昔話を語る場合、どんなテキストを選ぶか苦労するところ。最近は「語る」ことに重点をおいた本も多く出ていて参考になるが、外国の昔話を訳したものは、有名?なものでは、数多くの訳があり、どれをつかうか迷う。
ところで、「ジャックと豆のつる」を覚えてみたいと考えていたが、ピンとくるテキストがなかった。木下順二(岩波書店)訳を読んで昔話風方言のつかいかたやリズム感に魅力を感じていたが、話すとなるとなかなかむずかしい。そこで石井桃子(福音館書店)訳を参考にして個人的な「ジャックと豆のつる」にしてみた。
パソコンに自分で入力すると、これまで気がつかなかった微妙な言葉づかいや文の区切りがどれほど考えられているのかに、あらためてきずかされたのは、今回の副産物である。
ところで実際にシュミレーションしてみると思った以上に時間がかかった(20分)。そこで今回こまかく修正してみた。(2014.1.8)
<ジャックと豆のつる>
むかし、あるところにジャックという男の子が、おっかさんと二人で暮らしていました。
この親子の暮らしといったら、め牛がだしてくれる牛乳だけがたよりで、それを市場で売ってほそぼそと暮らしていました。
ところがある朝、め牛が牛乳をだしてくれなかったもんで、さあ、親子はどうしたらいいかわからなくなりました。
「どうしたもんだ、どうしたもんだ」とおっかさんは両手をにぎりしめながらいいました。
「元気だしなよ、おっかさん。おいらどこかで仕事をみつけてくるからよ」と、ジャックがいいました。
「そんなこた、前にもやったよ。けど誰もおまえなんかをやとってくれなかったじゃないか。こりゃめ牛を売るしか仕方ねえな。その金で店なんかはじめるさ。」
「よしきた。今日は市の立つ日だ。おいらすぐめ牛をうってくるで。それからどうするか考えようや」
そこでジャックは、め牛をひいて市場にでかけました。
しばらくいくと、へんな見かけのじいさんに声をかけられました。
「おはよう、ジャックくん どこへいくね」
「おはよう、ウシを売りに市場へ」とジャックは答えてから、あれ、なんでこの人おいらの名前を知っとるんだろうと思いました。
「なるほど」とじいさんはしゃべりながら、ポケットから妙な見かけの豆をとりだしながら言いました。
「どうだね、この豆とそのウシをとりかえねえか?」
「よしなよ、うまいことをいってら」とジャックがいうのへ、じいさんは「ははあん、あんたはこれがどういう豆だか知らんのだな。こいつを埋めて一晩おいておくと、翌朝にはちゃんと天までのびとるぞ」
「ほうとうかね? まさか」
「いんや、そうなんだよ。もしうそだったら、ウシをかえしてやるよ」
そこでジャックはウシと豆をとりかえて、うちにもどりました。
そこでうちにもどりましたが、そう遠くまでいったのでもなかったから、ドアのところに帰りついても、まだ日暮れというわけでもありませんでした。
「もう帰ったんかい?ジャック」と、おっかさんが言いました。
「め牛がいないとこをみると、売れたんだね。いくらになったね?」
「おっかさんにあたるもんか」と、ジャックは言いました。
「そんなこというもんじゃないよ。5ポンドかい? それとも十ポンド? 十五ポンド? まさか二十ポンドじゃ」
「あたりっこないといったろ? 売るかわりに、おいら魔法の豆と、とっかえてきた。これを埋めてひと晩おくと・・・」
「なんだと!」おっかさんがどなりました。
「肉にしたって最上等のあのウシを、そのくだらない豆つぶととっかえてきたたァ。こんちくしょう!こんちくしょう!こんちくしょう! 何が大事な豆つぶだよ。窓からほうりなげちまえ! さあ、さっさと寝ちまうんだ。今夜ばかりァ、ひと口だってなんにも飲ましちゃやんねえし、ひとっかけだって食わせるもんか」
そこでジャックはすっかりしょげて豆を庭にほうりだすと、すきっ腹をかかえたまま、屋根裏の部屋で寝てしまいました。
