時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

額縁から作品を解き放つ(12):精緻に守られた遠近法

2023年01月21日 | 絵のある部屋

フィリッポ・リッピ
《受胎告知》1450
Filippo Lippi(1406-1469)
The Annunciation,1450
Tempera on oil, 203 x 189cm
Munich Alte Pinakothek



今回取り上げる画家フィリッポ・リッピ Filippo Lippi(1406-1469)と『絵画論』『建築論』などで知られるレオン・バティスタ・アルベルティ Leon Battista Alberthi (1404-1472)とは、15世紀中期、全くの同時代人であった。アルベルティは、ルネサンス期の「万能の天才」(uomo universale) と呼ばれた。

アルベルティは15世紀イタリア美術の理論的構築に多大な功績を残したことはすでに記した。『絵画論』で展開された《遠近法》《消失点(焦点)》の理論化に際して、彼は基本的に絵画は窓のようなもので、そこから人々は描かれた対象を眺めるという考えだった。テンペラ画の場合、制作に際して、しばしば画材上の消失点(焦点)に小さな釘が打たれ、そこから画家に向かって放射線状に糸が張られていたという。消失点は通常、見る人の視線の高さに設定されていた。

今回取り上げるフィリッポ・リッピは ルネサンス中期の 画家であり、 ボッティチェリの師でもあった。フラ・アンジェリコとともに、 15世紀 前半の フィレンツェ派を代表する画家である。 フラ・アンジェリコが敬虔な修道士であったのとは対照的に 修道女と駆け落ちするなど奔放な生活を送ったことで知られるが、後に教皇から還俗を認められた。画家の性格を反映してか、華やかな作風である。

上掲の《受胎告知》も当時の様式を踏襲した作品だが、遠近法における消失点の位置が歴然と分かる作品である。聖書台のクッション上に置かれた書籍台や手紙などにも消失点の理論が反映されていることが分かる。《受胎告知》は、この時代に最も好まれ、描かれたテーマだが、今日に継承されている作品を渉猟してみると、実に様々な工夫が込められていることが分かる。

描かれた人物、家具などはほとんど全て想像の産物ではあるが、いずれも極めて精緻に描かれている。


フィリッポ・リッピ、《受胎告知》1450 部分


イタリアでは次の時代、極端なまでの写実主義と自然主義の作品で、ひとつの時代を画したカラヴァッジョの登場がある。

ミケランジェロのような古典的理想表現こそが絵画のあるべき姿だと認識されていた当時、カラヴァッジョの作風は大きな衝撃をもたらした。当時のイタリアで長期にわたって受け継がれてきたルネサンス様式を否定したところに大きな意義がある。時代は大きな転機に差しかかっていた。

主題が先にあり、それを裏付ける画法としての遠近法は、この時代の社会的環境、それを反映した作品と不可分の関係にあった。

続く

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