白洲 正子文学逍遥記

故・白洲正子様の執筆された作品を読み、その読後感と併せて能楽と能面、仏像と仏像彫刻、日本人形、日本伝統美術についてご紹介

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日本の伝統芸能と芸術-031

2012-11-30 | 日本の伝統芸術

 

日本の伝統芸術と芸能

 

         能面と能楽佛像と佛像彫刻 

                                                        その031

 

 

人形特集-025

 

  

 最近は日本、中国、韓国の政治情勢が慌ただしくなって来ました。年末に掛けて選挙や何やらが行われるのでしょうか。筆者の居ります奄美大島の離島はいつでもノンビリ穏やかな空気が流れています。 外の世界とは隔絶された感じ

さて、先回まで長い時間を掛けて、M清子さんのコレクションの中の、市松人形を紹介してきました。素晴らしい人形ばかりでこのブログに載せる順番に困る位の名品ばかりでした。

先ずは M清子 さんへ筆者からご挨拶

長い間資料を提供していただき、厚く御礼申し上げます。コレクションの掲載によって、いろいろ教えられる事が多々有りました。当初、思いつきに近い状態で「人形特集」を組みましたが、だんだん熱を帯びとうとう25回を記録してしまいました。これからはここで得た知識を土台にして、連載中の「答礼人形」を内容をさらに豊かにして行きたいと願って居ります。

日本の長い伝統の中で培ってきた世界に冠たる芸術を、少しでも長く後世に伝えるお手伝いを致して行きたいと心の誓うような気持ちを持つに至りました。長い間本当にありがとうございました

さて、本日はM清子さんのコレクションの中で、筆者が特に好きな市松人形を5体好みで選ばしてもらいました。それを紹介します。

実は選ぶのが大変でした。数多くの中から選ぶというのは・・・・・やっとの思いで落としたのも沢山有るのですが、兎に角5体のみ・・・

先ず第1番目

市松人形(昭和)
丸平 大木平蔵人形店・作者 不明・43cm

 

 

コレクターの亡き祖母からお姉さんに贈られた市松だそうですが、その間の事情を除外しても、この市松が筆者の眼から見て、最高の名品と観ました。作者は不明で、関東の作者か、京都の作者かは正確には分かりませんが、京市松の最高峰だと思います。独特の気品と目鼻口の切り方をしております。

関東市松人形にも平田 郷陽を初め名人が製作した名品が揃っておりますが、この市松を超えることはないと思います。

こんなことを言ってしまうと何ですが、答礼人形の<倭 日出子>がこの市松でなくて良かったと思います。 (^-^)

 

第2番目

 市松人形(昭和)・松龍斎 太田徳久・答禮人形作者・38cm

 

第一番目の人形と偶然藤の地の着物です。顔立ちはまるで違いますが静かな顔立ちの完成度の高い作品です。 

 

市松人形(昭和)・岡本玉水・38cm

 

  

 顔立ちに人形らしい人を引き付ける魅力があります。高価そうな帯止めが付いています。撮影角度も影響しているのでしょうが、眼に魅力があります。

 

 自由人形(昭和)・38cm

 

  顔立ちから見ると京市松だと思いますが、とても可愛らしい。下の市松と同じく庶民性があり、感じの穏やかな人を引き付ける魅力を感じます。

 

市松人形(昭和)・玉翠・答禮人形作者・43cm

 

  比較的大きい人形なんですが、何とも愛らしい。小さな娘でしたら抱いて離さないでしょうね。そんな魅力があります。被服をしている珍しいケースの人形。

人が変わればいろいろな選び方が有りますので、後は好みでしょうか。でも、第1番目の市松人形は満場一致の人形ではないでしょうか。京都の御所人形や雛人形の伝統から生み出された、型だと思います。

人形の頭はこの様に造るのだ>という作者の心意気が感じられます。関東市松人形は「生き人形」の系譜から生まれ出ておりますので、その影響が感じられます。京市松には能面、関東市松には仏像製作の技術が透けて見えてきます。

これでM清子さんのコレクション人形のご紹介を終わります。

  

 

 

次回をまた、お楽しみに!  