次の朝、ジャックが目を覚ましてみると、部屋のようすが奇妙です。
ところどころ日がさしこんでくるのに、あとは大変暗くて陰になっています。そこでジャックは窓のところにいってみました。庭には豆のつるが生えていて、それがまた、のびたものびたも空へ届くまで伸びていました。
あのおじいさんのいったことは本当でした。
豆のつるは、ジャックの部屋の窓のすぐ近くをのびていましたので、手をのばせばすぐ豆のつるにとどきました。そこでジャックはおおきなはしごみたいにかかっているその豆のつるへとびついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、よじ登ってよじ登ってよじ登って、またよじ登って、とうとう空に行きついてしまいました。さてそこまできてみると、長い広い道が投げ槍みたいに一直線に突き抜けていました。そこを歩いて歩いて歩き続けていくと、最後にすごくでっかくて背の高い家に行きつきましたが、その入り口のところには、すごくでっかくて背の高い女の人がたっていました。
「お早ようございます。おばさん」とジャックはうんとていねいな調子で言いました。
「あのう、朝ごはんを食べさせてもらえんでしょうか?」何しろジャックは、ゆうべから何も食べていませんでしたから、お腹がぺこぺこでした。
「朝ごはんがほしいだなんていっていると・・」と、そのすごくでっかくて背の高い女の人はいいました。「お前さんが朝ごはんになってしまうよ。わたしのだんなは人食い鬼だからさ。男の子をあぶってパンにのせたのが一番の好物なんだよ。どっかに行っちまわないとすぐやってくるよ」
「なあおばさん、何か食べるものをおくれよおばさん。きのうの朝からなんにも食べてないんだよ。ほんとにほんとだよおばさん」とジャックはいいました。「死にそうにおなかがすいちまってるだよ、あぶられちまったほうがいいくらいだ」
さて、人食い鬼のおかみさんは悪い人ではありませんでした。
ジャックを台所につれていってくれて、パンとチーズのかたまりと、一杯のミルクをくれました。けれども、まだジャックが、このごちそうを、半分も食べ終わらないうちのことです。どしん!どしん!どしん!と、だれかがやってくる足音がして家じゅうがゆれだしました。
「あれま、たいへんだ!わたしのだんなだよ!」と鬼のおかみさんがいいました。「早くこっちへきて、このなかへ飛び込みな」
そして、おかみさんがジャックをかまどの中へおしこんだところへ、人食い鬼がはいってきました。なるほど、こいつはでっかいやつでした。腰のベルトには子牛を三匹、足でくくったのがぶらさげてありました。鬼はそれをほどくとテーブルの上に放り投げていいました。「こいつで朝ごはんをつくってくれ。やあ!なんだ?このにおいは。
ふうん、へえん、ほおん、はあん
人間の血の匂いがするぞ
生きとろうと死んどろうと
そいつの骨でパン粉をこねてやる
「ばかなことをいいでないよ」とおかみさんがいいました。「あんた夢でも見てるんでないの? でなければ、ゆうべの晩御飯においしがって食べたあの小さな子どもの残りがにおってるんだよ。さあ、手を洗って身なりをなおしといで、それまでに朝ごはんをつくっておくからさ」
そこで、人食い鬼は、いってしまいました。
ジャックが、かまどからとび出して逃げようとすると、おかみさんが、「うちの人がねむるまで、おまち。朝ごはんがすむと、いつも、ちょっと、一休みするんだからさ」といって、とめました。
さて、人食い鬼は、朝ご飯がおわると、大きな箱のところに行って、金貨の入っている袋を2つとりだしました。それからどっかりすわりこんで、あとからあとから金貨をかぞえているうち、頭をコックリ、コックリさせはじめ、やがて、いびきをかきはじめたので、家じゅうがガタガタゆれました。
