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観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

頻度と占有率:食性分析で考えたこと

2012-12-24 00:47:03 | 12.12
教授 高槻成紀
 私は長いことシカやカモシカの食性分析をしてきた。機会があってタヌキの糞分析をすることになり、予想してはいたのだが、反芻獣との違いに改めて驚いた。食べている内容が違うのは当然としても、「出かた」が違うのである。昆虫や植物の葉はたくさんのサンプルから少しずつ出てくるが、果実などは、それほど頻度は高くないのだが、出るときはたくさん出てくる。じつは同じようなことはカモシカの胃内容物を分析したときにも感じていた。シカの場合はそれほどでもないのだが、カモシカの場合は必ず出てくるイネ科の葉や木質繊維などと違い、ヒノキやスギの葉、あるいは果実などが出てくるときにはわりあいまとまって出てくる。それで私はサンプル集団の平均値だけでは表現しきれないものを感じた。全体平均が同じ20%でも個々のサンプルでの占有率がつねに20%で、その結果、全体平均が20%の場合があれば、極端にいえば5分の1のサンプルでは占有率が100%で、残りの5分の4ではまったく出現しないで全体平均が20%になる場合もある。こういう場合は出現したサンプルだけについての平均値を出して比較すべきだと考えた。生物学的な意味は前者のような場合は、カモシカがその食物にであう頻度が高く、とくに好まないが20%ほどは食べるという意味であろうし、後者の場合はその食物はどこにでもはないために、カモシカが遭遇する確率は低いが、見つけたときは好んでたくさん食べるという意味であろうと考えた。こういう傾向は反芻獣よりは雑食性の肉食獣でより強いと予測される。だからタヌキの糞分析をしたときに「やっぱり」と納得した。
 2011年度の野生動物学演習でタヌキとハクビシンの胃内容物分析をした。本格的な分析はすでに卒業生の立脇隆文君が済ませているので、演習ではその追体験をしてもらうと同時に、せっかくだから分析法の検討をおこなうことにした。具体的には、慣例的におこなっている200ポイントがほんとうに妥当であるかないか、その意味で何ポイント調べれば十分であるか、分析の所要時間はどれくらいかかるか、などの基礎データをとることにしたのだが、その中に頻度と占有率との関係も盛り込んでいた。
 とてもよいデータが出たので、論文として投稿することにした。分析技術上の個別の結果を紹介することも目的であったが、大きな意味としては日本でポイント枠法を定着させたいということもあった。というのはこれまで日本の食肉目の食性分析では頻度法ばかりが用いられていたために、上記のような問題があったからである。頻度でわかることもあるのだが、頻度だけでわかることは限定的である。私は、占有率の大小にかかわらず、頻繁に出現する食物が「重要だ」とされることが気になっていた。そこで私は原稿に全体平均と、出現あたりの平均値を比較して、頻度法よりもポイント枠法のほうがすぐれているということを主張したのであった。
 これに対して査読者から以下のような指摘があった。「出現あたりの平均値の指摘はたいへん重要である。しかし合計値を出現頻度で割った値では、たとえば高頻度、高占有率の場合と低頻度、低占有率の場合で同じことになるから、消えてしまう情報が生じる。頻度と占有率の関係を直接表現してはどうか。」
 私は目から鱗が落ちた気がした。たしかにそうである。それでデータを見直してグラフにプロットしてみた。そうすると確かにタヌキの糞から出てくる食物のうち、植物の葉や昆虫はグラフの右下、つまり高頻度ではあるが低占有率であること、果実などは中頻度、高占有率であることなど予想通りの結果がはっきりと示され、頻度が小さいが占有率がある程度あるものや、その逆などもあり、確かに割り算で比にしてしまったのでは、埋没する情報があることがわかった。
 私は「頻度法はだめだ、ポイント法がよいのだ!」と言い過ぎていたように感じた。そうではなくて、それぞれの意味をとらえて両方を活かすことで、ひとつのプロットの生物学的な意味をより深く理解できるということに気づいた。ただし、だからこそ、頻度も占有率も短時間で記述できるポイント枠法が採用されるべきだと思う。その意味ではポイント枠法の長所が強化されたと感じた。
 ふつうは、査読者は原稿の弱点を針小棒大に指摘する「意地悪な」存在だと感じるのだが、今回ばかりは実にありがたい指摘をしてもらい、自分たちのデータを自分自身が気づかないでいたことを教えてもらった。私も査読を頼まれることがあるが、「査読者たるもの、かくありたし」と思ったことであった。

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