 それでは<答礼人形>に移りましょう。    

 

           

 先回は<答礼人形>の現地調査が如何に難しいかを書いてみました。市松人形の頭の木地を同一の型のものから頭を作り出していますので、作者を特定すのに困難なことが有るのです。もう、専門家かしか分からないレベルですね。

 さて今回はMiss 徳島に入る前にお習いになりますが、答礼人形について再度少し書いてみましょう。

第一話

 

 

 1927年(昭和2年)に日本とアメリカの間で、「人形による民間外交」が行われました。日本側の代表者は渋沢 栄一氏、アメリカ側は宣教師シドニー・L・ギューリック氏。この二人を軸として日本の文部省、アメリカ政府が裏で協力し合いこの事業を成功させました。

日本人のアメリカ移民の方々とアメリカの国民の軋轢、当時の両国の政治経済の険悪な関係を民間レベルで、お互いの心を通じ合わせようと試みた、所謂、草の根運動でした。

先ず初めにアメリカから日本の子供たちに12,739体の人形が届けられました。そして、全国の小学校などに数百体づつ配られました。これが所謂<青い眼の人形>です。

 

 

それに対して日本側からはクリスマスに間に合うように、58体の市松人形を国民から募金を集めて、アメリカに答礼として贈られました。これが<答礼人形>と呼ばれるものでした。

市松人形58体の内7体は京都の老舗の人形店<大木平蔵人形店>に製作を依頼し、残る51体は東京の人形師がコンクール後選ばれて、人形本体を製作しました。コンクール第一は二代目平田 郷陽が獲得しました。

人形の頭は京都の職人は木彫り、東京は原型は瀧澤光龍斎が彫り、型抜きは小林岩四郎で桐塑でした。この人形本体から吉徳の山田徳兵衛を中心に11名の東西の人形師が完成させ、三越、白木屋、高島屋、松屋、などのデパートが最後の調整を行い、道具なども揃えてアメリカに贈ったのでした。 

 

 

Miss 徳島 続編)-001

 

 人形特集-006で初めて答礼人形をご紹介したのですが、この時に紹介した市松人形がこのMiss 徳島でした。不思議なことに先回ご紹介した本の著者「人形大使」の高岡 美知子さんが始めてアメリカで出会った人形も、このMiss 徳島でした。偶然とは云いながら、今ブログを書いていて、不思議な感じがします。 

                         Miss 徳島 

 

 高岡さんが校長を務めるワシントン州のスポーケン チニーコールズ博物館(ノースウエスト芸術文化会館)で、初めて出会ったそうです。痛みも少なく状態はその時も良好だったそうです。

下の写真は最近、日本のある人形師さん(東光工房)のところに修理に来た際の写真です。人形師さんの2010/11/13付けのブログで掲載されていた、修理が終わった状態の、Miss 徳島の顔です。可愛いでしょ。

 

            修復後のMiss 徳島 (Renkaさんから提供

 

 

 何度も何度も日本に帰国しているみたいですが?

良いことですね。頭は「瀧澤 光龍斎」作という説と「錦正」という説があります。愛くるしい顔立ちですね。

次回はMiss 徳島-002をお送りします。

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日本の伝統芸能と芸術-030

2012-11-23 | 日本の伝統芸術

 

日本の伝統芸術と芸能

 

         能面と能楽佛像と佛像彫刻 

                                                        その030

 

 

 

人形特集-024

 

いよいよ最後のM清子さんのコレクションのご紹介となりました。次回は今までご紹介しました市松人形の中で特に筆者の観点から 名品とみた人形を、再度掲載したいと思います。数を絞るのに苦労するかもしれません。

それでは本日の市松人形をどうぞ!