そこでジャックはソーっとかまどからはいだしました。それから鬼のそばを通るとき、金貨の袋を一つ、こわきにかかえこむと、豆のつるのところまで、わき目もふらずにとんでいきました。そして、豆のつるをすべりおりすべりおりして、とうとう家に帰り着き、おっかさんに金貨を見せながらこういいました。
「どうだいおっかさん、この豆、おいらのいったとおりだろ?やっぱり魔法の豆だったんだよ」
そこで、親子は、しばらくのあいだ、金貨をつかってくらしていましたが、とうとうそれもおしまいになったので、ジャックは、もう一ぺん豆のつるのてっぺんまで登って行って、運をためしてみようと決心しました。
そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、とうとうまたあの道のところに出て、それから前に行ったあのすごくでっかくて背の高い家に行きつきました。そこには、またあのすごくでっかくて背の高い女の人が入口のところに立っていました。
「おはようございます。おばさん」とジャックはずうずうしくも声をかけました。
「あのう、何か食べるものをもらえんでしょうか?」
「こんなところに立ってるんでないよ」と、でっかくて背の高い女の人はいいました。「でないとうちのだんなが、お前を朝ごはんにたべちまうによ。だけど おまえいつかきたことのあるあの子だな? あの日に、うちのだんなが金袋を一つなくしちまったんだけど、おまえ知らないかい?」
「そいつはおかしいね。おばさん」とジャックはいいました。「でもそのことで何かおしえてあげること、あるかもしれんけど、何か食べんことには、おなかが空きすぎててものがいえないや」
するとでっかくて背の高い女の人はすごくそのことが聞きたくなって、ジャックを家につれていって食べさせてくれました。
ところが、ジャックがなるべくゆっくりと口をもぐもぐやりかけておるところへ、どしん!どしん!どしん!と、あの大きな奴の足音がひびいてきたので、おかみさんはジャックをかまどの中にかくしました。
全部がこの前のとおりでした。この前のとおりに人食い鬼がはいってきて「ふうん、へえん、ほおん、はあん」といって、朝ご飯に、あぶったお牛を三匹たいらげてしまいました。
それからおかみさんに「金のたまごをうむメンドリをもってこい」といいました。
そこでおかみさんがメンドリをもってくると、鬼は「たまごをうめ!」といいました。するとメンドリはコロリと、まじりけのない金のたまごをうみました。そのあとで、鬼はコックリコックリやりはじめ、やがていびきをかきはじめたので家じゅうがガタガタゆれました。
そこで、ジャックはソッーと、かまどからはいだすと、金のたまごをうむメンドリをひっつかみ、目にもとまらぬはやさで、どんどん逃げだしました。けれども、こんどはメンドリが「コケッコ、コケッコ」と鳴いたので、鬼は目をさまし、ちょうどジャックが家をとび出したとき、「わしのメンドリをどうしたんじゃ?」と鬼がいってる声がしました。するとおかみさんが「なぜ、そんなこと聞くんだよ、おまえさん?」といいました。
ジャックは、ここまで聞いただけで、あとは夢中。豆のつるところまでとんでいき、まるでおしりに火がついたように、すべりおりました。
それから、家につくと、おっかさんにその不思議なメンドリをみせて、「たまごをうめ!」といいました。するとジャックが「たまごをうめ!」というたびに、メンドリは、金のたまごを一つずつうみました。
さてジャックは、これでも満足できませんでした。そこで、まもなく、またもう一度、運をためしてみようと決心しました。
そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると、豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、てっぺんまでいきつきました。ところが行ってみると、きょうはあのすごくでっかくて背の高い女の人はいませんでした。そこでジャックは台所にしのびこんで、大鍋のなかにかくれました。
