坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

パウル・クレー展 色彩の魔術

2011年02月14日 | 展覧会
パウル・クレー(1879~1940)は、カンディンスキーやフランツ・マルクらが結成した「青騎士」展に、1912年、33歳のときメンバーに加わり、色彩を重視する幻想の森を開拓していきます。バッハのポリフォニーを基にした造形的試みにより、絵画と音楽、線と色彩の融合をはかっていきます。
彼の創作プロセスは実験的であり、多様な素材を使って従来にはない物質感を重視しました。本展では、プロセス1から4へとセクションを分け独自の技法を解剖していきます。プロセス1では、「油彩転写」として、鉛筆やインクで描いた素描を黒い油絵具を塗った紙の上に置き、描線を針でなぞって転写したあと、水彩画で着彩するという技法。2では、切断、再構成の作品、仕上げた作品を2つかそれ以上に分断し上下を反転させてたりして再構成した作品など。3では、その分断された作品が独立して作品化された例などを紹介。4では、両面の作品として、クレーの裏面に記されていた描写などを開示していきます。
手触り感のあるマチエール(絵肌)を求めたクレーの視点が生かされた内容となっています。
・掲載画像作品「魚の魔術」参考作品として本展の出品作ではありません。

◆パウル・クレー展/京都国立近代美術館/3月12日~5月15日
 東京国立近代美術館/5月31日~7月31日

jジム・ダイン 主題と変奏 版画制作の半世紀

2011年02月13日 | 展覧会
1960年代、ウォーホルやリキテンシュタインらアメリカのポップアートの後期に活躍したジム・ダイン(1935年~)は、日常的に氾濫している物体や記号など今ではキッチュなありきたりのビジュアルを軽やかに画面に定着していきました。そこには70年代に顕著になる概念芸術(コンセプチュアル)な志向をのぞかせていました。
本展では、絵画、版画、彫刻、パフォーマンスなど幅広い活動を繰り広げてきたジム・ダインの版画の新たなピノッキオシリーズなど約150点で、彼の半世紀に及ぶ版画作品を紹介します。ボストン美術館との提携で興味深い展覧となりそうです。「ハート」や「ロープ」など身近なモチーフを描いたポップアーティストが現代までどのような変奏曲を奏でていったか、そのバリエーションを楽しむ展覧です。

◆ジム・ダイン/4月23日~8月28日/名古屋ボストン美術館・Tel 052-684-0101

ジュリー・ヘファナン 古代的構想に現代のビジョン

2011年02月12日 | 展覧会
一見、古代神話画と見間違う壮大なシチュエーション。イリノイ州生まれのジュリー・ヘファナン(1956年~)は、アメリカで複数の美術館に収蔵されるアーティストの一人ですが、今回プレスリリースを頂き、驚きの作品に出合ったという感じです。古代的舞台空間と言える森林と水辺の前にいろんなポーズをとる群衆のかたまりが。中央に立つ人物は家族でしょうか。彼女の作品はすべてセルフポートレイトと名付けられているようですが、自身の記憶の断片が重なっているのかもしれません。
そして私たちの眼をひきつけるのは、その古典的手法の完成度の高さの技術と緻密な細部表現の現代性です。
ボッシュを思わせるような構成で、ジェットコースターと天空の巣のファンタジー豊かな作品など、新作7,8点が会場に並びます。日本では初めての大きな展覧会になるのではないでしょうか。現代の生と死を象徴するワンダーランドに迷い込んだような世界観が魅力です。

◆ジュリー・ヘファナン展/2月22日~3月19日/MEGUMI OGITA GALLERY(銀座2丁目)
 Tel 03-3428-3405

絵のある私的空間 ビュッフェ展

2011年02月11日 | 展覧会
ふと寄ったカフェなどに飾られた気に入った絵に出合うことがあります。銀座のドトールのカトランの絵は、かなり見ごたえのある大作でパリっ子になった気分がします。(でもいつもざわざわでゆったりコーヒーという感じではないのですが)
ビュッフェの作品は日本でもおなじみで、版画などはよく目にされていることと思います。1928年生まれで早くから絵の才覚を発揮し、黒い力強い描線で垂直にデフォルメされた人物や建物など、特徴のある黒の美意識はエスプリを感じさせ、私的空間のような親しみやすさを感じさせます。
ブラマンクなど近代フランス絵画のコレクションで有名な大谷コレクションから、日本も愛したビュッフェならではの作品も並びます。色彩の画家というより線の画家という印象が強いビュッフェですが、50年代から原色の鮮やかな色彩が画面を彩ります。
「カフェの男」など、人物、風景、家族を描いた作品26点が展覧されます。

