シンガー『ナターシャ』のブログ

関西・東京・名古屋・広島、そして台湾もグローバルに歌うシンガーソングライター、jazzシンガーナターシャのブログです

表現すること

2006-11-26 | おもうこと
この数日間で久しぶりの友達にたくさん会えた。フランスで出会った友達、アメリカで出会った友達が次々と関西にやってきた。旅行や仕事で来ている人も居るから、第一の目的が私に会うことではないけれど、私はじっとしているのに遠方から続々と、それも重なってやって来てくれて、まるで元気を私に届けにきてくれたようで嬉しかった。

実際、とっても楽しかった。コーヒー一杯で気がついたら3時間も4時間も喋る喋る・・どれだけ時間があってもしゃべり足りないくらいだ。私は彼女たちから色んなことを学ばせてもらっているなあとつくづく思う。

今回フランスに留学して、私より一回りどころか、私の年齢の半分・・とまでは行かないけれどそれに近い年齢のお友達ができた。今まで自分の親の世代の大事なお友達も居たし、自分より年上のお友達に囲まれていたことが多かったので、当初20歳くらいの学生にどう接していいかわからなかった。でも彼女達の話を聞いていたら、「あれ?そういえば昔私もそういうことで悩んでいたよなあ。」ということに気づいた。が、今から思えばたいした悩みでもないんだなあ、これが。ただ、一生懸命悩んでいるのに「たいしたことちゃうって」て言っていいんだろうか?と思ったが、「私がたいしたことないよ。私もそうだったよ・・」と自分の体験を語ることが、彼女たちの悩みの助けになることもあるというのが分かってからは、できるだけ思っていることを言うようにした。

彼女達は私より若いわけであり、経験から得た知識というのは、当たり前だが私より少ない。ただ人とのコミュニケーションから受け取るものって、知識だけではない。彼女達の素直さ、心の美しさ、知識を得ようとする貪欲さ、その吸収力、そしてこんなに若いのに自分を見つめる、向き合う勇気を持っていることに毎度感心する。私なんて大きな挫折によって、30歳を過ぎてやっと自分を見つめるようになったのに。

自分と向き合うことは勇気が要る。それまで自分でひた隠しにしてきた、逃げてきた嫌な自分の部分にスポットライトを当てなければならない。傷ついた自分、そしてできれば忘れたいような傷ついた出来事もたくさんでてくる。でも勇気を持って、その傷ついた部分を癒さない限り、現実で起きる出来事は変わらない。自分から出てくる嫌な感情も逃げないで感じきる、そしてそんな感情を持っている自分を認めること・・それをしない限り自分を丸ごと受けいれ、愛することはできない。自分を愛せない人がどうやって他人を愛することができるだろうか。

全ての出来事は偶然でなく必然で、一つ一つに意味がある。そして全ては自分がそこから何かを学ぶために起こっているんだと肯定的に解釈すること・・私が何年もかかって身につけたこれらの考え方をあっという間に身につけた彼女達を私は尊敬している。

若いお友達のお陰で「自分をもっと表現する」という流れになってきた。今までの体験から得た知識をそろそろ人とシェアーする時期にきたのではないか・・と思うきっかけになった。自分を表現するということはそれまでの私にとっては怖いことだったから。

海外から帰って日本に住んでいた7年ほどの間、一番戸惑ったのが「日本人は(って私も日本人だけど)何を考えているのかがわからなくて怖い。」ということだった。何でもいいのだが、例えば社会で起こる出来事でも、自分の人生(これからどういう人生を歩みたいか)などについてでもそれぞれの意見があるだろうし、正しい間違いはないのだから私は色々な人と話がしたかった。でも、私の意見に対しどこに行っても一番多い反応は「無反応」で、話している相手が何を考えているのかがわからない私は怖くなり、段々自分を表すことをコントロールするようになった。

