シンガー『ナターシャ』のブログ

関西・東京・名古屋・広島、そして台湾もグローバルに歌うシンガーソングライター、jazzシンガーナターシャのブログです

アンマ

2007-05-28 | Weblog
アンマのイベントが無事終了しました。疲れはすっかりとれましたが、まだ頭も体もぼ~っとしています。おそらく、アンマの大きいエネルギーに触れ、その場に2日間居たことで、エネルギーのシフト、浄化、色々起こっている最中で、まだ統合されるまでに少し時間がかかりそうです。

金曜日夜、雨嵐の中「人くるかしら」と思った私は何も分かってませんでした。開場1時間以上前から並ぶ人・人・人。その夜は900人、そして日曜日朝は1000人越えているでしょう・・そして、夜は2000人越えているでしょう・・。神戸にとっては初のイベントなのにこれだけの人が来てくださって本当に感動しました。そして、その間中ご飯も食べず、動かずただただ来る人を抱擁していたアンマ・・。

ここにたどり着くまでには、大変なこともたくさんあったでしょうが、それでもこれだけたくさんの人が集まってくれたことで、素晴らしいイベントになりました。

私は今回このイベントに関わって「体験する」、「体験こそが全て」といのを実感したし、ある意味それは人生の凝縮版です。

友達に誘われてアンマをよく知らないままにミーティングに参加して、ちょこっとお手伝いするつもりが、流れでどんどん関わるようになってきて、そして色々な人に出会い色々な体験をしました。

インド領事館にスピーチの要請するのも、「大変そう~丁寧に言えるかしら・・」と思ったりもしたけど、でもこんな「体験」できることそうそうないし、体験をする場を与えてもらったのだと思います。

私たちが体を持って地上に生まれてくるのも、体験するため。体験を味わうために生まれてくるのですから同じですね。

初日のプログラムでインド副領事がアンマの抱擁を受ける前に、アンマの前に膝まずき、そして足の裏を拝まれました。聖人に対してのインドでの儀式なのでしょうが、それを横で見ていてすごく感動しました。そして、社会的に素晴らしい地位についている方がアンマの腕の中で幼な子のように抱かれている姿も。彼の魂が愛情にくるまれているように見えました。

私はラッキーなことに家族が来てくれたので家族と一緒にダルシャン(抱擁)を受けました。二ヶ月の甥は会場でずっとご機嫌でした。

二日目の朝、一日目の疲れがまだあまり取れていないなと思いつつ起き、会場に向かいました。なんだか体と心のバランスがうまく取れていない感じがしてイライラしていて、そして「もっと働いている人がいっぱいいるのに、なんで私は大したことしていないのに、こんな疲れているわけ?」と自問している自分がいました。

でもそこでふと「なんでこんなに私は他人と比べるんだろう」と気づきました。人それぞれお役目があって、私は私のお役目をちゃんとしているじゃない。どうして、他人と比べてもっとがんばらなくっちゃ・・て思うのだろう。こうやって人と比べて自分を褒めることなく、自分に鞭打つ人生は本当にやめたい・・て心の底から出てきて涙がでてきました。

この何ヶ月か自分を褒める・・ということが、テーマだったような気がするし、自分を褒められない何かを本当に手放す時期で、ちょうどアンマのダルシャンの前にちょうど表面にでてきたのだと思います。

そして、ダルシャンを受けている間、アンマの大きな愛に包まれている間、「私は私でいいんだ」っていう想いが体中にしみてきて、ぼろぼろと涙がこぼれました。また一つ自分の要らないものを捨てれたような気がします。

そして、だいぶ時間が経ったにもかかわらず、あの時のアンマの腕の中での感覚を思い出すと涙がまたあふれます。

一緒にボランティアした皆様、ありがとうございました。みなさんの暖かさに今も包まれています。そして来場された皆様、ありがとうございました。アンマがつなげてくれた縁、大切にしたいと思います。

そして、これを読んでいる世界各地のみなさん、今日、明日は東京でやっていますが、アンマは世界中で抱擁しています。近くの町に来られたときは、是非行ってみてください。









ゆったり

2007-05-18 | Weblog
来週は月曜日から通訳のお仕事が始まり、そのままアンマのイベントへ突入する忙しい一週間になりそうなのですが、今週は不思議なことに用事や打ち合わせなどが延期やキャンセルになり、久しぶりにゆったりとした時間が流れています。しっかりお仕事をする為に心と体との準備期間をいただいたのでしょうか。有り難いことです。

