那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

普通の映画では物足りない人へのメッセージ

2014年07月31日 | 書評、映像批評

http://blog.livedoor.jp/nadahisashi-hitozukuri/

ここに「レアフィルム批評アーカイブ」と題したブログを作りました。映画ファンは世間に多いですが、普通の映画では物足りなくなった人のための批評空間です。

当分はこのブログの書評、映像批評を移動させていきますが、徐々に新しい作品の批評にも取り組もうと思っています。現在の映画批評の紙媒体は「映画芸術」ぐらいしか残っておらず、私が常連執筆者だった「月刊イメージフォーラム」も休刊になって久しく、また映画に関する単行本の売れ行きもこの大不況と「本を読まない大学生」という世相を表してどん底状態のようです。

以前、日本図書センターという大きな出版社から『世界映画大事典』という高価な本が出版されたとき、私も執筆を担当し売り上げに貢献した経緯があるので、当時の編集者に伺ったところ、今では映画関係の学術的な本は600部も売れたらいいほうだ、との話でした。私が現役で執筆していた当時は2000部売れるかどうかが目安だったので、驚きを通り越しています。常に消費者が正しい、というのはマーケティングの鉄則でしょうが、悪貨は良貨を駆逐する、という諺もあり、実際新聞の広告を見ると、タレントや有名人の本、それから手軽に資産を増やすためのハウツー本が多く、本当に読みたいものに出会いません。

そういえば、批評と言えるレベルものは無いにしてもキネ旬こと「キネマ旬報」は生き残っていますね。私はここに生涯で唯一と言っていい「持込み原稿」を電話で依頼したことがあります。それは実験映像を愛する仲間が確か軽井沢辺りで催した映画祭の報告と批評でした。私はキネ旬の世俗的な編集方針が「大嫌い」です。が、このイベントを多くの映画ファンに知らせるために嫌な予感がしながら依頼したところ、想定どおり電話に出た女性編集長の態度のデカサにはウンザリしました。いかにキネ旬の方針が素晴らしいか、実験映像の批評など読む人はいないが自分の裁量で採用してやる、と延々と聞かされ、何度かキレかかりましたが「神埼与五郎股くぐり」の気分で我慢しました。この女性はキネ旬が当初はシネフィユ(活キチ)によるリーフレットから始まったことも当然知らず、その復刻版を数十万出して私が所有していることも知らず・・・・・まあ、分不相応に地位を得て天狗になっている女性(福島瑞穂などなど)ほど醜いものはありません。彼女もその典型でした。その上に、批評を載せた号のキネ旬が送られて来たので読んだところ、なんと一行分がきれいに抜けていて、意味不明の文章になっていました。抗議したところ謝罪もなく、翌月号の一番後ろに訂正のお知らせが載っていたものの、プロの編集者が一行読み飛ばすとは考えられません。フロイトは「間違いの中に無意識の願望がある」とその解読を試みています。私の批評文の意味が分からず、嫌々編集作業をやっていた様子が手に取るように分かります。

話が飛んでしまいました。とにかくネット上に批評の場を作ったので、読者の中で映画が好きな方はぜひご覧になり、希少で批評の難しい映画を見たらその感想でも情報でもいいのでコメント欄に投稿してください。当然コバエたちのアラシを防ぐためにコメントするには友人設定をする必要があります。(今は一時的にオープンにしています)

実験映像を見始めてからほぼ30年が経ちます。大学院2年生のゴールデンウィークに、同じ早大の先輩で「月刊イメージフォーラム」の編集長だった池田さんの指名で批評を書き始めました。思い出せば、当時の早大大学院の演劇映像専修は、30人ほど受けて受かったのは3人のみという狭き門でした。私は文学青年でしたから当初は詩学の研究をしたかったのですが、当時は明治以前の文学しか大学院では教えていないと聞き、仕方なく映像詩の方面で勉強をやりなおすことにしました。そういう事情で映画青年(映画館に行くことに喜びを覚える人たち)を蔑視していたぐらいなので、大学院受験のために、いわば突貫工事で、名画座と言われるところ(池袋の文芸座、早稲田のACTミニシアター、銀座の並木座など)に足繁く通い、映画を見ながらライト付きペンでメモを取って(その後遺症で今も脊椎ヘルニアが残っています)世界中の名画と言われるものの製作年代と内容と歴史的研究的な意義を頭に詰め込んでいきました。普通は大学院に進むためには、大学生の頃から映画の担当教授から、受験するように勧められようですが、私は映画の授業を全く取っておらず、筆記試験に受かった後の面接のときに、ああこの人が受験勉強のときに読んだ参考書の執筆者だったのか、と知った有様でした。3人の同窓生のうち一人は広島の学芸員的な職に就き、もう一人は帰郷して脳梗塞か何かで車椅子生活になりました。その友人にお見舞いの手紙と共に小林よしのりの漫画「戦争論」を贈ったことをはっきり覚えています。今は共に連絡が途絶えたままですが、いつか同窓会でも開きたいものです。