でも今は違う。自分の体験や思うところが誰か悩んでいる人のヘルプになる可能性があるのなら、誰かが少しでも元気になるのなら、その人の世界が少しでも広がるのなら自分を表現していこうと思う。どんな風に思い、反応するかは受け取る人の選択。それと私が表現するということは別問題・・とそんな風に少しずつ思えるようになったのも、出合った人たちのおかげ。感謝してます。

ドイツ語の日

2006-11-11 | Weblog
日本に帰って来た日は暖かいのを通り越して暑い日だった。荷物をできるだけ体で持って帰って来たので、ごっついセーターとごっついコートを着た私は空港を出るなり汗だくになってしまった。それなのに、それなのに、あっという間に冬ではないか。思わず足元ヒーターを出しちゃった。

今日はお友達のホームパーティーに行ってきた。月一回集まる「ドイツ語・フランス語・日本語の会」があり、その関係だったのだがフランス語はあまり話す人がいなくてドイツ語を話す人たちがとっても多かった。何を隠そう私の大学での専攻はドイツ文学だったのだ。しかし、それはもう遠い昔というよりは、前世のできごとのよう。なので、ドイツ語人たちの会話の端々に前世で聞いたことのある言葉をみつけては、「それ知ってる」と嬉しくて言ってしまうと、周りの人たちはまさか私がドイツ文学専攻だったなんて知るよしもないので「オー すごい」とほめてくれた。

そういえば、アメリカで就職活動していた頃、私の履歴書の大学の専攻を見ていきなりドイツ語で質問しだす面接官がいたなあ。勿論私は「ノーノー」言うしかなかったが。その次からは「私はドイツ語はもう忘れました」という文だけドイツ語で準備したような気がする。

今日のドイツ語人の会話の中でよくききとれたのが数字だった。ドイツ語の数字は分かりやすいからいいなあ。これまた情けない話だが未だに私は70以上のフランス語の数字があんまり好きではない。生活していたわけだから慣れてはきたが、それでも好きではない。(分解するとフランス語では70=60+10、71=60+11、81=4x20+1、91=4x20+11)70以上のサンチーム(ドルでいうところのセント)がでてきたら、小銭で払うことをせずお札で出してきたツケだな、これは。

しかし、考えればこれは中国語でも同じような事をしていた。シンガポールに住んでいるときに、毎日のように近くの市場に行っていた。日本人だと思われると高く値を言われることもあるので、英語ではなく「トウシャオチェン=いくら」と中国語で値段をきくのだが、数字はわからないし、わかろうとすると動きがとまって日本人だと思われたら意味がないので、値段を言われたらつかさず大き目のお札を出だすのだ。なので、数字は結局覚えられなかった。覚えた数字は、毎日食べる屋台での食事の値段の「リャンクワイ=2ドル」くらいだ。写真はその屋台。好物のFISH HEAD CURRY。

まあ今日は普段と違う音をいっぱい聞いたというのも耳にもよかったかも。そして、フランス語と混ざりだしてインチキ英語になりつつある私にはいい英語のレッスンになった。そして、色んな国籍の人が集まると持ち寄るお料理もあまり見たことのないものが並ぶし、それも面白かった。ちなみに今日は私はズッキーニ、なすび、トマト、モッツェレラを乗せ、オリーブオイルをかけたパイを持っていった。こういうお料理は本当に楽しい。

Au revoir! 

2006-11-04 | フランス
もうすぐパリにお別れの日だ。航空券も6ヶ月オープンだし、荷物も預かってもらっているので、旅行では必ず来るが、また暮らすかどうかはわからない。一旦引き上げることが決まったとき、一番に浮かんだのは「もうちょっとフランス語が上手になりたいな」ということだった。せめて自分の英語力くらいになって欲しいと思うのだが、これは日本でもある程度はできること。モチベーションさえ維持できれば・・これが一番大変なことは外国語を教えてきた私にはよ~くわかるが。

なんだか今はパリにご縁がなかったみたいだ。エクスからパリに引越した時は、ポストに無くされた荷物を探し回り、近年まれに見るストレスフルな一ヶ月を過ごし、そしてやっと住めると思ったら(しかしこの荷物探しのトラウマからか、ちょっと嫌になっていたのも事実だけど)日本に帰ることに。