昨日はお友達とごはんを食べに行って・・考えれば打ち合わせでもなく、ただ会って話しがしたくて一緒にご飯を友達と食べにいくのは久しぶり?・・ということに気づきました。ここ何ヶ月かの早い流れにも慣れてきて、落ち着いてきたのかな。

今日はお友達のミューさんの日記で紹介されているこの映像を見て、心がぐ~んっと静かなところに入ってきました。そういう瞬間が私は大好きです。見てみてください。

http://www.gctv.ne.jp/~gca13446/dekosakura.swf

しかし、こういったお話・映像もインターネットのお陰で、見ず知らずの私たちにまで感動を与えてくれるのですよね。一方では匿名をいいことに悪口を書いたり読んだりする掲示板などもあるようだし・・インターネットは良くも悪くもなくて色づけをするのは自分なんだということを改めて感じます。

ここ何ヶ月か実際の世界でもそうですが、ネットの世界でも「ふ~ん、こんな人達が居たんだ」という発見の連続です。でも私は今までそんな世界知らなかった・・。

海外から帰ってきておととしフランスへ行くまで日本に居た7年ほど、私はずっと外に行きたい、海を越えたいって思っていました。外に出れば私の本当にしたいことが、私にとって生き易い場所があり、私に合う人が居て、面白いことがあるに違いないから・・と思っていました。

それは勿論、それまでの海外での経験が実りの多いものだったからです。でも、今はそう思いません。だって、それは私の中にあったものだから。

私の本当にしたいことも、面白いことも私の中にあります。私にとって生き易い場所は私が作るものだから。私が本当の姿を見せれば本当の私に合う人がやってきてくれる・・。そんなこと本で読んだり人に聞いては知っていたけれど、その意味するところを実感できるようになったのは、この何ヶ月かです。

今は海を渡らなくてもじっとしていても、世の中の面白い人や変な人と出合うことができるのです。自分が変わったから周りが変わっただけの話です。

勿論、また海を越えてどっかに住むこともあるだろうけど、移動することが大事なのではなくて、どこに居ようが自分の内にわくわくの種や人生を面白くする鍵を持っているということにようやく気づいたのでしょう。

「ここが飽きたから次行きたい」トレーラー生活や遊牧民に憧れていた私でしたが、今は遊牧民であろうが定住民であろうが別にどっちでもいいや~というところでしょうか。

今は、ごぼうや山芋が大好きだから、ごぼうや山芋が食べられる日本に居たい・・ああ、人間変われば変わるもんだな~と我ながらおかしいです。



フォスフォラス

2007-05-15 | ホメオパシー
髪をショートにして早1ヶ月近くが経ちました。髪を切る前は、パーマの辺り具合とその時使っていたファンデーションが妙に白っぽくなるものだった為か、鏡で「あれ~これ誰かに似ているな~」と考え込んで出てきた答えは、マイケルジャクソン。マイコーはもういいやと髪をばっさり切ったのですが、切った後はシャンプーも楽チンで、ご機嫌で口ずさむのは松田聖子の「夏の扉」・・でしたが、ショートにするとそうなのです、マメに髪を切りに行かないといけなかったのです。だんだんセットが前のようには行かなくなってきました・・。

この1週間、何に反応したのか急に鼻水、くしゃみ、鼻かゆ、そして今日は目もかゆくてコンタクトも入れられずじまい。朝起きた時からかゆかったので、「ようし、今日はホメオパシーを使おう」と選んだのは、エイピス(ミツバチ)。蜂にさされたとき、あるいは蜂にさされたような症状(アレルギーやジンマシン、刺すような痛み)には、この蜜蜂のホメオパシーがいいようで、顔にもぷっくり小さなブツブツができていて(蜂さされのイメージ)選んだのですが、今回はドンピシャだったようで、すぐにかゆみはおさまってきました。

鼻水が出たときは、ネイチュミア(岩塩)を摂りました。ネイチュミアは悲しみのレメディーだし、鼻水は悲しみから・・というのは別でも聞いたことがあったので「私は何を悲しんどるんだ」と思いつつ、結構これも効きました。

薬と違って合ってなかったらただの砂糖玉になるだけの話なんで、どんどん試すことができるからよいです。この選ぶときの勘というのもすごく大事で、こういう直感で決めることを日ごろから行っておくのもいいですね。誰かと居たら腕押してもらってキネシで決めてもいいけど、ホメオパシーはだいたい説明を読んで勘で選んでいます。

