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紅茶の島のものがたり vol.16 冨井穣

2009年07月17日 | 金曜(2009年4月~):冨井穣さん
第16話
紅茶文化とは

2005年。山城が沖縄に戻って緑茶生産と紅茶研究を始めてから、はや5年の歳月が流れていた。
 5年間。長い月日である。
 石の上にも3年、桃栗3年柿8年とはよく言うが、結果が出ないまま過ごした5年間は、さぞかし歯がゆい思いが募ったことだろう。それとも逆に、自然を相手に生活する農家にとって、5年という歳月は微々たるものに過ぎないのだろうか。例えば林業に携わる山守は、50年、100年先の成長を見据えて木を植える。茶業では、苗木を植えて5年待てば、子、孫の代まで収穫できる茶樹に育つ。そう考えると、山城が試行錯誤を繰り返してきたこの5年間も、次なるステップへ向けての助走期間ととらえることができるかもしれない。
 実際に、少量ながらも紅茶の出荷は続いていたし、この年には公から将来有望な事業であるとお墨付きを受け、スリランカへ海外研修にも赴いた。
 19世紀から20世紀半ばまでイギリスの植民地だったスリランカは、インド、中国に次ぐ世界第3位の紅茶の産地。輸出量に至っては世界1位を誇り、かつての国名「セイロン」は紅茶の代名詞としてその名をとどめている。
 山城が研修先にスリランカを選んだのは明確な理由があった。スリランカはインド南東沖に浮かぶ島国で、面積は北海道の8割程度の広さに過ぎないが、海岸沿いには温暖なビーチが広がり、その一方で中南部は標高2000メートル超の高地になっている。そのため、スリランカでは製茶工場の位置する標高によって、ハイグロウンティー(1300m以上)、ミディアムグロウンティー(670~1300m)、ローグロウンティー(670m以下)と品質を3段階に分類しており、産地の気候が異なるさまざまな種類の紅茶をコンパクトに見て回ることができるのだ。例えば世界3大紅茶の一つに数えられる「ウバ」はハイグロウンティーに属し、先週紹介したミニカさんが「キャンディーという産地でとれる茶葉は、アメ玉とは無関係ですが名の通りとても甘みがあって、自然からの贈り物は素晴らしいとつくづく感心してしまう」と評する「キャンディー」は、ミディアムグロウンティーの一種である。
 山城が滞在したのは約1カ月間。それはそれは至れり尽くせりの充実した研修期間だったと思いきや、実際にはコロンボ空港までの往復チケットが手配されていただけで、現地のガイドがいるわけでもなければ宿も決まっていない。到着した瞬間にそのことを知り山城はぼうぜんとしたが、そのまま沖縄へトンボ帰りするわけにもいかず、片言の英語で宿探しから始めなければならなかった。しかし、これがかえって山城には、無二の経験として作用したようだ。
 幼少時から変わらぬ無鉄砲さで、製茶工場へ見学を申し込む。コトバもろくに話せない外国人の押しかけ訪問にもかかわらず、3分の1の確率で了承を得られたというから大したものだ。移動はバスでも列車でも観光客仕様は避け、現地の人と同じ賃料の安い車両を利用する。さすがは喫茶の風習が浸透した紅茶の国とあって、車内ではお湯を沸かして紅茶を販売しており、粉のような安い茶葉で入れたものでも、なぜかとてもおいしく感じる。車窓を流れる景色はいつまでもどこまでも茶畑が続き、茶摘みをする人々の顔には笑顔が絶えない。
「これが文化なんだ…」
 研修を通じて学んだことは、茶樹の栽培方法でも紅茶の加工技術でもなく、本場の紅茶文化を肌身で体感したことだった。
「町の至る所にティーハウスがあり、茶園に行けば紅茶を飲ませてくれるスペースが必ずある。そこでいただいた紅茶の味が忘れられなくて、やっぱり紅茶はほかの農作物同様、収穫したその土地で飲むのがいちばんおいしいんだと実感しました」
 これは単なる感慨ではなく、取りも直さず自らに対する課題としてはね返ってくる。
 山城の紅茶はおいしいと言わせたい。山城の紅茶が飲みたいから沖縄へ行ってみたいと思わせたい。
 こうして1カ月間の研修期間を終えた山城は、沖縄へ戻っていつも通りの作業を再開した。茶葉を摘んでは萎凋、揉稔、発酵させて紅茶を作る。茶樹の栽培に関しては、スリランカのやり方に比べてむしろ優れているという自負さえあった。となると、あとは沖縄の茶葉に合った発酵方法をどうやって見つけるかが問題である。
 そんなある日、一人の青年から連絡があった。少し込み入った話がしたいので時間を取れないかと言う。以前から仕事の会合などで何度か顔を合わせたことはあるが、果たして何の用事だろうか。


スリランカで茶摘みを行うのはほとんどがタミル人。イギリス植民地時代にインドから移民としてスリランカに渡ってきた労働者の子孫たちだ。



text:冨井穣




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