確かに、今の私にはパリは都会すぎるのかなとも思う。自分の人生が自然のリズムで暮らしたいという方向に向いているし、考えれば大阪に出るだけでもしんどい、東京なんて人が多すぎて絶対住めないなんて言っている私に都会に住むのは向いていないのかもしれない。そして、南仏のよさがパリに行ってから余計に感じるようになり、やたら懐かしく思うし。

しかし、パリの街並みは本当に美しい。ちょうど今の季節、木々の葉が色づき、落ちていく。セーヌ川沿いの景色なんてため息がでるほどだ。

犬の糞も法律で規制するようになったからか、犬の糞が大量にあった以前に住んでいたエクスの街と比べてしまうからなのか、パリの犬の糞も少なくなったと思う。とは言っても存在はしっかりしているけれど。

写真はデパートプランタンの屋上から撮ったもの。この屋上はパリの街が一望できる私のお気に入りスポット。この美しいパリの景色に魅了され世界中から観光客が途絶えることなくやってくる。私もこの景色に魅せられやってきたんだもんなあ。

では、しばらくパリに Au revoir! 再見。



引越しによせて・・

2006-11-03 | フランス
引越し準備も整ってきた。引越しの準備はちょっと悲しい作業から始まる。店から出る不要な段ボール箱を店の前にあるゴミステーションから取ってくる作業だ。勿論、きれいなものを選ぶので、服屋か薬屋が一番好ましい。しかし、パリはまだどこからきれいな箱が出るのかがわからないので、4つくらいしかゲットできなかった。時間がないので、残りはブリコラージュ(日曜大工)の店で買ってきた。

今回の引越し荷物は、クロネコヤマトにお願いした。自分も日本に帰るので別送便で送れる。こちらは25キロまでなので、それに入らない書籍のみ郵便局で送る。前回の引越しで私の荷物を16個もなくした郵便局のシステムはよ~くわかっているので、無くされても泣かないもの、つまり無くなっても日本で買えるものだけを送った。窓口で「4日で着く」なんて言われたが、誰がそんなもん信じるかい。しかし、クロネコはすごい。ちゃんと家まで取りに来てくれた。パリは都会だ。

予定外の帰国なので、もし戻ってきたときの為、友人のご好意に甘えていくつかの荷物は置かせてもらった。フランスに来てから、私はお友達にたくさん助けてもらった。私は助けられて生きているんだなあとフランスに来て何度も思った。以前は、人に頼んだりお願いするのがすごく苦手だった。いつもなんとか自分で・・てがんばってきたが、今は素直にお願いする自分がいる。

きっと以前は自分が人に素直に頼れなかったから、人に頼るような人が嫌だったんだろう。そして、それを見てより一層「自分は人に頼らずがんばろう」って思ってた。色々な出来事があって、そういうのはだいたい痛かったり、辛かったりする出来事だけど、そのせいで私は人に頼まないといけない状況になった。最初は心の中で抵抗があったが、段々人に素直にお願いできるようになってきた。

人生の出来事って、全てバランスを取るために起こるんだなあと思う。私が素直に人に頼めないから、人に頼む状況を作ってくれる出来事が起こる。心の中のぎゅ~っとかたくなになったところを、「ほぐしなさい」というメッセージの入った出来事が起こるのだと思う。

さて、今自分の目の前にある出来事は何のメッセージなのかなあ。どんなかたくななところをほぐせと言っているんだろうなあ。

おかいもの 2

2006-11-02 | フランス
この写真なんでしょう?これは、パキスタンのお塩。私の住んでいる近くにあるお洒落な食品デパート「ボンマルシェ」で発見。ちゃんとすぐに料理できるように砕いたものもあったが、私はこの水晶?と見間違える塊の塩にした。これなら料理だけでなく、トイレや玄関などの置き塩にも見た目が綺麗だし。