◆ベルナール・ビュッフェのまなざし フランスと日本/3月19日~5月29日/ニューオータニ美術館  

★ぜひ美術館やギャラリーなどに行った感想など気軽にメールください。楽しみにしています。

MOTアニュアル2011 原初の感覚

2011年02月10日 | 展覧会
マルセル・デュシャンを始めとするダダイズムは、既成の芸術の枠組みを打破し、表現媒体を拡大していきました。そして夢と交錯する幻想世界のシュルレアリスム、ポロックら抽象表現主義へと受け継がれていくのです。
現在のバーチャルな世界観において、ネオポップなどアニメやオタクアートが一つの路線をつくりあげていますが、東京都現代美術館で毎年この時期に開催される本展では、日本の若手アーティストに焦点をあて、現代という切り口を多様な表現でわれわれの知覚に問いかけます。
今年で11回目となる本展では、30代を中心に6作家が選定され個展形式のゆったりとした空間で見せてくれます。
池内晶子さんは、掲載画像では赤い線の集積のように見えますが、絹糸を空間に張り巡らしたインスタレーション(固定的ではない空間の設置方法)で、人の気配で絹糸は揺れたりその形は水の流れのように繊細です。ボールペン画による抽象的な独特の光沢感をつくりだす椛田ちひろさん。ガラス、水、紙などを使って光と闇を映し出すインスタレーション作品の木藤純子さん。スーパーボールや鉛筆など日常目にする物質を使って、その整然とした集積と新たな組み換えにより私たちの感覚を刺激します。関根直子さんは、鉛筆、水彩により原初的な描くことの根本を問いかけます。サウンドパフォーマンスを繰り広げる八木良太さんなど、参加型のアートも楽しめそうです。よりシンプルな素材と表現形式で原初的ともいえる私たちの感覚に訴えかけます。

◆MOTアニュアル2011/2月26日~5月8日/東京都現代美術館

本格的なシュルレアリスム展開催

2011年02月08日 | 展覧会
精神の最大の自由、夢の全能を掲げたシュルレアリスム(超現実主義)は、20世紀初頭、パリで詩人のアンドレ・ブルトンが提唱し、20世紀の新たな潮流を生み出しました。明日から開催される本展では、当時のブルトン関連の書物なども展示され、文学や映画などにも広く影響を与えた美術運動であったことを示します。
逆に、フロイトの精神分析学を絵画にビジュアルに応用し、現実から倒錯したさまざまなビジョンは、現実と夢の交錯、二重にも三重にもイメージの窓が交差します。現代においてもちょっとシュールな歪曲化された具象表現は、一つの絵画表現の分野として人気がありますが、理性では測れない無意識の領域への興味は尽きないものがあります。
内覧会の様子の一部で(ちょっとショットが悪くてすみません)、最初のダダイズムのアーティスト、マン・レイやマルセル・デュシャンなどの作品が展覧されている部屋です。中央に見えるのが、デュシャンの「瓶掛け」(1914年)。日常の既成品に少し手を加えて作品化した手法です。ポンピドゥセンター・パリ国立近代美術館副館長のディディエ・オッタンジェ氏が来日し、シュルレアリスムに先駆けるダダイズムを含む40年間の最大の美術運動と話すように、本展は、ダリ、マグリット、エルンスト、デ・キリコ、ミロなどを含め幅広い活動を展覧。絵画、彫刻、オブジェ、素描、写真、映画などの作品約170点により資料的にも一石を投じる内容と展覧でした。

◆シュルレアリスム展/2月9日~5月9日/国立新美術館(六本木)

家族を描いたモーリス・ドニの魅力

2011年02月07日 | 展覧会
ボナールらとともに、フランスの象徴派として20世紀の初め、新しい絵画の潮流をつくりだしたモーリス・ドニ。文学や聖書、神話から紡ぎだした独特のテーマと神秘的な色彩によって物語のある世界へと導きました。
掲載作品は、参考として昨年開催されたオルセー美術館展に出品されたもので、象徴派的な傾向の強い作品となっています。一方で、ドニは敬虔なカトリック教徒であり、平穏な日常の家族の姿を多く描きとめました。この展覧会では子供や家族の親密な情景が頻繁に登場します。その作品の流れの中で子供たちが成長する姿が発見できます。パリの郊外の自宅や海外旅行などを含めて子供たちを描きとめたドニの作品世界が、日本で初公開作品を含めて展覧される内容となっています。

