医科歯科通信  (医療から政治・生活・文化まで発信)



40年余の取材歴を踏まえ情報を発信

高齢者や女性・若者が元気で安心して活躍できる地方社会

2014-09-09 23:02:39 | 編集スクランブル


★一周り大きな月や旅の秋
★地方の潜在力を引き出す「地方創生」が国政の重要な課題として浮上している。
★高齢者や女性・若者が元気で安心して活躍できる地方社会。
支え合う地域づくり。
魅力ある地域づくり。
安心な地域づくり。
活気ある地域づくり。
★高齢者が住み慣れた地域で医療・介護・生活支援などを一体的に受けられる「地域包括システム」の構築。
★人材やサービスの確保。
認知症対策などへの取り組み。
★特に介護職の人材不足への対応と報酬アップなどの処遇改善が課題。
★生活困窮者自立支援制度の着実な実施。
★生活保護に至る前の相談支援や就労支援の充実。
★魅力ある地域づくり。
人口減少対策として、若者への地方就職支援で、都市から地方へと流れを転換する。
★地域の経済と雇用を支える中小・小規模企業の経営支援や農林水産業の振興、再生可能エネルギーを生かした
まちづくりも重要。
★子ども・子育て支援新制度の着実な推進。
★非正規社員の正規社員化も重要。


介護予防の時代こそ、平成の時代だ

2014-09-09 14:55:00 | 編集スクランブル
★平成も26年になった。
日本の人口は1億2729万人。
明治・大正生まれ329万4000人(2・6%)
昭和生まれ9570万6000人(75・2%)
平成生まれ2829万7000人(22・2%)
戦後の日本を支えてきたと言われてきた“団塊の世代”(昭和22年~24年=1947年~1949年生まれ)はあと10年もすると75歳以上の後期高齢者となる。
その数2179万人(全人口の18・1%)。
2025年度には介護職員は100万人不足するという。
★家族に迷惑をかけず老後を生きていくには?
それが何よりも課題となる。
如何に自立して生活できるかだ。
介護される人を減らすこと、つまり介護予防の時代こそ、平成の時代だ。
あるいは人に代わる介護ロボットの開発も課題であろうか。
介護の人材を海外に求めることも不可欠。
★イラク戦争は何であったのか?
フセインという独裁者を殺害した。
だが民族間の内戦状態になり不安定さは続いている。
★何事にもよらず争いへ向かう人間の性。
大村純忠が長崎をイエズス会に寄進した1580年から、豊臣秀吉がバテレン追放令を発布し没収した1587年までの7年間。
その前後68年間の南蛮貿易。
イエズス会にとっては長崎の領主になり、南蛮貿易の中心的役割を果たした。
貿易による利益、キリシタン大名への援助、武装化も必要であった。
結果的にそれらが秀吉の不安を煽った。
そして「自由都市」長崎の終焉となる。
宗教の布教活動は崇高な理想であるが、手段として政治的になり、武力闘争にまで踏み込んでいった。
★「危機はわたしの属性」田村隆一はかつて書いた。
それはいわば、たぶんに意志された危機である。
危機は、その主体とはかかわりなく生起しながら、やがて主体の運命を変える。
書く行為そのもの根拠になっていく危機もある。
★私は愛した海は常に穏やかであった。
だが、3・11の大津波。
自分の感性と創造力を育んできたあの同じ海が、言語を絶する災禍をもたらした。
詩人は危機から持ち帰ることができるのは、やはり詩であり、表現できることは詩でしかないことを知る。
「海という窓は閉められぬ わたしがここから閉め出された
とき 海という窓がしまる」詩人・高橋順子さん
★多額の内部保留や、理事長による社会福祉法人の私物化。
特療、平均3億円の内部保留。
財務データも非公開。
税制面の優遇のうえ、一部法人では横領などの不祥事や、理事長ら親族を役員に就けて収益を得たり、利益目的で法人を売却など私物化する事例も相次ぐ。











ノミ屋ではなく、「コーチ屋」

2014-09-09 01:08:41 | 創作欄
ノミ屋(ノミや)とは、日本に於ける公営競技などを利用して私設の投票所を開設している者のことである。
また、その行為を「ノミ(呑み)行為」と言う。 