この街は私が今まで行ったどこの街よりも買い物が楽しい。今日のもう一つの嬉しいお買い物は、ボンマルシェの前のチョコレート屋さんの出しているココア。Jeff de Brugesというお店でブルーと茶色でセンスよくパッケージされている。このココアのパッケージがまたかわいい。シンプルでありながら、かわいらしいものがこの街には溢れている。

でも実際、暮らしていると「今日のおかず何にしよう?」と見るものは野菜や肉やお惣菜で、こんな綺麗なお塩やココアも「う~んちょっと高いな」と買わないだろうな。(どちらも6ユーロくらいでそんなに高くないのだが)もうすぐ日本に帰る今は「これは日本にないよな」と思ったものは即ゲット。学費の返金やアパートの前金などが返って来る予定なのでかなり気が大きくなっていて自分でおかしい。

近所にはFNACといって本・CD・DVDなどがそろう大型店があり、そこではフランス語の本を購入。文法の練習問題などは、フランスに旅行する度に購入し、ほとんど手もつけていない在庫をかかえているため、語学学習書コーナーは素通りした。今回は小説コーナーへ。「ほんまに読むんかいな・・」と何度も自分で突っ込みをいれる度に、「読む」「絶対読む」と返事をしつつ数冊購入。

フランス文学を読みたいところだが、すぐに「わからへん、ギブアップ」となるのは目に見えているので、今回は日本文学ばかりを選んだ。日本の小説の翻訳本は何冊か読めた経験があるので、ちょっと自信をつけていて「最後まで読めそうなもの」というテーマで選んでみた。

フランスに来て驚いたことの一つは、たくさんの日本の小説が翻訳され読まれているんだということだ。パリのような大都会ならまだわかるが、エクスのような小さい街でもかなりの日本の文学が翻訳されて本屋で売られていた。夏目漱石や川端康成などの古典的な文学は勿論売っているし、村上龍・村上春樹もとっても人気がある。時々「え、誰?これ」という日本ではメジャーじゃない人たちの本も翻訳されていて面白い。

今回私が選んだのは、山田太一著「異人たちとの夏」"Presences d'un ete"、 村上春樹著「神の子どもたちはみな踊る」"Apres le tremblementde terre (直訳すると「地震の後で」)、吉本ばなな「キッチン」(kitchen)。もっともっと買いそうになったのだけれど、この辺でストップ。いつかするするっと本を読めるようになる日を夢見てがんばろう。

再会

2006-11-01 | フランス
Toussaint(万聖節)のお休みを利用して、南仏エクスのお友達一家が彼女の田舎の実家に行くそうで、一緒に行かないかと誘ってくれた。自然がいっぱいの田舎らしいし、何よりも日本に帰る前に友達一家と一緒に時間を過ごしたかったが、私の体調がよくなかったので断った。彼女達はパリまで上京し、そこから車を借りて行くので、パリで少しの時間だけれど会えることになった。

リヨン駅での待ち合わせだったので、大きな駅だし休みで人がいっぱいだろうから果たしてちゃんと会えるだろうか・・と少し心配しながら待っていたら、彼女が向こうの方から私を見つけて早足で来てくれた。

彼女が力いっぱいハグしてビズ(ほっぺたにチュチュとする挨拶)してくれたら、私の目から涙がぼろぼろと出た。きっと私は相当心身ともに疲れていて、心も体もぎゅうっと硬くなっていたんだろう。そして、彼女の大きな大きな愛に包まれたら、カチカチになっていた心も体もほわあんと緩んだんだろう。それを見た息子達はびっくりして「どないしてん」て言ってたが、涙が止まらなかった。

彼らとは何時間か一緒にいただけだけど、すごく楽しかった。彼らと居ると「ああ、もっとフランス語がわかって、話せるようになりたいな」って思う。そして、いつか彼女のように、大きな愛情で人を包み込み、心をほどかせるような人に私もなりたいなって思う。そして、そんな人と出会えたことに本当に感謝している。