goo blog サービス終了のお知らせ 

モーツァルト@宇奈月

湯の街ふれあい音楽祭 モーツァルト@宇奈月
scince2010年秋。毎年9月に音楽祭を開催しております。

ヴィクトアーリエンマルクトで土地の恵みを愛でる

2014年01月13日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ヴィクトアーリエンマルクトは、ミュンヘンという大都会の真ん中で、ここだけは「村」だという人があるほど、静かでのどかでそれでいて活気のある、そうですね、風の谷にあるんじゃないかと思えるような場所です。
広場には、マイバウムが1年中あって、その周りに市場が広がっています。マイバウムは、メイ(5月)のバウム(木)ってことですね。長い冬を抜けた5月、森から木をとってきて掲げたものだそうです。ここでは年中飾られているそうですね。5月の風の心地よさが目に浮かぶようです。
銅像もたくさんあるんです。これも、そのひとつ。

何でしょうね。何か布をかけていて。

記念写真を。
たくさんの食材の彩りと、香りに圧倒されています。人が生きることはとりもなおさず食べることですが、ここはそんな気があふれています。こういうのを元気っていうんでしょうね。中でも強烈な香りを放つのはこれ。

チーズです。

まるでパンみたいだな。こうした発酵食品というのは、その土地にある常在菌を使うので、いわば、土地の香りを凝縮したような感じになりますね。

こっちは、季節の野菜ですね。看板にそう書いてあります。(えへん、そのくらいは読めます)旬の野菜の瑞々しさは格別ですね。



色合いが街にあっていますね。そうですよね、土地の恵みだもの。こうして醸し出してくるものは、他に変えようがありません。もしかすると、アマデウスの頃も、この風景とそんなに変わりがなかったのかも知れません。どんな曲想につながったのかな。

おお、チェリーです。こんなには食べられないなあ。何が違うのかと思ったら、パックされたり、容器に入れられたりしていないんですね。いいですよね。そこらで獲ったものをここで売るからできる仕組みです。
市場のお姉さんといっしょに写真を撮りました。

ごめんね、何にも買いませんでした。でも、お腹いっぱいの気分です。
名残惜しいのですが、そろそろ、レジデンスへ行こうと思います。

ヴィクトアーリエンマルクトの香辛料

2014年01月12日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
市民市場を歩いています。すてきな食べ物でいっぱいです。
野菜って、土地とそのままつながっているせいか、独特のものがたくさんありますね。

大根や人参のようなのもたくさんありますね。でも、けっこう香りが違うことも多いのです。日本にも、源助大根のようなものもありますし、富山県内では、ある特定の地域にしか芝居されない里芋なんかも知られています。
食べてみたいなあ。

これは、香辛料ですね。ヨーロッパらしいな。香辛料をめぐって戦争が起きるほどですからね。見たこともない香辛料がたっぷりで、いろんな香りが漂っています。

そうか、そういうことだな。この豊かで深い、何が何かをとくていできないような香りが市場の特徴だな。アマデウスもこの香りを嗅いでいたはずです。音楽に何かの影響があったかもしれませんね。

市場を歩く

2014年01月11日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンを旅しています。
市民市場を歩くと、その土地の人が何をおいしいと感じているかがわかります。
観光客向けには、ブリが並んでいても、地元のマーケットには、フクラギ(ブリの幼魚の地方名。福来魚と書く。出世に上り詰めた魚ではなく、上り調子の魚でもあり、引き締まった赤みは大変に味わい深い。個人の感想ですが)が並んでいます。

おお!ハム、チーズ!いろいろ種類があるんだなあ。どれもとてもコクが深そうでおいしそうです。

ほら、チーズだけでこんなにあるんですよ。
白ワインが欲しくなってきました。

ヴィクトアーリエンマルクト(市民市場)

2014年01月11日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンを旅しています。
旅先で楽しみなのは、その土地土地のマーケット。特に、市民市場には土地の姿とくらしぶりが見えてきます。
マリエン広場の南東に位置するヴィクトアーリエンマルクトは、そんな場所です。

朝早くから屋台が出ています。こういう街は活気があふれていて好きだなあ。富山の駅前にもありましたよね。須田ビルの市民市場、懐かしいなあ。今はどこにいっても同じようなスーパーマーケットになってしまって。便利ですが、街の匂いが失われているようにも思います。

おいしそうな食材が並んでいます。

このパイナップルは、ジューススタンドかな。
ああ、やっぱり!フレッシュジュースは大好物です。大きな街の駅には、最近、見かけますよね。缶ジュースより、こういうものが体を生き生きさせてくれるように思います。