するとじきに、まえと同じに、どしん!どしん!どしん!という音がして、人食い鬼とおくさんがはいってきました。
「ふうん、へえん、ほおん、はあん、人間のにおいがするぞ」」と鬼はどなりました。「においがするぞ、かみさん、においがするぞ」
「ほんとかね?」とおかみさんはいいました。「だとすると、あの金袋と金のたまごをうむメンドリを盗んだチビすけが、きっとかまどのなかにはいっとるんだよ」。
そこで夫婦は、かまどにかけよりました。けれども、運よくジャックはそこにはいませんでした。
そこで鬼のおかみさんは「あんたのふうん、へえん、ほおん、はあんもあてにならないね。あんたがゆうべつかまえてきて、けさのごはんにわたしがあぶってやった子どものにおいにきまっとるよ。わたしも忘れっぽいけど、あんたもこれだけ年をとってるのに、生きとるもんと死んだもんの区別がつかないのは、ずいぶん間のぬけた話だね」
そこで人食い鬼はテーブルにすわって、朝ご飯を食べ始めました。けれどもときどき口の中で、こうつぶやいていました。「いいや、まちがいなしに・・・」、そうして立ち上がっては、食糧部屋やら食器戸棚やらあちこちを探しまわりましたが、大鍋のことだけは考えつきませんでした。
朝ご飯がおわると、人食い鬼は大きな声で「わしの金のたてごとをもってこい。」といいました。
そこで、おかみさんがたてごとをもってきてテーブルの上におきました。そして鬼が「歌え!」というと、たてごとはじつに美しい音で歌いだしました。 すると人食い鬼は、いいきもちでコックリコックリ寝てしまいました。
そこでジャックは大鍋のふたをソッーともちあげて、よつんばいでテーブルのところまで行くと、はいのぼるようにしてたてごとをつかみ、ドアのほうへ走りはじめました。ところが、たてごとが大きな音で「だんな!だんな!」とさけびだしたので、人食い鬼は目をさまし、ちょうどジャックがたてごとを持って逃げていくところを見てしまいました。
ジャックは夢中でにげだしました。人食い鬼も風を切っておいかけてきました。しかし、ジャックは、だいぶさきにかけだしていましたし、自分のゆきさきもわかっていましたから、とうとう、つかまらずに、豆のつるのところまできました。そのとき鬼はジャックから20メートルとは離れていませんでした。そのうち、きゅうにジャックが消えたように見えなくなったので、鬼が道のはしまでいってみると、ジャックは命からがら豆のつるをおりていくところです。けれども鬼は、そんなあぶないはしごをおりていかれないで、立ちどまってみているうち、またまたおくれてしまいました。
ところがちょうどそのとき、また、たてごとがさけびました。
「だんな!だんな!」
鬼が身をひるがえして豆のつるにとっついたので、その重みで豆のつるはユッサユッサゆれました。ジャックはどんどん、すべりおり、鬼もそのあとをおいかけました。それでもジャックはどんどんすべりおり、家のちかくまで来ると、大きな声でさけびました。
「おっかさん!おっかさん! オノをくれ、オノをくれ!」
おっかさんはオノを手にしてとび出してきましたが、雲のすきまから人食い鬼の足がみえたので、こわくなって一歩も動けなくなってしまいました。
けれども、ジャックは地面にとびおりるなり、オノをひっつかみ、豆のつるにたたきつけたので、つるは半分ぐらいまで切れました。豆のつるがユラユラゆれると、鬼は何事が起ったのかと思って、途中でとまって下をながめました。そのときジャックがもういちどオノをたたきつけたので、豆のつるはぷっつり切れて、人食い鬼はどしん!と真っ逆さまに墜落して死んでしまいました。
それからジャックはおっかさんに金のたてごとを見せました。そして、そのたてごとを人に見せたり、金のたまごを売ったりして、大変な金持ちになりました。