ホメオパシーの本を読んでいると、占いの本を読んでいるみたいに面白い。といってもこれれっきとした医学、それも西洋医学ですけどね。(日本で言うところの西洋医学=アロパシーとは違うけど、ホメオパシーも西洋の医学ですもんね)クラスで勉強していても、目をつぶっていたらスピリチャルな講座と言っても分からないなあ・・というくらい、魂や生まれ変わりの話いくらでもでてきます。

素晴らしいのは、例えばフランスなら医学生ならこのホメオパシーも必須科目です。自分が将来それを選ぶかどうかはともかく、お医者さんが医学の知識としてこういう世界もあるんだというのを知っているのと知らないのとは全然違うでしょう。

このホメオパシーの本を読んでいて、何度読んでも笑ってしまうところがあります。それはフォスフォラス(鉱物のリン)。これは私のことを書いているんじゃないかと思う記述があまりにも多くて毎回大笑いしてしまいます。

「感情的にも身体的にも敏感でその場の雰囲気を感じ取ることが大変うまい人です・・彼らはまるで自分を守る境界線のオーラがないように、不必要なものまで吸い込んでアップアップした状態なのです・・・霊媒体質であり美しいものや神秘的な事に対して深くのめりこみ、現実離れした生活を送りたがります・・外国語をすぐ覚えたり、知らない人とも仲よくなり快活なよいところがあるのですが、線香花火のように長続きしません・・・」(ホメオパシーインジャパン、ホメオパシー出版)

だいたいのレメディー、少しずつは自分に当てはまるところがあるように思えます。でも自分がこういう性質だからこういう体質なのか~と性質と体質が結びつくところがまた面白いのです。





みどり

2007-05-13 | Weblog
やってしまいました。
翻訳終わったのはいいのですが、「楽しみながらする」と言いつつ最後になって頑張ってしまった結果、グロッキー状態に。やっと少しずつ回復してきたところです。

当初20ページの半分だけやって、後は別の人を探してもらうことになっていたのですが、「一人でやったらどれくらい時間かかりますか?」という質問に、最後の方のページは図表が多かったので「一人でやります」と答え、ゆっくりすればいいものを、「早く終わってすっきりしたい」と思うあまりついつい・・。長時間PCの前に居て、ご飯も家にあるものを口に入れる日が何日か続いたからでしょう。予定より早く終わって「やった~」というはずが、疲労で動けない・・。

そのときは「なんでこんなに疲れているんだろう?これくらいの仕事やったことあるはずなのに・・・?」と不思議に思っていたのですが、色々なことを復習してみると、「体の声をもっと聞きましょう」というワークショップをして伝える立場になってきた私が実際からだの声を無視したというのが、大きいように思います。伝える立場にあるなら、もっとそのことにコミットしてなければならないのでしょうね。

面白かったのが、終わった日は家に何も食べ物が無い状態だったので、とりあえずスーパーにふらふらしながら行ったのですが、自分の買い物カゴは、にら、ピーマン、キャベツ、水菜、モロッコインゲン、小松菜・・と全色ミドリ。夕方でかけた後に近所のコンビニで買ったおやつが「よもぎもち」。そして、これはちょっとおかしいぞ・・と気づいたのが、よもぎもちを食べるときに用意していた「抹茶」。着ていた服もミドリ。

そう、全てミドリ色だったのでした。おそらく食べるだけでなく、目からもミドリのエネルギーを入れたかったのでしょう、抹茶をしばらく見つめていました。次の日も外食の予定があったのですが、帰ってからサラダを食べていました。疲労、特に電磁波にやられた疲労には、ミドリの生き生きとしたエネルギーが一番なのでしょう。今日は大好きな神社に行ってミドリの森の中にしばらく居て、だんだんエネルギーがチャージされてきました。

また身体にごめんなさいです。さっさと終えてすっとしたい気持ちよりも、やっぱり体の声を聞かないとなあ。電磁波をブロックしてくれる素晴らしいアロマオイルもつけていましたが、それでも体の声をちゃんと聞いていたらもっと休憩入れてただろうなあ。

だんだんゴマカシが効かない体になってきたから、もっとミドリと接する機会が必要になってきました。もっと観葉植物も増やして、ハーブももっと植えよう。




GWのお知らせ2

2007-05-03 | Weblog
5月6日(日)に「家庭でできるキネシオロジー:入門編」というワークショップを神戸で友人と行います。キネシオロジーについては、
http://www.kinesi.us/what_is_kinesiology_001.htm
をご覧ください。

このイベントについては、
http://www.npo.co.jp/santi/events/event_index.htm

内容はこんな感じです(上記のHPより)

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巷にはたくさんの「カラダにいい」ものや情報が溢れています。しかし、全ての人に良いわけではないのです。本当の自分に合ったものを選ばなければ意味がありません。  しかし・・、どうやって?