何にも買わなくても楽しくなりますね。
もうちょっと歩いてみます。

ここに、アマデウスが住んでいたんだねえ

2014年01月09日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。路地裏を歩いていたら、アマデウスを発見!
えーと、なになに。
「1944年まであったこの建物に、1780年11月6日から1781年3月11日までモーツァルトが住んでいて、バイエルン選帝侯からの注文で、1781年の謝肉祭のために、オペラセリア『イドメネオ』をここで作曲した。オペラはレジデンツ劇場で1781年1月29日に初演された。」
こういうかんじかな。だいたいそのようなことが銅板にしるされています。
現在はオフィスのような感じでした。
オーストリアほどには大切にされていないんだなあ。

1781年は、アメリカ独立戦争の最後の戦闘がヨークタウンで起こった年で、日本では、安永10年。飢饉などで激動期になる天明元年はこの年の9月です。カントの「純粋理性批判」が発表された年でもあります。そうやって結びつけると、アマデウスが時代の転換期にいたことがよくわかりますね。
でも、何だか引きつけられたみたいでうれしいなあ。土地には力があるんですよ、きっと。

こんなところに、アマデウス!

2014年01月09日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ミュンヘンを旅しています。
現在、新市庁舎のとなりには、「ルードヴィヒ・ベック」というデパートがあります。

でも、にぎやかなところを離れたくて、区画の裏路地を歩いていたら、あ!これは!

見覚えありますねぇ。モーツァルトの足跡を偶然見つけました。ガイドブックには載っていません。何かの引き合わせかな。

フラウエン教会の玉ねぎ

2014年01月07日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。ミュンヘンへの道です。
マリエン広場に行く前に立ち寄ったのが、ミュンヘンのシンボル、2本の玉ねぎ塔が有名なフラウエン教会(聖母教会)です。フラウエン教会は、ドイツの各所にあるのですが、ここミュンヘンはその本山みたいな扱い。1494年に完成し、塔は少し遅れて1524年の完成。昨年春に修理も終えて、いよいよ美しくそびえています。何でも作るのに悪魔に手伝わせたとか。

わかりますか。実は、2本なんです。重なっていますが、ネギ坊主わかりますよね。
塔にはエレベーターが付いていて、ミュンヘンの街を見渡せます。100mもある塔が15世紀の人々にどんな風に見えたんでしょうね。僕らは偉そうにしていますが、やっとこさ640mくらいです。

グロッケンシュピールに驚く

2014年01月05日 | ミュンヘンへの道
マリエン広場には、ミュンヘンの庁舎があります。1867~1909年に建てられたネオゴシック様式の新庁舎です。

すごいなあ。中はどうなっているんだろう。お城みたいだな。名古屋の庁舎も何かお城風だけど、さすがに普通のビルにお城の屋根かけただけで(それが、むしろ、奇妙なんだけど)、ここまでくると本物。
こういう建物っていうのは、基本的に、箱型の講堂と塔に分けられるのだそうです。そういえば、法隆寺の伽藍も講堂と塔がありますね。このへんは、洋の東西を問わずというのか、そっちから伝わったのか、なるほどと思います。

ここでは、時計塔の仕掛け時計グロッケンシュピールが有名です。あ、動き出した、動き出した。何でも昔あった結婚式の様子を再現しているそうで、32体の人形は等身大だそうです。
周りも人でいっぱいになってきました。毎日2回、約10分間だもんなあ。そら、楽しみだわ。
ちょっと、僕、向こうへ行きたいんです。通してください。
Bitte lesen Sie ein wenig!
(あっているかな。Google翻訳なんだけど)お、通じたみたいだな。

マリエン広場

2014年01月05日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ミュンヘンを旅しています。
「ミュンヘンへの道」ってしましたが、正確な言い方なら、ミュンヘンの道です。
カールス門を抜けてマリエン広場に入りました。ここは、ミュンヘンの交通網が交錯するトランジットな場所です。

ここに、市の庁舎があります。仕掛時計が有名ですね。庁舎なんかただの箱でいいわけですが、何かその街を象徴するものになるのは、かつての統治者がお城に住んでいたことが関係あるのでしょうか。とかく、無駄に立派ですが、観光客にはいいですね。広場のまわりには、カフェやレストランもたくさんあります。

塔の上に立っているのは、黄金のマリア像です。マリア柱像と呼ばれているようです。
ドイツ中が戦場となった三十年戦争の時代に、選帝侯マクシミリアン1世は、「もしミュンヘンが戦災から逃れることができたら、記念柱を建てる」と神に誓いを立てたんだそうです。そして実際にミュンヘンは破壊からまぬがれることができたものだから、約束通りにマリアを据えた柱を建てたのだそうです。