やがて、ジャックは、えらいおひめさまをおよめにもらって、それからのちは、しあわせにくらしましたとさ。
ところで、「ジャックと豆のつる」を覚えてみたいと考えていたが、ピンとくるテキストがなかった。木下順二(岩波書店)訳を読んで昔話風方言のつかいかたやリズム感に魅力を感じていたが、話すとなるとなかなかむずかしい。そこで石井桃子(福音館書店)訳を参考にして個人的な「ジャックと豆のつる」にしてみた。
パソコンに自分で入力すると、これまで気がつかなかった微妙な言葉づかいや文の区切りがどれほど考えられているのかに、あらためてきずかされたのは、今回の副産物である。
ところで実際にシュミレーションしてみると思った以上に時間がかかった(20分)。そこで今回こまかく修正してみた。(2014.1.8)
<ジャックと豆のつる>
むかし、あるところにジャックという男の子が、おっかさんと二人で暮らしていました。
この親子の暮らしといったら、め牛がだしてくれる牛乳だけがたよりで、それを市場で売ってほそぼそと暮らしていました。
ところがある朝、め牛が牛乳をだしてくれなかったもんで、さあ、親子はどうしたらいいかわからなくなりました。
「どうしたもんだ、どうしたもんだ」とおっかさんは両手をにぎりしめながらいいました。
「元気だしなよ、おっかさん。おいらどこかで仕事をみつけてくるからよ」と、ジャックがいいました。
「そんなこた、前にもやったよ。けど誰もおまえなんかをやとってくれなかったじゃないか。こりゃめ牛を売るしか仕方ねえな。その金で店なんかはじめるさ。」
「よしきた。今日は市の立つ日だ。おいらすぐめ牛をうってくるで。それからどうするか考えようや」
そこでジャックは、め牛をひいて市場にでかけました。
しばらくいくと、へんな見かけのじいさんに声をかけられました。
「おはよう、ジャックくん どこへいくね」
「おはよう、ウシを売りに市場へ」とジャックは答えてから、あれ、なんでこの人おいらの名前を知っとるんだろうと思いました。
「なるほど」とじいさんはしゃべりながら、ポケットから妙な見かけの豆をとりだしながら言いました。
「どうだね、この豆とそのウシをとりかえねえか?」
「よしなよ、うまいことをいってら」とジャックがいうのへ、じいさんは「ははあん、あんたはこれがどういう豆だか知らんのだな。こいつを埋めて一晩おいておくと、翌朝にはちゃんと天までのびとるぞ」
「ほうとうかね? まさか」
「いんや、そうなんだよ。もしうそだったら、ウシをかえしてやるよ」
そこでジャックはウシと豆をとりかえて、うちにもどりました。
そこでうちにもどりましたが、そう遠くまでいったのでもなかったから、ドアのところに帰りついても、まだ日暮れというわけでもありませんでした。
「もう帰ったんかい?ジャック」と、おっかさんが言いました。
「め牛がいないとこをみると、売れたんだね。いくらになったね?」
「おっかさんにあたるもんか」と、ジャックは言いました。
「そんなこというもんじゃないよ。5ポンドかい? それとも十ポンド? 十五ポンド? まさか二十ポンドじゃ」
「あたりっこないといったろ? 売るかわりに、おいら魔法の豆と、とっかえてきた。これを埋めてひと晩おくと・・・」
「なんだと!」おっかさんがどなりました。
「肉にしたって最上等のあのウシを、そのくだらない豆つぶととっかえてきたたァ。こんちくしょう!こんちくしょう!こんちくしょう! 何が大事な豆つぶだよ。窓からほうりなげちまえ! さあ、さっさと寝ちまうんだ。今夜ばかりァ、ひと口だってなんにも飲ましちゃやんねえし、ひとっかけだって食わせるもんか」
そこでジャックはすっかりしょげて豆を庭にほうりだすと、すきっ腹をかかえたまま、屋根裏の部屋で寝てしまいました。