 

豆市松人形・11.5cm

 

京都四条御旅町・けうゑや並河人形店の銘紙付きの人形。裸で見つけて江戸ちりで着物はコレクターが仕立てたそうです。すっきりとした顔立ちですね。

 

 豆市松人形(三つ折れ)・7cm

 

ミニサイズの市松人形です。このサイズは製作も大変だと思います。黒留袖よりコレクターが仕立てたそうです。

 

三つ折人形(江戸) ・37cm 

 

 木彫に胡粉仕上げ。口の造作は顔の前面から彫刻したものか、あるいは仏像の手法で頭を内ぐりして造眼をし、歯を埋め込んだかは判然としません。彩色もよく出来ていると思います。 その代わり手と足は大雑把ですが。

 

抱き人形(明治)・63cm 

 

京都の門跡寺院、大聖寺所蔵の”春永さま”と呼ばれる人形と同作者と思われる。門跡寺院の所蔵品は時の天皇から下賜された品々で作者の名前はすべて消されているとの事、確認は出来ない>そうです。赤い涎掛けでしょうか。

着物は華やかな菊の花が散りばめられておりますね、答礼人形の中で京都製(大木平蔵人形店)の人形は製作者が不明なものが多いので、後で鑑定に苦労しているようです。京都の人形造りの伝統なのかもしれません。

 

次回をまた、お楽しみに!  

 それでは<答礼人形>に移りましょう。 

 

           

 

 

 いろいろな答礼人形の関する資料を見ていますと、さまざまな情報が入り乱れて混乱してしまいそうです。それにはいろいろな原因があります。

 

 

- 日本から人形を発送するとき、クリスマスへの時間が押し迫っていて十分な時間が取れなかった・・・人形の詳細な(人形の写真を個別に撮影)資料が準備されていなかった・・・・ことが揚げられます。これが後に人形の鑑定の際に大きな障害になってしまいました。

2- 日本から贈った人形が直接アメリカ国内の各州の保管場所に送られたのではなく、先ず最初に全米を纏まって紹介のため各州を巡ったため、輸送中に混乱が発生してしまいました。(人形とお道具の取り違えなど

3- 人形に贈呈した県の名称が台座以外にはっきり付いていなかった。台座と人形が別になってしまったケースも有るのです。

 

4- いろいろな事情で着物と人形本体が当初のものと違ってしまった人形もありました。着せ替えてしまったケースです。汚れ、破損などの理由でしょう。

5- アメリカ人のマナーが日本人と違いますので・・・・人形にキッスをしてしまったために顔が汚れてしまい、紅が取れなくなったケースが非常に多かった・・・この関係で混乱が起きたようです。・・・素人などの修復の時でしょうか?

6- 最後の収蔵先に送られた時点で、さまざまな政治的な思惑が絡んで、当初の予定先とは違ったところへ、人形とお道具が違ったままで送られてしまったケースも有ります。 人形がMiss A県の着物の紋章、お道具がB県の紋章などと混ざってしまった。人形に詳細なメモを付けていれば、間違う可能性は低まったでしょうが・・・・

7- 災害(大水、地震、ハリケーンなど)で人形が行方不明、破損廃棄処分になってしまった。・・・・などです。

 

 

 

 そのようなことで、当初の送り先に予定通りの人形とお道具が正確に送られたケースが非常に少ないのです。後の調査で大混乱になっていた事が分かりました。調査の方は大変苦労されたと思います。日本と違って政治制度、生活習慣が各州によって違いますので、このことも壁になったようですね。

そのような訳で、資料を簡単に整理が出来なくなり、一体一体詳細に確認が必要になりました。これからも新しい情報が出てくるかもしれません。その都度改定が必要かもしれません。

そのようなことを予めお話しました上で、過去のブログと重複しますが、次回からは新しく紹介する答礼人形も含めて、ご紹介をして行きましょう。

次回は人形特集006でご紹介しましたMiss 徳島の追加情報から、ご紹介します。

                   Miss 徳島

         

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日本の伝統芸能と芸術-029

2012-11-16 | 日本の伝統芸術

 