キネシオロジーはカラダの声を聞くことができるシンプルで素晴らしいツールです。自分に合ったものを選ぶことができるだけでなく、自分の心と体は何を求めているのかが分かるようになります。また、自分の発する言葉や思考がどれだけ自分の体に影響を及ぼしているのかも分かります。

器具を使うこともなく、力の弱い人にでもできます。 また、言葉が通じない赤ちゃんやペットの必要としているものさえ、調べることができるようになります。

この機会にキネシオロジーを学んでみて、是非ご家庭で、お友達とご活用ください。迷ったらカラダにきく!そうすれば、溢れる情報に翻弄されることなく、本当の自分が必要としているものだけを取りいれることができるようになるでしょう。
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私がキネシオロジーとであったのは、2004年の2月でした。2003年9月に一瞬にして一センチでも動けば悲鳴を上げるほどの腰痛で全く動けなくなり、救急車で運ばれそのままよちよち歩きができるまでの2ヶ月入院しました。退院しても鉄板が入ったような歩き方は治らず、途方にくれているときにこのキネシオロジーのワークショップのDMが来たのでした。

「痛みの原因は何とお考えですか。現在の心や身体の傷、病気、気の流れ、トラウマ、遺伝、体質、過去世など色々あると思います。キネシは上記の様々な原因から来るあなたのエネルギーバランスをその場で整え、キネシを受ける人に”気づき”のチャンスを促します」という文を見たときに、私もちょうど痛みが引かないのは「恐れ」からではないか・・でも、どんな風にしたらその恐怖を取り除けるのだろう・・と途方に暮れていた時期でしたので参加を決めました。

荷物も貴重品以上のものは持てず、鉄板が入ったような歩き方で人にぶつかるのが怖くて大阪にすら出ることが怖くてできなかった私にとって、東京まで行くことは勇気が要ることでしたが、あの決心は私を大きく変えてくれたと今振り返って思います。

セミナーでは、最初の先生の自己紹介の間でさえ、同じ姿勢が長時間できなかったため、立ったり座ったりしていたくらいですが、5日間で体験したワークの数々や出合いを経て、帰るころには走れるようになっていました。

私はあのセミナーで初めて自分が身体を持った人間なのだと気づいたのです。私は中学生の頃に左足首を捻挫して以来、何度も何度も同じ捻挫を繰り返し、松葉杖を付くことも3回ほどありました。その度に自分の体を責め続けていました。なんでこんなことになるの~って。しかし、キネシに触れて私は自分の体になんてひどいことをしたのだろう・・と気づき後悔し、その夜ホテルで自分の左足首をさすりながら涙を流しながら謝ったのを覚えています。

今でも身体と対話すると「ごめんね。ありがとう」という言葉にしかなりません。でもキネシに出合ったことによって、それまで心と頭の世界しか見なかった私に、もう一つの大事な大事な「身体」、自分は「身体を持った存在」ということを教えられたのでした。

今私が元気で居られるのも、キネシに出合ったお陰だし、キネシによって出合った人たちは私の宝物です。「人間って人に『出合う』為にあるんだよね。何かをしようと思っているけど、でも結局はその何かが『人との出合い』に繋げてくれる。」と言われたことがあります。そういう意味では私にとってキネシは、素晴らしい世界や人に出合うために導いてくれたのだと思います。

今回はさわりの部分だけですが、「え~私の身体こんなこと思ってたの~」とびっくりすることが色々あるでしょう。GW最終日、興味があればお越しください。ご連絡は myrtille33@mail.goo.ne.jpまで よろしくお願いします。

与えるものが・・

2007-05-02 | スピリチュアル通訳
またまたKさん関係のお話です。今回彼はJAPAN TOURとして各地を回っているので、大阪には和歌山からやって来ました。その和歌山で嬉しいお話があったので、着いた途端ご機嫌でお話してくれました。

和歌山で当初泊まる予定だったお家には、連絡の行き違いで泊まれなくなったため、急遽別のおうちに泊まることになりました。そのお家のお父さんが実は尺八の先生で最近亡くなられたのですが、素晴らしい尺八が家にあるけれど、誰も演奏することができないのでどうぞ・・ということで、その尺八をKさんはもらったのでした。彼はミュージッシャンでもありエネルギーワーカーでもあるので、グループワークで音楽、そして大好きな楽器、尺八を使っています。

