時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

炎が創り出すもの

2007年05月04日 | 絵のある部屋
  この画像、なんでしょう。そうパン屋の店頭。パリの町中を歩いていて偶然出会った。ことさらに伝統的な製法を継承しているようで、古いパンの抜き型なども並べられている。店はすでに閉店していたが、ウインドウを通して店内を覗いてみると、パン窯もかなり使い込んだらしい煉瓦と石積みである。照明も意図的に暗くしているようだ。外から見ると、窯に燃える赤い炎だけが目を惹く。なかなか効果的だ。パンや陶磁器を焼く窯の炎はなんとなく暖かさや親しみとともに不思議な力の存在を感じさせる。  

  ふと見たTV番組*で、これまで人の目に触れたことがないといわれる炎があることを知った。陶磁器を焼く登り窯の最奥で燃え盛る高温の炎である。こうした炎を、「大口」といわれる窯の入り口の所では見たことのある人もいるかもしれない。しかし、「一の間」、「ニの間」、「三の間」、「四の間」と高温になる上方の窯の内部で、装填された作品に炎が作用する光景は、これまで人間が見たことがなかったあるいは見ることができなかったものだった。窯へ装填したら、その後の過程は「神の手」に委ねられる。土器が陶器へと変容する過程であり、制作の主体が人間の手から離れる瞬間である。   

  TVでは益子焼の登り窯へ耐熱チューブカメラを入れ、ハイスピードカメラで撮影していた。2度と同じ形をとることなく、めらめらと燃えている。神秘とも奇怪とも思われる光景である。  

  炎が繰り返し押し寄せる波濤のように、作品をなめるように繰り返し覆っている。温度は1200度近い。温度がある段階に達すると、器が発光する現象がみられる。炎の色が暗い赤色から明るいオレンジ色へと変化して行く。釉薬がかけられている場合には、ガラス質の釉薬に含まれる銅などの発色剤が変容して絶妙な色となる。釉薬によっては、「ぬか白」といわれ、白く焼きあがる場合もある。こうした発色の有り様については、これまでの長い経験からかなりの程度、陶芸家がコントロールできる範囲ではある。しかし、最後にどんな作品が出てくるかまでは分からない。  

  陶磁器やパンを焼く窯の中の炎、蝋燭の焔など、それぞれ考えてみると、そこには人間の手のおよばない神秘的なものがひそんでいるようだ。「創造過程というものはつねに神秘的な世界のうちに留まっているのである」というケネス・クラークの言葉を思い出す。ラ・トゥールの作品に描かれた蝋燭の焔に、画家はなにを感じていたのだろうか。



* BSTV:4月17日『アインシュタインの眼 陶器誕生:炎の美』
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