「ハズレ券の購入金額の10%を払い戻す」といった、特別なサービスを行っているノミ屋。
ノミ屋の排除は主催者・警察により積極的に実施されている。
そのきっかけになったのは1985年2月23日に高知競輪場の場内で発生したノミ屋の縄張り争いも一因となった暴力団抗争による発砲事件で、これにより死者2名重傷1名が出た事である。
---------------------------------------------------
輪太郎はいわゆる「のみ屋」からスカウトとされるとは夢にも思わなかった。
「うちの若いのは怖い顔しているだろう。客が警戒する。最近、売上が上がったりだ。そこでだ。あんたのような男の出番だ。あんたは見たところインテリー風だ。客は警戒しない。頼むよ。うちでやれば、あんたの競輪資金が出るよ。それで勝負すればいい。どうだい!」
輪太郎はノミ屋の手下になるつもりはなかったが、競輪ファンたちに声をかけるきっかけが出来ると思った。
つまり、ノミ屋のフリをするのだ。
「車券飲むよ」と声をかけて、輪太郎の買い車券を教えるのである。
いわゆるノミ屋ではなく、「コーチ屋」である。
客の車券が当たれば、ご祝儀にありつける。
10人か20人に教える。
誰かが車券を的中するはず。
払戻場で客を待っていればいい。
自分も車券が的中すれば幸運。
さらに客からも配当の一部をいただける。
だが、利根輪太郎は暴力団を敵に回してしまったのだ。
「お前、なめるなよ。俺たちのショバでコーチ屋しているそうだな!」
「邪魔などしていないよ。俺の教えた車券で勝って、ノミ屋を利用している客もいるんだ。確かめてみてよ」
小島は眉間に縦ジワをつくり、恐ろしい形相をしていたが、その月のノミ屋の売り上げはアップしていた。
競輪ファンは勝ったら勝ったで、さらに車券を買う。
ファンは勝ったら即、競輪場から出るべきだが・・・
競輪場の一万円は、それほどの現実感を伴っていない。
だが、競輪が終了し家路につく時、初めて1万円が1万円としての価値を生むのだ。
「お前は、面白いこと言う男だ。許してやる。今後、俺たちの邪魔したら許さん!いいな!」利根輪太郎は危機を脱したのだ。

--------------------------------------------

非合法ではないが非認可の予想屋も存在しており、古くは電話による予想屋業、最近ではインターネット上などでの予想屋業も存在し、公営競技場の敷地外近辺で予想屋業を行なっている者も存在する。

競技場内で認可なく予想屋業を行う者もいるが、これはノミ屋およびコーチ屋などの可能性がある。ノミ行為については参加させた側のみならず、参加した側も警察による取り調べの他、法により罰せられる事がある。競走の主催者もノミ行為防止の為、特に自施設内で非公認の予想屋として活動している者たちに対しては警察などと連携して取り締まりを実施しており、近年では関連法規の改正によりおとり捜査を利用した取り締まりも可能となっている。

また新聞記者や評論家なども予想を行い、その情報を新聞やテレビ等で公表することもあるが、彼らは新聞の記事やテレビの番組製作を担っている立場として予想を行うわけであり、予想屋と異なりその情報のみを売っているわけではない。競馬においては、古くは調教師や騎手などが新聞紙面などで予想行為を行っていた時期もあったが、現在は行われていない

和風スナック「歌舞伎町」

2014-09-09 00:10:09 | 創作欄
「社長さん、最終レースは5-7だったんでしょ」
刺身の盛り合わせを運んで来たママさんが笑顔で老人に聞く。
「いや、本命が飛んで、2-3の穴だ」老人は1万円札を財布から出して「ご祝儀だ」と渡した。
「そうだったの?! 何時もいただいてありがとう」ママは作務衣のポケットに札を収め笑顔となった。
笑顔となると親しみのもてる表情となった。
女子校生たちにも「4人で分けなさい」と1万円札を渡した。
「社長さん、ありがとう。うれしい!」4人が歓喜の声を挙げた。
利根輪太郎は笑顔となった高校生たちの姿を見て、彼女たちの幼さを感じた。
邪心を抱いている40代の男がそこにいたのだが・・・
利根川で砂利の採掘業やセメント工場を経営している老人は息子に会社の経営を譲っていたが、地元では社長さんと呼ばれていた。
「ところで、君は何をしているの?」老人は日本酒を輪太郎に勧めながら聞く。
「実は失業中です」輪太郎は告げた。
「そうなのか、あてはあるの?」
「龍ヶ崎の職安に通っています」
「もし、職が見つからなかった、うちで働けばいい」
「ありがとうございます」と言ったが、輪太郎は営業の仕事に未練があった。
2人の会話に聞き耳を立てていた男が、輪太郎の脇にやって来た。
「あんた、失業中だって? うちで働かないかい?」
男は鋭い目つきをしていた。
「競輪場でよく見かけるよね。勝負感が良さそうだ」
輪太郎は記憶を辿った。
この男の舎弟と想われる若い男が「車券飲むよ」と何度か小声で輪太郎に近か寄ってきた。
いわゆる競輪の「のみ屋」であった。
背後の組織は暴力団である。


---------------------------------------
ノミ屋(ノミや)とは、日本に於ける公営競技などを利用して私設の投票所を開設している者のことである。また、その行為を「ノミ(呑み)行為」と言う。 

「ハズレ券の購入金額の10%を払い戻す」といった、特別なサービスを行っているノミ屋
ノミ屋の排除は主催者・警察により積極的に実施されている。
そのきっかけになったのは1985年2月23日に高知競輪場の場内で発生したノミ屋の縄張り争いも一因となった暴力団抗争による発砲事件で、これにより死者2名重傷1名が出た事である。