ふーん、そうなんだ。
今もこうして街を見下ろすのは、神に護られる街ってことを意識するためなのかな。受け継がれているものには、人の思いがことのほか感じられます。それで、ここに庁舎もあるんですね。
アマデウスの頃には、すでに、このマリア像がありました。三十年せんそうは、強大な力をもっていたハプスブルク家の勢力を結果的にドイツから引き離したこともあって、オーストリア出身のアマデウスには、少し厳しい時代に入っていたのかもしれません。
ちなみに、三十年戦争を終結するヴェストファーレン条約は、史上初の多国間条約として知られています。三十年戦争後のヨーロッパは、たくさんの諸侯が分立する時代になっていました。
世界史でしか知らない風景を、ここに来ると実感できるように思っています。

ミヒャエル教会

2014年01月04日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ミュンヘンも、教会や博物館が多いんですね。伝統のある街らしいですね。2年に一度、オペラの祭典、ミュンヘン・ビエンナーレが開催されているそうですが、どんな場所が会場になるんだろう。
僕たちの音楽祭も、寺院や美術館、広場を演奏会場にしている点では、一通りそろっているんだよね。(と、ちょっと自慢)

ミヒャエル教会の前に来ました。こういうのも、ご宗旨があるんだろうなあ。神聖ローマ帝国ってことなので、カトリック教会なんだろうか。調べてみると、カトリック教会のイエズス会の教会だそうです。日本に最初に伝わった宗派ですね。ザビエルで有名ですね。上智大学は、イエズス会が創設した大学だったと思います。(たしか)
協会のファザードは美しい三角形で、そこにローマ皇帝や聖人の像が配置されています。

この協会には、歴代の王侯の墓所があるそうで、さすが、大天使ミヒャエルの名前をもつ協会ですね。

カールス門からいよいよ市街地へ

2014年01月04日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
ミュンヘン中央駅から旧市街地へ向かって歩きます。
いよいよミュンヘンの入り口です。カールス門です。ヨーロッパの大きな都市は城塞に囲まれているものが多く、ここミュンヘンもそうでした。日本も都大路の南には朱雀門、あ、中国から伝わったものですね。どこでも、ここからが特別な場所ってことを示すものがあるようです。

カールス門を抜けるとカールス広場です。門があって、広場があって、中世都市の風景です。伝統が今も生きているんですね。

ここから先がミュンヘンいちの目抜き通り、ノイハウザー通りです。
わくわくしてきました。
アマデウスは、この街でうりこみをしますが、結局、就職口も見つからず、失恋さえしたと言います。それでも、オペラの初演もありますし、ミュンヘンの人々も、アマデウスの足跡を今も大切にしています。そこには、きっと、この街でしか得られないインスピレーションが楽曲に感じられるのだろうと思いますね。

アマデウナヅキン、ミュンヘンへの道

2014年01月04日 | ミュンヘンへの道
アマデウナヅキンです。
実は、ミュンヘンを旅していました。
え、なんでミュンヘン?
モーツァルトは、お父さんといっしょに、また、自分自身でもヨーロッパ各地を旅しました。当時の音楽家は、純粋に芸術目的で作曲をすることは少なく、たいていは、貴族などの依頼で音楽を作りました。才能を認めてもらえば曲の依頼も増えますし、おかかえの専属音楽家として契約できれば安定して芸術的な作品にも打ち込むことができたわけです。
ミュンヘンは、オーストリアからアルプスを超えたドイツのバイエルン州の州都です。ビールで有名ですよね。
ちょっと古い人しかわかりませんが、昔のCMで「男はだまってなんとかビール」ってのがあって、ミュンヘンと札幌、ミルウォーキーがほぼ同緯度にあって三大ビール地帯だと主張していました。ビールの醸造には高温が敵になるので、なるほど、道理です。ミュンヘンの地ビールの歴史の末端に、宇奈月ビールがあって、モーツァルトの響きで醸造されているとなると、これはもうミュンヘンにいかないわけにはいきませんね。
そこで、「アマデウナヅキン、ミュンヘンへの道」(これも、古いか。日本男子バレーボール金メダルへの道です)ってことになりました。
ミュンヘン出身や滞在したなど、ゆかりのある有名人を調べてみました。
もちろん、アマデウス。それに、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、マーラーなどの音楽家。リルケやブレヒトなどの文学者。クレー、カンディンスキーなどの画家。スポーツでは、かの皇帝ベッケンバウアーの出身地です。
どんな街でしょうか。僕といっしょにまた町歩きをしましょう。