片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

7/10 橋本治『お春』読了

2024-07-10 16:30:12 | 読書

 明治直前の江戸最末期、浅草花川戸の乾物問屋北国屋の一人娘お春は17歳。縁談が持ち込まれたらしい。母親は数年前に亡くなっている。父親は外に囲っている芸者上がりを後添えに迎えたいが、一人娘が家にいるので実行しがたい。一人娘なので跡取り婿を迎えなければならない。そうなれば娘はずうっと家にいる。それでも結婚させて身代を継がせれば娘も納得するだろうと考え縁談を進めている。美人の誉れ高かった母親の死んだ原因は流産による出血死。しかしそのころ夫婦は妻がもう子供は生みたくないとの意向でお互いに対する興味を失っていた。妻の腹の子の父親は芝居役者。この夫婦がそれぞれ家の外で奔放な遊びをしていることは店の者も娘も知っている。母親も平然と役者の子を産もうと考えている。

店の手代の一人に21歳の清七がいる。色白の役者のような男だ。しかし気が弱く町で茶屋の女に声をかけられただけで赤くなり顔を背け通り過ぎるような男だ。しかし女中たちの中には密にあこがれている者もいる。お春も時々空想の中で清七とのことも妄想する。お春の縁談が進んでいることが店の者にも知られるようになったある晩、お春の寝間に忍び込んできた男があった。お春はつい清七かと問いかけてしまった。しかし違った。二番番頭の伝九郎だった。彼は店の金を使い込んでいて半ばやけくそで娘をものしてしまえば婿になれるかもと考えた。その晩はお春も驚いたが初めてのことで興味もあったので男のなすが儘を受け入れた。次の晩も味をしめた伝九郎が忍んできた。今度はお春が抵抗し騒ぎになった。家の者が盗人だと騒ぐ中伝九郎はお店から蓄電してしまった。

 ここまでは話がどんなに進むのか予想がつかず、やめてしまおうかと考えたが、さすが橋本治これまでの記述の中に当時のお店の娘や乳母、使用人の心情や様子が興味深く綴られている。特にお春が見合いを兼ねた花見に行く準備として着物選びをする場面などは、染や絵柄について大いなる含蓄が披露される。自分の手持ちがどれも子供じみたものばかりだと思ったお春は母親の残した着物も広げさせて眺める。

 事件はその花見の日に起こる。家を出た伝九郎がまだ未練を持っていて、船で土手に上がったお春一行を襲い、力づくでお春を拘引(かどわか)す。駕籠に乗せていく途中これを怪しんだ若侍に呼び止められ、争ううちに伝九郎は川に落ちてしまう。駕籠かきは逃げてしまい、残されたお春を仲間に負わせて近くに止めた船に乗る。花川戸はすぐ対岸なので家に送ってもらえると思ったお春の期待は裏切られ、気絶させられる。気が付いたところは侍の屋敷。そこがどこかもお春にはわからない。それから二か月お春は籠の鳥となって侍の屋敷に留め置かれる。しかし、その屋敷には侍が生まれた時から仕える女中がいる。その女中は侍の食事から夜の伽まで全て世話している。お春が身ごもったらしいことを知った女中は侍を殺し無理心中する。そのすきに屋敷を逃れ家に帰りつく。その後、かつての縁談の相手と祝言を挙げる。お春の行方の知れない間のことは誰も知らない。お春も話さない。安政の大地震の中避難中にお春は流産する。これでこの若夫婦が幸せな新しい暮らしに入ってゆくような記述で終わる。

 橋本が若い時から谷崎潤一郎のファンであったことから谷崎に挑戦するようにこの小説を書いたようだ。彼の最晩年に近いころの作品だ。

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