パトリシアの日記

2007年9月末
一条工務店「夢の家」が完成
山あり谷ありの建築日記

ショート ストーリー

2007-01-23 01:53:20 | Have a break!
『もうこんな時間?』
サチがふと見上げた時計の針は深夜1時半をさしていた。

食卓で読んだ本を片付けると彼女は寝室へ向かった。
小さな寝息をたてる幼い子供たちにタオルケットを掛けなおすと、
子供たちに挟まれる形で彼女は床についた。

夏も終わりだというのに蒸し暑い夜だった。
15階のベランダからはいつもの風もなく、サチの目の前のカーテンは
まるで分厚い壁のようにどっしりとして動くことはなかった。

サチが眠りに落ちてどれぐらの時間が過ぎただろうか?
彼女は右足に何かが触れるのを感じ目を覚ました。

彼女の右で眠る娘が寝返りをしたと思い娘に視線を移したが、
手の届かない壁際で寝入る姿を確認するとまた視線を戻した。

次の瞬間、右足に触れたものの正体が何であったかを彼女は理解した。

サチの足元には真黒な四つんばいの人影。
彼女は人影と目が合ったような気がした。実際には真っ暗で
顔も姿も判別できない。

目の前の人影が夫のジョージでないことを理解するまで時間はかからなかった。
海外出張中のジョージが家にいることはありえない。

その時不思議と恐怖は感じなかった。次にどうすればいいのかだけが
サチの頭の中で渦を巻く。
無意識にサチは片肘を布団に押しあて上半身を少しだけ起こしていた。
すると人影もサチの足元で立ち上がった。
そのシルエットから男であることだけが判った。

男の右手の小さなライトが、サチの左側に寝る子どもの布団を照らした。
サチは声を上げようか迷っていた。下手に騒いで子どもたちを危険にさらす
わけにはいかない。しかし、声を出すことで男がこのまま逃げることも考えた。

『誰っ・・・?』そんな聞いても答えるわけのない事をサチは声にした。
声にしたはずだった。サチの喉は渇ききり、実際には、声など全く
出ていなかった。 声が出せないほどの恐怖を身体が感じているとはサチ自身
気がつかなかった。・・・脳と身体がバラバラになっていた。

声も出ない自分が何も出来ない事を悟った瞬間、サチの頭は真っ白になった。
その時、男が動いた。

男は腰を落としサチの足元で再びゆっくりと四つんばいになった。
「もうダメかも知れない・・・」と思った時、カーテンが揺れて
男の顔が後ろに下がった。
男は掃出し窓に両足が出た瞬間、素早く立ち上がり向きを変えると、
ベランダの手すりに足をかけ、手すりをまたいだ。

サチは男の姿が消えると、ぶるぶると震える手で電気を付けた。
子どもたちの姿を確認して、恐る恐るベランダに出た。

すでに男の姿は闇に消え、マンション修繕のための足場を走り去る乾いた音だけが
深夜の街に響いていた。