またまた話が飛びました。そういう名画を詰め込みながら、自分が一番興味を抱いたのが実験映像、自主制作の映画で、ポピュラーなところでいうと寺山修司の短編作品のような類いの作品です。商業映画、劇映画などは「映画年鑑」にどんな駄作でも記録されますが、自主映画の場合は誰かが批評を書き残さないと歴史から消える淡雪のように儚い存在です。ですから私は一種の義侠心のような気持ちで批評を残していったものです。

今回「レアフィルム批評アーカイブ」というブログを新たに立て、放っておけば解けていく淡雪を保存する計画に着手した次第です。ブックマークの一番下にもこのブログを入れておきますので、批評、感想、情報などお待ちしています。

文章の構成が無茶苦茶ですが、リハビリ型デイサービスの看護婦さんに「12時前には寝ること」と指きりゲンマンしたので、このまま投稿を終えます。あ、もう午前1時を越えてしまいました。看護婦さんごめんなさい。






よしりんもヤキが回ったか。「主権回復を目指す会」から

2014年07月31日 | 世直しのためにどうすべきか

西村修平さんのメルマガを二つ紹介します。もう午前1時半なのでコメントは控えめに。2つめは全文コピペします。

酒井信彦の日本ナショナリズム

http://sakainobuhiko.com/2014/07/post-247.html


小林よしのり、「河野談話」の撤回にケチを付ける妄言
http://nipponism.net/wordpress/?p=28015

     <「河野談話」の白紙撤回は日本民族の生存本能
                  白紙撤回は対シナ、韓国との戦争である>

秋田の知人から、「秋田さきがけ新聞」(7月25日)が送られてきた。漫画家の小林よしのりの掲載記事(共同通信)で、集団的
自衛権を特集した「砂上の平和主義 冷静な保守言論必要」としたタイトルの論評である。
(右画像クリック拡大)

【保守を名乗る反日工作員?】
ここではこの自衛権の問題には触れないが、触れざるを得ないのが小林の「河野談話」に対するくだりであり、過去における彼の立場を豹変させた言い分に唖然とする。

これまで小林は一貫して慰安婦強制連行や「河野談話」は、日本を貶めるシナ、韓国による歴史捏造と言って厳しい批判を展開してきた。ところが小林は・・・。
 ↓
◆本当の保守は、伝統や祖先もだいじにするけれど、国内外のリアルな情勢に冷静に目配りするバランス感覚が大事です。緊張感を持って考え続ける強さが欠かせない。
◆例えば「河野談話」は問題点も多いが、既に日本外交の基盤になっている以上、見直しや破棄を軽々に口にしてはならない。そう考えるのが保守です(本文6,7段目)

「軽々」とは何のための修飾語か意味不明だが、「見直しや破棄」を口にするなと言っている。つまり、現状では「河野談話」を認め、踏襲すべきだとしか解釈できない。シナ、韓国と安倍政権が大喜びする言い分だ。「そう考えるのが保守」だとしたら、これでは保守云々以前に、保守を名乗る反日工作員と名指しされても返す言葉がないだろう。

【イカサマ保守の見解】
小林の言い分に従って「河野談話」を仮に、「南京大逆殺」「東京裁判」「日米安保条約」「日米地位協定」に置き換えたらどうなるか。全て、「見直しや破棄を軽々に口にしてはならない」ことになってしまう。一体全体、この漫画家は何を言いたいというのか。小林よしのりに忠告する。言うことに事を欠いた挙げ句かどうか知らないが、「軽々」しく軽挙妄動な説教を垂れるものではない。