次の朝、ジャックが目を覚ましてみると、部屋のようすが奇妙です。
ところどころ日がさしこんでくるのに、あとは大変暗くて陰になっています。そこでジャックは窓のところにいってみました。庭には豆のつるが生えていて、それがまた、のびたものびたも空へ届くまで伸びていました。
あのおじいさんのいったことは本当でした。
豆のつるは、ジャックの部屋の窓のすぐ近くをのびていましたので、手をのばせばすぐ豆のつるにとどきました。そこでジャックはおおきなはしごみたいにかかっているその豆のつるへとびついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、よじ登ってよじ登ってよじ登って、またよじ登って、とうとう空に行きついてしまいました。さてそこまできてみると、長い広い道が投げ槍みたいに一直線に突き抜けていました。そこを歩いて歩いて歩き続けていくと、最後にすごくでっかくて背の高い家に行きつきましたが、その入り口のところには、すごくでっかくて背の高い女の人がたっていました。
「お早ようございます。おばさん」とジャックはうんとていねいな調子で言いました。
「あのう、朝ごはんを食べさせてもらえんでしょうか?」何しろジャックは、ゆうべから何も食べていませんでしたから、お腹がぺこぺこでした。
「朝ごはんがほしいだなんていっていると・・」と、そのすごくでっかくて背の高い女の人はいいました。「お前さんが朝ごはんになってしまうよ。わたしのだんなは人食い鬼だからさ。男の子をあぶってパンにのせたのが一番の好物なんだよ。どっかに行っちまわないとすぐやってくるよ」
「なあおばさん、何か食べるものをおくれよおばさん。きのうの朝からなんにも食べてないんだよ。ほんとにほんとだよおばさん」とジャックはいいました。「死にそうにおなかがすいちまってるだよ、あぶられちまったほうがいいくらいだ」
さて、人食い鬼のおかみさんは悪い人ではありませんでした。
ジャックを台所につれていってくれて、パンとチーズのかたまりと、一杯のミルクをくれました。けれども、まだジャックが、このごちそうを、半分も食べ終わらないうちのことです。どしん!どしん!どしん!と、だれかがやってくる足音がして家じゅうがゆれだしました。
「あれま、たいへんだ!わたしのだんなだよ!」と鬼のおかみさんがいいました。「早くこっちへきて、このなかへ飛び込みな」
そして、おかみさんがジャックをかまどの中へおしこんだところへ、人食い鬼がはいってきました。なるほど、こいつはでっかいやつでした。腰のベルトには子牛を三匹、足でくくったのがぶらさげてありました。鬼はそれをほどくとテーブルの上に放り投げていいました。「こいつで朝ごはんをつくってくれ。やあ!なんだ?このにおいは。
ふうん、へえん、ほおん、はあん
人間の血の匂いがするぞ
生きとろうと死んどろうと
そいつの骨でパン粉をこねてやる
「ばかなことをいいでないよ」とおかみさんがいいました。「あんた夢でも見てるんでないの? でなければ、ゆうべの晩御飯においしがって食べたあの小さな子どもの残りがにおってるんだよ。さあ、手を洗って身なりをなおしといで、それまでに朝ごはんをつくっておくからさ」
そこで、人食い鬼は、いってしまいました。
ジャックが、かまどからとび出して逃げようとすると、おかみさんが、「うちの人がねむるまで、おまち。朝ごはんがすむと、いつも、ちょっと、一休みするんだからさ」といって、とめました。
さて、人食い鬼は、朝ご飯がおわると、大きな箱のところに行って、金貨の入っている袋を2つとりだしました。それからどっかりすわりこんで、あとからあとから金貨をかぞえているうち、頭をコックリ、コックリさせはじめ、やがて、いびきをかきはじめたので、家じゅうがガタガタゆれました。