日本の伝統芸術と芸能

 

         能面と能楽佛像と佛像彫刻 

                                                         その029

 

 

人形特集-023

 

 久しぶりのまとまった雨が降りました。乾燥注意報が西南地方のような島嶼地域にあろうとはつい思いませんでした。離島方面は湿度が高く、押入れに乾燥剤を入れとくと、薬剤の容器がすぐに湿気を吸って満杯になるほどです。

大陸からの乾燥した大気の影響からか、畑が白くなるほど乾き、注水に大わらわでした。過ぎたるは及ばざるが如しです。

 さて、M清子さんのコレクションのご紹介も後2回となりました。次回は最後の2体、最終回は筆者が選ぶ名品を数体再度ご紹介します。以降は能面と<青い眼の人形>を追いかけてみようと思います。

 

豆市松人形・17cm

 

手の表情があまり美しいので、その手を強調するためワンピースを着せてみた。生地は日本の古い物、靴下もメリヤスで縫って紅茶で染めた>とM清子さんが書いております。 染色の中で玉葱を使って(皮)染色をしても、こんな色がでたような記憶があります。 奄美の大島紬も最初の段階ではこのような淡い色がでていたような・・・?・・・泥染めに入る前ですが・・・紅茶でも出るのですね。

17cmの三つ折れですね 製作は難しいと思います。 

 

豆市松人形・18cm

 

 縮緬の着物でM清子さんの仕立てだそうです。小さな幼児が脇に抱いても良いような手軽なサイズ。全国の家庭に一体くらいづつ有っても良さそうですが・・・娘の情操教育にはぴったりです。

 

 

 次回をまた、お楽しみに!  

 それでは<答礼人形>に移りましょう。    

 

           

 

 答礼人形の新しい資料が届きました。

 

東京の人形の老舗・吉徳の山田 徳兵衛著の<語りかける 人形たち>です。その中で第一章で、<答礼人形>が紹介されておりました。その中から、本日は先回紹介しました、<Miss 大日本・倭 日出子>について、追加のお話を書いてみます。

                                          倭 日出子

  

 1993年10月に倭 日出子(Miss 大日本)は里帰りをしました。人形吉徳にて修復作業が行われました。吉徳では女子従業員が振袖姿で出迎え、お赤飯などを炊いて労ったそうです。渡米の際持参したはずの履物(ぽっくり)が無くなっておりましたので、東京浅草の辻屋本店で新調したそうです。

人形吉徳

 

同じ年の12月に帰米するときは、一人では寂しかろうというので、同じ背格好の男の市松人形を一緒に送りました。お婿さんということでしょうか。名前は時の外務大臣夫人の園田天光光さんの発案で、<倭 富士男>とされました。

 

                  倭 富士男         倭 日出子  

 

帰米の際に同窓会が日本青年館で開かれ、全国から青い目の人形が109体集まったそうです。ここは奇しくもアメリカから<青い目の人形>がやってきた時の歓迎式典が開かれた所でした。

青い目の人形>は現在300体余りが全国で確認されております。      全体の1/40以下ですが、これからも新しい発見があるかもしれません。 

<答礼人形>は58体の内現在までに48体程度の発見となっております。個人所有からまた発見が有るかも知れませんね。

 では、本日も答礼人形のご紹介をしましょう。 

 

Miss Kouchi・(高知)

 

人形名 ミス高知
元々の名前 元ミス埼玉
作者 滝沢光龍斎
所蔵都市 ペンシルベニア州ピッツバーグ
所蔵館 カーネギー自然歴史博物館

                                                    

                丸に桧扇                下り藤

 

所蔵場所は首都がフィラデルフィアのペンシルバニア州のピッツバーグ。鉄鋼・自動車産業で栄えた街で、鉄鋼王・アンドリュー・カーネギーの名を冠したカーネギー博物館です。