日本を貶め、民族の誇りを抹殺するのが慰安婦強制連行、これを世界に向かって謝罪したのが「河野談話」だ。談話は単なる歴史認識の問題ではなく、我が皇軍兵士が国家の命を帯び、罪もない婦女子を拉致連行し、性奴隷にしたとする史上最大の冤罪事件だ。歴代自民党政権はこの冤罪事件を否定しないで、逆に受け入れ、シナ、朝鮮、世界に向かって謝罪したのである。日本国家と日本民族に対してこれほどの名誉の毀損、屈辱的冤罪があるだろうか。これに「軽々」と異を唱えないのが保守だとするのが小林の見解だが、保守は保守でも、こういうのをイカサマ保守というのだろう。

【談話の撤回は民族の生存本能だ】
「河野談話」が発表されて今年で21年を迎える。その間、世界ではアメリカ、オランダ、カナダ、EUなどの議会で慰安婦問題で日本が非難され続けている。

因みにアメリカの下院決議では↓
◆日本政府は、国際社会が提示した慰安婦に関する勧告に従い、現世代と未来世代を対象に残酷な犯罪について教育しなければならない。

我が国の時代を担う青少年に、先人と民族を貶める冤罪を受け入れて教育せよとする決議である。これほどむなしくも残酷な屈辱があるだろうか。
これら似たような決議が世界で行われている。日本人を意識して、民族としての良心が欠片ほどもあったら、こんなデタラメな「河野談話」を糾弾せずにはいられない。談話の白紙撤回しかあり得ないではないか。「河野談話」の白紙撤回は民族の生死をかけたシナ、韓国との戦争、「河野談話」の白紙撤回は日本民族が生き抜く本能なのである。

写真:100回目のアンチ水曜デモ(自民党本部前 平成25年11月20日)

主権回復を目指す会と「河野談話」の白撤回を求める市民の会は慰安婦強制連行と談話の糾弾、白紙撤回を求める運動を毎週、「事実をあげて道理を説く」立場で自民党本部前と朝日新聞本社前、韓国大使館前で継続している。

小林よしのりは自らの著作で、読者に「現場に戻れ」と説き、さらには「馬鹿は現場を持たない」とまで散々説教している。説教ばかりでなく、運動の現場に自らの足を運んで有言実行してみたらいい。

さらに忠告の上で警告する!「河野談話」こそ日本民族を抹殺するシナ、韓国による究極の精神侵略だ。そのシナ、韓国のお先棒を担ぐな、安倍・自民党政権の別働隊に成り下がるな。

※参考↓
『小林よしのり氏に問う』 2012年12月28日
http://nipponism.net/wordpress/?p=19788
『幻冬舎へ 回収と削除要求!』 2012年12月31日
http://nipponism.net/wordpress/?p=19902
『幻冬舎の言論テロ』2013年1月18日
http://nipponism.net/wordpress/?p=20095

【動画】 毎週決行!アンチ「水曜デモ」自民党本部前定例街宣H26.7.23 第138回
youtube
https://www.youtube.com/watch?v=XjyvEeSc-UE
ニコニコ動画
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24083801

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私は最初から政治は駆け引きだと思っていますし、改革には時間がかかるものと割り切っています。だから何党であれ結局は人柄で選ぶ方針ですが、河野談話をはじめとする歴史の改竄には頭にきます。

小林よしのりの「戦争論」は、被虐史観に洗脳されていた多くの日本人を覚醒させた点では画期的な一冊でした。しかし、彼は結局売れすぎて自分自身がエスタブリッシュメントの中に入ってしまったわけですね。当然「金持ち喧嘩せず」のほうに梶を切るでしょう。彼は芸能人、テレビ文化人ですので、徹底的に体制批判は出来なくなってしまったのだと思います。桜井よしこですら堂々と創価学会批判をしたことはありません。そういえば、公明党は河野談話の見直しすら反対していましたね。50年後の日本史には、自公連立政権以後の日本は「暗黒時代だった」と書かれているでしょう。

では2時になったのでこれで失礼します。