そこでジャックはソーっとかまどからはいだしました。それから鬼のそばを通るとき、金貨の袋を一つ、こわきにかかえこむと、豆のつるのところまで、わき目もふらずにとんでいきました。そして、豆のつるをすべりおりすべりおりして、とうとう家に帰り着き、おっかさんに金貨を見せながらこういいました。
「どうだいおっかさん、この豆、おいらのいったとおりだろ?やっぱり魔法の豆だったんだよ」
そこで、親子は、しばらくのあいだ、金貨をつかってくらしていましたが、とうとうそれもおしまいになったので、ジャックは、もう一ぺん豆のつるのてっぺんまで登って行って、運をためしてみようと決心しました。
そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、とうとうまたあの道のところに出て、それから前に行ったあのすごくでっかくて背の高い家に行きつきました。そこには、またあのすごくでっかくて背の高い女の人が入口のところに立っていました。
「おはようございます。おばさん」とジャックはずうずうしくも声をかけました。
「あのう、何か食べるものをもらえんでしょうか?」
「こんなところに立ってるんでないよ」と、でっかくて背の高い女の人はいいました。「でないとうちのだんなが、お前を朝ごはんにたべちまうによ。だけど おまえいつかきたことのあるあの子だな? あの日に、うちのだんなが金袋を一つなくしちまったんだけど、おまえ知らないかい?」
「そいつはおかしいね。おばさん」とジャックはいいました。「でもそのことで何かおしえてあげること、あるかもしれんけど、何か食べんことには、おなかが空きすぎててものがいえないや」
するとでっかくて背の高い女の人はすごくそのことが聞きたくなって、ジャックを家につれていって食べさせてくれました。
ところが、ジャックがなるべくゆっくりと口をもぐもぐやりかけておるところへ、どしん!どしん!どしん!と、あの大きな奴の足音がひびいてきたので、おかみさんはジャックをかまどの中にかくしました。
全部がこの前のとおりでした。この前のとおりに人食い鬼がはいってきて「ふうん、へえん、ほおん、はあん」といって、朝ご飯に、あぶったお牛を三匹たいらげてしまいました。
それからおかみさんに「金のたまごをうむメンドリをもってこい」といいました。
そこでおかみさんがメンドリをもってくると、鬼は「たまごをうめ!」といいました。するとメンドリはコロリと、まじりけのない金のたまごをうみました。そのあとで、鬼はコックリコックリやりはじめ、やがていびきをかきはじめたので家じゅうがガタガタゆれました。
そこで、ジャックはソッーと、かまどからはいだすと、金のたまごをうむメンドリをひっつかみ、目にもとまらぬはやさで、どんどん逃げだしました。けれども、こんどはメンドリが「コケッコ、コケッコ」と鳴いたので、鬼は目をさまし、ちょうどジャックが家をとび出したとき、「わしのメンドリをどうしたんじゃ?」と鬼がいってる声がしました。するとおかみさんが「なぜ、そんなこと聞くんだよ、おまえさん?」といいました。
ジャックは、ここまで聞いただけで、あとは夢中。豆のつるところまでとんでいき、まるでおしりに火がついたように、すべりおりました。
それから、家につくと、おっかさんにその不思議なメンドリをみせて、「たまごをうめ!」といいました。するとジャックが「たまごをうめ!」というたびに、メンドリは、金のたまごを一つずつうみました。
さてジャックは、これでも満足できませんでした。そこで、まもなく、またもう一度、運をためしてみようと決心しました。
そこである晴れた朝、ジャックは早く起きると、豆のつるにとっついて、よじ登ってよじ登ってよじ登って、てっぺんまでいきつきました。ところが行ってみると、きょうはあのすごくでっかくて背の高い女の人はいませんでした。そこでジャックは台所にしのびこんで、大鍋のなかにかくれました。