その博物館の学芸員でMiss 高知の担当係の「ヒーナ」さんはこの人形を「私の神聖な高知様」と呼んで、たいへん大事に取り扱ってくれているそうです。

彼女のプロフィール・・ピッツバーグ大学で日本語と日本文化を専攻。1987年に上智大学に留学、1990年には徳川美術館に留学し、吉徳や人形関係者からまなび研究者となっていました。高知市の女子高で教鞭を取りつつ、答礼人形の現状調査を全米で行い、博士論文を書かれていたそうです。

 

 

この経歴があるので、博物館内でMiss 高知の修復、着付け直しもヒーナさんが行い。帰国の際にも吉徳で着付け直しを受けなかったそうです。まさに人形にとって最高のパートナーであったわけですね。

現在でも個人所有の答礼人形の中には、修復を受けないで酷い状態でいる人形もあるのです。先に紹介した高岡 美知子著・「人形大使」の中の写真にもそれが掲載されております。コロラド州、マサチューセッツ州の個人所有の答礼人形でした。

ということなのですが、良く調べてみますと、意外なことが分かって来ました。結論だけ書きますと、

コロラド州 ・・・個人所有・・岩村 松乾斎作・・・・Miss 島根

マサチューセッツ州・・・個人所有・・瀧澤光龍斎・・・・Miss 青森

ということでした。詳細は次回以降でお紹介します。意外なドラマが隠されておりました。この他にニュージャージー州の個人蔵がMiss 関東州である事が分かました。

 

人間と同じく答礼人形の中にも、幸福、不幸があるのですね。何とかしてあげたいのですが、個人所有ですので難しい問題があります。 所有者の文化的レベルが大事だということになります。 

 
 
 
 
 しかし、現実はもっと厳しかったのです。調査の結果、このMiss 高知は元々はMiss埼玉だったようです。一緒のお道具類は高知から送られたものでしたが、人形は高知ではなく、埼玉でした。本当のMiss 高知はどこへ行ったのでしょうか?
 
現在まで分かった中で、Miss 愛媛はハリーケーンで行方不明ということが分かっております。ですから後9体が現在のところ所在が分かりません。でも、青い目の人形12000体余りの中で、300体程(2.5%)が判明しているだけですから、49/58は凄い数字(84.5%)ですね。
 
現在のMiss 埼玉はだ~れ?・・・どうもMiss 台湾らしいということです。次回以降に詳しく書いて見ましょう。大変なことになってきました。 (^-*)
 
 
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日本の伝統芸能と芸術-028

2012-11-09 | 日本の伝統芸術

 

日本の伝統芸術と芸能

 

         能面と能楽佛像と佛像彫刻 

                                   その028

 

 人形特集-022

 

 

  もう本州、北海道は晩秋か冬だというのに、西南諸島はハイビスカスが咲き、海水は生暖かく、泳ぎもできる感じ。山はいつも青々として紅葉なんてことはなし。アメリカのフロリダと同じ緯度ですから、当たり前という感じかな。

さて、市松人形のご紹介も押し迫って来ました。M清子さんのコレクションを紹介させていただきました。素晴らしい市松人形が沢山有りました。関東市松人形、京市松人形の特徴ある面立ちも分かってきました。

 

 昭和、大正、明治だけでなく現代の市松人形にも探せば名品は有ります。ただ、著作権の問題もあり、M清子さんのような協力が得られる訳にはいつも行くものでは有りませんので、苦労してしまいます。

このブログは能面・仏像の紹介が本来の趣旨なのですが、いつの間にか人形のブログに変身してしまいました。それでも、これからは能面、仏像、人形をミックスして様々形で紹介させて貰います。これらは日本の文化そのものです。互いに影響しあって独立しているわけでは有りません。世界に冠たるこの文化を出来るだけ庶民の目線から研究、紹介してみたいと思います。

 本日もM清子さんのコレクション人形のご紹介から。

 