◆モーリス・ドニ展/4月16日~6月12日/山梨県立美術館他

静物との長い対話 ジョルジョ・モランディ

2011年02月06日 | 展覧会
いつも見慣れたアトリエの一隅。卓上の器物を静謐な空間に描いたジョルジョ・モランディ(1890~1964)は、日本でもファンの多い画家の一人です。もうだいぶ前になりますが、東京都庭園美術館(白金)で開かれた回顧展でも、アールヌーボーの建築空間と白やオーカーの濃淡を主体としたモランディの作調はしっとりとしたハーモニーを奏でていました。
イタリア、ボローニャ生まれの画家は、デ・キリコなどの形而上的絵画から絵画の深淵を学ぶ一方で、現実に、そして自己の身近なものに目を注いでいきます。花瓶やカップやボトルなどが単体でもしくは、幾つか組み合わされたバリエーションで描かれていますが、そこに一貫するものは、簡潔なフォルムと色彩の和音とも言うべき低音の響き合いです。
緻密に描かれたリアリズムの手法ではなく、磁器の肌理を下塗りから重ねて築かれるマチエール(絵の具の肌合い)で再現していきます。
モチーフは花瓶に活けられた花から造花へと移行していきます。そこには対象との長い対話により深まっていく空間にしみ入る光の実在を追い求める画家の姿勢が表れているようです。この展覧会では、モランディ作品が80点、関連作家作品20点が展覧されます。

◆ジョルジョ・モランディ/4月9日~5月29日/豊田市美術館(愛知県)他

フランス現代美術の最前線 フレンチ・ウィンドウ展

2011年02月05日 | 展覧会
17世紀から20世紀初頭にかけてのフランス美術の流れを辿るプーシキン美術館展が4月初めから横浜美術館で始まりますが、現代のフランス美術はどのような動向を見せているのでしょうか。近代美術史を彩ってきたフランス、戦後美術を牽引してきたアメリカというふうにモダニズムの歴史の流れは築かれてきましたが、現代のグローバリズムの時代にあって、それぞれの国固有の美術のスタイルは見えにくくなっています。
本展は、フランス最大のコレクターの団体ADIAFが、2000年に設立したデュシャン賞のグランプリ受賞作品を主体に展覧されます。このデュシャン賞は、国籍や年齢に関係なくフランス在住作家が対象で、20世紀はじめに起こった、それまでの芸術の規範を打ち破るダダイズムの主要作家であるマルセル・デュシャンを顕彰するものでもあります。彼は「レディメイド」として男性の便器を逆さまに展示するなど、既成品と芸術品との違いは何なのかという概念を提言し、アートをリセットすることを投げかけました。
同時代のアートは刻々と変化する社会の鏡であり、個々がどのように社会に向き合っているか、写真や立体、インスタレーションなどさまざまな表現媒体によって展開されます。そこにはきっと私たちの感性と響き合うものが見えてくるはずです。

◆フレンチ・ウィンドウ展/3月18日~7月3日/森美術館(六本木)

アルプスの画家 セガンティーニ展

2011年02月04日 | 展覧会
スイスの有名なリゾート地、サン・モリッツにあるセガンティー二美術館から、19世紀の後半、アルプスの山々に魅せられ風景を描き続けたセガンティー二(1853年~99年)の主要な作品を含む約60点を展覧する本格的な回顧展がこの春、開催されます。
スイスのアルプスの山々を愛する人たち、澄んだ空気、透明な光を映した作品は山を愛するファンにもこよなく愛されそうです。
イタリアに生まれ、ミラノにおいて古典主義的画風から出発した彼は、28歳のときスイスに移り住みます。ミレーを思わせる田園風景を描いたイタリア時代からセガンティー二らしい光に満ちた明るい画風を獲得したのは、サンモリッツ近くの村に住み始めた頃で、イタリアの印象派とも言われる分割主義という手法によりアルプスの画家とも呼ばれるにいたりました。
・掲載作品「アルプスの真昼」1891年 セガンティーニ美術館 羊飼いの女性の日常のシーンを明るいブルーの空と白銀の雄大な稜線を背景に明るい陽光の鮮やかなコントラストで描いています。

◆セガンティー二 光と山/4月29日~7月3日/損保ジャパン東郷青児美術館