ミュージカル「モーツァルト」に出演する井上芳雄さんが、ウィーンを訪ねる番組がBSフジで放送されていました。
アマデウスの生まれ故郷はザルツブルクですが、憧れ続けてきた街はウィーンかもしれません。終焉の地であることもさることながら、期待にあふれる時間も、失意にもがく時間も、多くの祝福に満ちた時間も、死に向き合う時間も、その多くがこの地にあったとも思えます。
作家の立松和平さんがジョン・レノンの生家を訪ねるラジオ番組を聞いたことがあります。立松さんはどうしてもストロベリー・フィールズに行きたくて、どこにあるかを街の人に訪ねると、道順を教えてくれた後で「だけど、なにもないよ」とどの人からも付け加えられたそうです。しかし、行ってみると、そこには確かに古びた門があっただけなのに、次から次へと湧き上がる涙を止められなかったと話し、土地の霊性について語り始めます。
松尾芭蕉が北の地を訪ねるのは、古来からの歌枕に見えるためでした。風景なのか、そこに立つ自身の心象が引き起こすものなのか、何かが本当にあるのか、それはわかりませんが、そこには人の心を動かすものが、積みあがっているように思える、そんな話だったように記憶しています。
ウィーン、ザルツブルクなどアマデウスの足跡を訪ねると、そこにはいつでも彼の音楽が響きます。その内心の響きに心を委ねると、いつしか風景は情景へと変貌し、多くの時間がその場所に交錯して輝き始めるような瞬間を経験します。
音楽祭も構想から5年が経過しました。時空を超えて、はるか遠い地に生まれ多くの人々の心に響いいてきた音楽を手がかりにたくさんの方と時間を共有する試みは、これからいよいよ新しい音楽の風景を生み、情景を描き出していきます。
2014年の終わりに、黒部峡谷に響くのはどんな音の情景でしょうか。人それぞれにそれぞれの生き方があるように、ひとつひとつがかけがえのない響きとして、峡谷に奏であう音楽祭でまたお会いできることを楽しみにしています。
みなさん、よいお年を。
アマデウスの生まれ故郷はザルツブルクですが、憧れ続けてきた街はウィーンかもしれません。終焉の地であることもさることながら、期待にあふれる時間も、失意にもがく時間も、多くの祝福に満ちた時間も、死に向き合う時間も、その多くがこの地にあったとも思えます。
作家の立松和平さんがジョン・レノンの生家を訪ねるラジオ番組を聞いたことがあります。立松さんはどうしてもストロベリー・フィールズに行きたくて、どこにあるかを街の人に訪ねると、道順を教えてくれた後で「だけど、なにもないよ」とどの人からも付け加えられたそうです。しかし、行ってみると、そこには確かに古びた門があっただけなのに、次から次へと湧き上がる涙を止められなかったと話し、土地の霊性について語り始めます。
松尾芭蕉が北の地を訪ねるのは、古来からの歌枕に見えるためでした。風景なのか、そこに立つ自身の心象が引き起こすものなのか、何かが本当にあるのか、それはわかりませんが、そこには人の心を動かすものが、積みあがっているように思える、そんな話だったように記憶しています。
ウィーン、ザルツブルクなどアマデウスの足跡を訪ねると、そこにはいつでも彼の音楽が響きます。その内心の響きに心を委ねると、いつしか風景は情景へと変貌し、多くの時間がその場所に交錯して輝き始めるような瞬間を経験します。
音楽祭も構想から5年が経過しました。時空を超えて、はるか遠い地に生まれ多くの人々の心に響いいてきた音楽を手がかりにたくさんの方と時間を共有する試みは、これからいよいよ新しい音楽の風景を生み、情景を描き出していきます。
2014年の終わりに、黒部峡谷に響くのはどんな音の情景でしょうか。人それぞれにそれぞれの生き方があるように、ひとつひとつがかけがえのない響きとして、峡谷に奏であう音楽祭でまたお会いできることを楽しみにしています。
みなさん、よいお年を。