 抱き人形・大正期・43cm

 ちょっと見には女の子のように見えますが、男の子だそうです。着物はコレクターのM清子さんの仕立て。淡い色目の縮緬。大きな瞳が特徴。静かな表情です。そう云えば。市松人形には女の子が圧倒的に多いですね。需要層の違いかな。国が違うとこの傾向が変わるかも。日本の場合は「端午の節句」、「雛祭り」といってハッキリと性別が分けられますので。

その内に「青い目の人形」の性別を調べてみましょう。どうなりますでしょうか。

  

 抱き人形・十一代伊東久重・43cm

 

 十一代久重はさまざまな表情の抱き人形を作っている。男女の区別が付きにくい作とされております。 初代久重は1767年生まれ、以後当代12代目は京都 金閣寺近くに在住。御所人形、高盛金彩絵を制作されているそうです。

 * 高盛金彩絵・・伊東家は、有職御人形司として代々朝廷の御用を承ってきた由緒ある家柄。伊東久重氏はこの伊東家十二代の当主として、御所人形の制作や、古い人形の復元、修理などをおこなっている。

   高盛金彩絵 華の小槌

 高盛金彩絵 桜の絵飾筥

 

 筆者もHPで高盛金彩絵を初めて拝見しました。古典の工芸品の中で見たような記憶は有るのですがハッキリとしません。奈良の正倉院の御物の中でしたでしょうか・・・・・御所人形は以前ご紹介しましたが、市松人形とは頭の作り方は基本的に同じですので、応用が利くのでしょう。

最前より「答礼人形」の京都・大木平蔵商店で製作された市松人形の頭などの製作者が誰かいろいろ考えてきましたが、このような方が居られたのでしょうね。

 * 伊東家は現在の京都四条烏丸付近で江戸時代初期より「桝屋庄五郎」の屋号で薬種商を営む家筋でしたが、江戸時代中期の享保年間(1716~36)、手先が器用で人形作りの才に秀でた当時の当主が家業を人形制作としました。 

 

次回をまた、お楽しみに!  

 それでは<答礼人形>に移りましょう。    

 

           

 答礼人形」や「青い目の人形」の資料を取り寄せながら、アメリカの美術館・博物館の公開資料、日本のHPの公開資料を紐解きながら、<新・答礼人形>という形で、新しい出発をしてみたいと思います。

 

Miss 大日本倭 日出子・ワシントンDC(スミソニアン博物館)

                                       

 

 

  答礼人形のトップバッターとして紹介したかったのですが、なかなか人形の資料が有りませんでした。アメリカの博物館の資料はモノクロームの写真でした。もう少し鮮明な大きなサイズが欲しかったのですが、いまのところこの程度です。

この市松人形は天皇家からの下賜人形ですから、当初からアメリカの首都・ワシントンD・Cに贈られることは決まっていたそうです。製作者は京都の丸平大木平蔵商店となっておりますが、実際の製作者は公表されておりません。

頭の顔付きから判断すると、後日紹介することになる「Miss 名古屋市」の顔の表情に良く似ておりますので、先に紹介した十一代伊東久重氏でないかと思います。 

パスポート ・大日本帝国人形旅券

 

パスポートの内容 

このパスポートは「Miss 朝鮮」のものですが、写真は<Miss 大日本>が使用されております。他の人形のパスポートもこの形式が取られた模様です。

  ミス朝鮮

 パスポートの右下の人形の写真はMiss 大日本

 

    人形・道具の

    

      十二葉菊菱

 

  ミス・大日本は最初から特別扱いを受けておりましたそうで、展示される時もほとんど単独であったそうです。道具類もほとんど揃って居りました。「侍女人形」も一緒に展示されておりましたそうです。

どういう訳か日傘が3本あり、中に行方不明の「Miss 東京市」のものも有るそうです?

