと知ったが為に。
俺を地球へ連れ帰るために。
だから俺はタケルに言いに来たんだ。
「タケルの大馬鹿野郎!俺なんかより、自分の命を大切にしやがれ!」
ってな。
だけど、こんな、こんなタケルを見ちまったら言える訳ないじゃないか。
だから…。
「…タケル…苦しいよな。辛いよな。すまない。俺のせいで…」
俺は、ビニールのカーテンの向こうのタケルに詫びた。
「…オト…」
ビニールのカーテンの向こうから、小さな声が聞こえた。
微かな、掠れた声が。
「ナ…オト…」
「タケル!!気がついたのか?大丈夫か?っと、いや、答えなくていいぞ。今は無理に喋るな!」
意識が戻ったらしいタケルが俺の名を呼んだ。
そのせいで俺は軽くパニクってしまった。
とりあえず何か話そうとするタケルを制止しようとしたが、
「ナオト…ぶじ…よか…た…」
途切れがちな小さな声は俺を心配していた。
「喋るなっつーてるだろーが!」
俺は涙声になりながらタケルを制止しようとした。が、もう、何も言えなくなった。
-タケルがビニールカーテン越しに…点滴の刺さった、細くなってしまった腕を…俺の方に…一生懸命伸ばしてきたんだ-
俺はビニールカーテンごと、タケルの手を両手で包み込んだ。
ひんやりとしたビニールの向こう側から、タケルの手の温もりが伝わってくる。
俺の声は言葉にならず、ただ、"うん、うん"と頷くしか出来なかった。
「…まもりたい…ナオト…みんな…ちきゅう…」
タケルが苦しげな息の下、焦点の合わない瞳で空を見たまま、うわ言のように言葉を紡ぐ。
俺は溢れる涙を止めることはできなかった。
こんなにもタケルは生きようとしている。
皆を、地球を守りたいと必死に生きようとしている。
「ああ、俺も守りたいんだ。地球を…そしてお前を…」
ようやく言えた俺の言葉に、タケルが微かに微笑んだように見えた。
その後、タケルの意識の回復をモニターしたドクター達に俺は部屋から追い出されてしまった。
俺は信じている。
タケルは、必ず蘇る と。
さっき、微笑んだタケルの手に力が籠められたのが俺には判ったから。
長かった夜が、今、明ける。
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あとがき です。
このお話は61話「タケル、最後の誕生日?」をベースにしています。
個人的に61話というのは、あくまでタケルの地球での誕生日だと思っているのですが、
今回はそれがギシン星での誕生日だったという設定にしてみました。
このストーリーの中には直接出て来ないけど、本編では兄さんもでてきているので、ま、いっかな、と。
アバウトですいません。
しかも、バースデーに関係したのアップなのに、中身が重いったら。
ラストで希望に繋がっているってことで、お許しください。
61話で、ナオトがズールのメカ軍団を追っていった時ですら、ゴッドマーズは、タケルは動けなかった。
それは、タケルがもはやゴッドマーズを動かすことすら出来ない程の状況にあったとしか思えない。
少しでも余力があれば、タケルはナオトを制して自分が戦いに行ったはず。
そんなタケルがナオトを連れて地球に戻ったら…
きっと、力尽きてナオトを救いに行く直前の状態と同じになってしまうのじゃないかと…。
そこからこのストーリーが生まれました。
一度書いたことがあったのだけど、データを保存していたUSBメモリを飼い犬に噛み砕かれまして(泣)、 新たに今回書き直しました。
---------あとがき ブログ掲載に寄せて---------
暗くて重いです…orz
ブログ掲載に際して読みなおしてみたのですが、本当に暗い。
そうなんですよね。
地球編って本当に話しが重くて暗いですよね。
でも好きなんですよ、地球編。
いたぶられる主人公にもえ…(以下略
じゃなくてですね、タケルの想いがひしひしと伝わってきて。
その純粋さが痛いぐらいで。
リアルタイムで見ていた時は、本当に辛かったです。
それだけに最終回の最後の笑顔は嬉しかったなあ。泣けたなあ。
子供向けで始まったはずの番組だったのに、終わりの時にはすっかり中高生女子向け番組になっていた不思議アニメ「六神合体ゴッドマーズ」
久々に57話と61話を見てみようかな。
-サイト初出 2007.06.28-