するとじきに、まえと同じに、どしん!どしん!どしん!という音がして、人食い鬼とおくさんがはいってきました。
「ふうん、へえん、ほおん、はあん、人間のにおいがするぞ」」と鬼はどなりました。「においがするぞ、かみさん、においがするぞ」
「ほんとかね?」とおかみさんはいいました。「だとすると、あの金袋と金のたまごをうむメンドリを盗んだチビすけが、きっとかまどのなかにはいっとるんだよ」。
そこで夫婦は、かまどにかけよりました。けれども、運よくジャックはそこにはいませんでした。
そこで鬼のおかみさんは「あんたのふうん、へえん、ほおん、はあんもあてにならないね。あんたがゆうべつかまえてきて、けさのごはんにわたしがあぶってやった子どものにおいにきまっとるよ。わたしも忘れっぽいけど、あんたもこれだけ年をとってるのに、生きとるもんと死んだもんの区別がつかないのは、ずいぶん間のぬけた話だね」
そこで人食い鬼はテーブルにすわって、朝ご飯を食べ始めました。けれどもときどき口の中で、こうつぶやいていました。「いいや、まちがいなしに・・・」、そうして立ち上がっては、食糧部屋やら食器戸棚やらあちこちを探しまわりましたが、大鍋のことだけは考えつきませんでした。
朝ご飯がおわると、人食い鬼は大きな声で「わしの金のたてごとをもってこい。」といいました。
そこで、おかみさんがたてごとをもってきてテーブルの上におきました。そして鬼が「歌え!」というと、たてごとはじつに美しい音で歌いだしました。 すると人食い鬼は、いいきもちでコックリコックリ寝てしまいました。
そこでジャックは大鍋のふたをソッーともちあげて、よつんばいでテーブルのところまで行くと、はいのぼるようにしてたてごとをつかみ、ドアのほうへ走りはじめました。ところが、たてごとが大きな音で「だんな!だんな!」とさけびだしたので、人食い鬼は目をさまし、ちょうどジャックがたてごとを持って逃げていくところを見てしまいました。
ジャックは夢中でにげだしました。人食い鬼も風を切っておいかけてきました。しかし、ジャックは、だいぶさきにかけだしていましたし、自分のゆきさきもわかっていましたから、とうとう、つかまらずに、豆のつるのところまできました。そのとき鬼はジャックから20メートルとは離れていませんでした。そのうち、きゅうにジャックが消えたように見えなくなったので、鬼が道のはしまでいってみると、ジャックは命からがら豆のつるをおりていくところです。けれども鬼は、そんなあぶないはしごをおりていかれないで、立ちどまってみているうち、またまたおくれてしまいました。
ところがちょうどそのとき、また、たてごとがさけびました。
「だんな!だんな!」
鬼が身をひるがえして豆のつるにとっついたので、その重みで豆のつるはユッサユッサゆれました。ジャックはどんどん、すべりおり、鬼もそのあとをおいかけました。それでもジャックはどんどんすべりおり、家のちかくまで来ると、大きな声でさけびました。
「おっかさん!おっかさん! オノをくれ、オノをくれ!」
おっかさんはオノを手にしてとび出してきましたが、雲のすきまから人食い鬼の足がみえたので、こわくなって一歩も動けなくなってしまいました。
けれども、ジャックは地面にとびおりるなり、オノをひっつかみ、豆のつるにたたきつけたので、つるは半分ぐらいまで切れました。豆のつるがユラユラゆれると、鬼は何事が起ったのかと思って、途中でとまって下をながめました。そのときジャックがもういちどオノをたたきつけたので、豆のつるはぷっつり切れて、人食い鬼はどしん!と真っ逆さまに墜落して死んでしまいました。
それからジャックはおっかさんに金のたてごとを見せました。そして、そのたてごとを人に見せたり、金のたまごを売ったりして、大変な金持ちになりました。
やがて、ジャックは、えらいおひめさまをおよめにもらって、それからのちは、しあわせにくらしましたとさ。