今まで紹介してきました答礼人形と比べると、堂々たる風格が人形から感じられますし、顔の表情も大分違います。小さいことですが、人形の足の開き加減をよく見てください。間隔がかなり大きいでしょう。これがそのように感じさせるのでしょう。

現在、資料を書店から送付中のものも有りますので、新たに分かりましたら次回以降に追記しましょう。現在書籍、HPなどから大分の資料に悪戦苦闘している最中です。紹介は少しの間一体に留めて紹介します。 

 

 

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日本の伝統芸能と芸術-027

2012-11-02 | 日本の伝統芸術

 

日本の伝統芸術と芸能

 

         能面と能楽佛像と佛像彫刻 

                                   その027

 

  

 

人形特集-021

 

  朝晩の冷え込みが出て来るようになりました。もう、晩秋ですね。とはいえ、ここは奄美群島ですから、16~17℃位。北海道と比較すると一桁違いますが。

さて、M清子さんのコレクションの市松人形のご紹介も残り少なくなりました。作者不明のものも含めてご紹介します。 

 

作者不明(昭和)・43cm

 

個性味のある顔立ちです。 <顔の胡粉が特に美しく、色白でぴかりと光っている>と有りますから、胡粉の研ぎだし方が強いんだと思います。何度も何度も胡粉を塗り、その度に研ぎ出しを掛けますと、ガラスのような光沢が出てくるそうです。能面の面の技法のひとつです。「是閑」という面打ち師の名人は、これで有名です。

顔の色と良く合ったピンクの紋ちりめん着物はM清子さんの仕立てだそうです。 

 

市松人形 

作者不明(昭和)・38cm

 

どこかの粋な若旦那という感じです。着物はオリジナルです。胸元にはハコセコが収められております。

 

自由人形・(昭和10)・38cm

 

 手足の関節に加え首も動くように作られていて、自由にポーズを作ることが出来たことから自由人形と呼ばれるそうです。洋服が似合うと言われるがこの子は着物にエプロンが可愛いと述べられています。 着物オリジナルでエプロンはコレクターの作。

時代的には日中戦争、日米戦争に突入していく頃ですね。あどけない可愛らしい感じがこちらに伝わってきます。着物の柄は「風船」でしょうか、手毬でしょうか?頭の表情から見ると、京市松人形でしょうか。特徴が有ります。

次回をまた、お楽しみに! 

 

 それでは<答礼人形>に移りましょう。    

 

           

 

  現在まで数多くの「答礼人形」をご紹介して来ましたが、いよいよ簡単に行かなくなりました。といいますのは、個人蔵だったり、所在地が不明だったり、どの県から贈られたか不明な人形が多くなってきたことです。

2004年3月に「高岡 美知子」という武庫川女子大の教授が纏めた著書が出版されました。<もうひとつの現代史 人形大使>です。この著書は著者がアメリカのワシントン州スポーケンに所在する、ムコガワ・フォートライト・インススティチュート付設日本文化センター館長をされておられ、1992年に「ミス・徳島」との出会いにより、アメリカ全土に散らばった答礼人形の調査を開始しされました。

           高岡 美知子著 人形大使

 

               Miss Tokushima

 

この時点で答礼人形44体を確認出来ました。その内3体を贈った県名が不明でした。その後若干の答礼人形が発見されました。ミス・横浜、ミス・長野、ミス・長崎が追加されました。また、2010年9月にコロラド州からミス・鳥取が見つかったという情報がありました。(ミス・鳥取はサウスダコタ州で存在が確認されております)というような訳で、今後オークションで個人が所蔵をしている人形がさらに発見される可能性もあります。

               Rose Mary

 

個人所蔵の場合、日本文化の研究者が所蔵の時は比較的取り扱いに神経が行き届きますが、単なる好奇心で購入された場合は、人形の付属品が散逸したり、人形の取り扱いが分からない為に、人形自体を駄目にしてしまう可能性があります。

2012年度現在10体程度の不明数であろうかと思います。答礼人形と知らずに所蔵している場合も有るでしょうから、今後も出てくる可能性はあります。兎に角アメリカは広いですから可能性は大いにあります。

               Anne 

 

次回からは先程ご紹介した<人形大使>を中心として、再度資料調べをしながら現在までにご紹介できなかった答礼人形を紹介して行きたいと思います。

 

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