最初に予定していた家に泊まれなくなった・・という時点では、それは「トラブル」にも見えます。でも、ちゃ~んと行くべきところに連れて行ってくれる序章だったのですね。

彼が言うには「実は最近、自分の大事にしていた素晴らしいギターを友人にあげた。でも、与えたら尺八となって返ってきたよ。与えるものが受け取るもの・・宇宙の法則そのものだね。」と。

「与えるものが受け取るもの」か。全てそうだけど、目にみえる形として示してくれるとほんと分かりやすい。

今回は彼の個人セッションだけでなくコンサートも行ったのですが、またこれも面白い体験でした。彼の作った音楽と尺八の演奏と太鼓にパワフルなヒーリングエネルギーを乗せるので体に響く響く。私もそうだし他の参加者もそうだったみたいですが、尺八は体の上半身のチャクラに、太鼓は下半身のチャクラに響いていました。

彼の太鼓は、太古の太鼓。洒落みたいですが現存する太鼓のデザインでは一番古いものだそうで、エジプトの辺りが起源らしいです。その頃は女性がこの太鼓を演奏していたらしく、そういった像も残っているそうです。

彼は本当に尺八が好きなので、尺八の話をたくさんしてくれたお陰で私にも少し身近な楽器になりました。

obligation

2007-05-01 | スピリチュアル通訳
この間お知らせしたKアランロスさんの通訳の仕事が終わり、ほっと一息と同時に数日間一緒に居た為にちょっと淋しい気もしています。今回も本当にたくさんの大切な事を学ばせてもらいました。彼のエネルギーは本当にパワフルで、あれだけ足の裏がジンジンしたのも初めてでした。私に向かってしている訳ではなく、エネルギーワークの場に一緒に居ただけなのに、たくさんのエネルギーを受け取ったようです。もっと深く簡単にグラウンディングできるように気づいたらなっていました。こういう体験をさせていただけること自体有り難いことです。

彼から素晴らしいことをたくさん学びましたが、興味深かったことの一つに obligationということがありました。

「人の行為がobigationになった途端、それが愛ではなくなる。」

obligationは義務と言う意味ですが彼が言うには「アメリカでも結婚した途端、これは相手がするべきもの・・と義務を押し付け、あるいは自分にも義務を課し、どれだけたくさんのカップルが壊れることか。」

そして、日本に何度も来ている彼は日本のこともよく分かっているので、「日本には信じられないほどの見えない社会のルールがあるのは知っている。でもそのルールのせいで幸せになれない女性を山ほど見ているし、街を歩いているサラリーメーンも怖い顔して全然ハッピーに見えない。自分たちが幸せになるために変えていく時期なんじゃないか」と言ってました。

ハートから出る本当にしたいことだけをする。お付き合いで・・とか、みんなやっているから・・やらないといけないから・・そういったものを勇気を出して少しずつやめてみる。obligationでするのはやめる、ハートからしたいからする・・大切なことです。

世界中を歩いた彼だからこそ、日本特有の問題、日本人の集合意識などもよく分かるんだなあと思いました。

そして、私にもちゃ~んとその実践の場が与えられるのですねえ。昨日、一息ついているところに、アンマのボランティアの書類の翻訳が20ページ以上も来ました。依頼者からは、負担のないようにしてください・・との事。

おそらく、これが1週間前だったら忙しいのでお断りしていました。ちょうど余裕が出てきたときにやってくるなんて、さ・す・がのタイミングです。まだ手をつけていませんが、始める前に「これはハートから自分が楽しんでできる」という状態にして始めようと思っています。

以前の私なら、「頼まれたからがんばらなくっちゃ。やらなくっちゃ。(まさしくobligation)」とやり始めるので途中で「こんなたくさんできないよ~」と疲れて、そのうちに自分が犠牲者、被害者のようになってしまっていたと思います。愛を伝えに来るアンマの祭典なのに、愛でないエネルギーをたくさん入れてしまうことになります・・なんの為にやっているやらわからなくなっちゃう。

「これはobligationでやっているの? ハートからしたいって思ってやっているの?」と自分自身に問いかけ、それがobligationの場合はNOを言うか、あるいはその行為を「愛を送る行為」に変えてからする。無意識にやっている行為に一旦停止をして確認する・・ほんとに素晴らしいことを学ばせてもらいました。