えー、毎度のお運びをありがとうございます。何ですな、こうして、道具も何もなく、適当な話を聞かせておあしをいただいている仕事ってのは、世界的に見ても落語ぐらいじゃないかってことで、だったら、ワシントン条約で保護したり、トキみてえにひとっところへ集めて人工繁殖、なんてことはできませんが。最近では、少し評判もよくなって落語に親しもう、落語で勉強しようなんて人も出てきた様子で、ありがたいことやら、同業が増えて迷惑やら。
そんなことはどうでもよろしいですな。
雪がずいぶん降って参りました。宇奈月のスキー場の方もなかなかよいコンディションです。また、そちらにもお運びをいただければうれしく思います。
さて、江戸時代にモーツァルトのおうわさがあったら、てな変なことを考えたものですが、お話の2回目になります。オチがないので、少々心苦しいのですが、受験シーズンに配慮ということでご勘弁を。
お店の丁稚みのきちに聞かれて「がくせい」「しんどう」のことを大黒屋のご隠居さんのところに聞きに行った八さん、熊さん、ご隠居が見せたいものがあるってなところで、前回お開き。
八;猿の頭蓋骨じゃあなけりゃあ、水母の肋骨かなんかだよ。
熊:そんなものあるわけねえじゃねえか。
八:あるわけないから珍しいじゃないか。そうだろ。
熊:この間、水神様の縁日に行くってえと6尺の大イタチがいるなんて威勢のいい声がかかるもんだから、まあ、話の種だ、だまされたと思って入ってみたわけよ。するってえと、だまされたね、うん。すっかり、だまされちまったい。
八:え、なんだい、イタチの大きいのをこうぎゅーっと引き延ばしたのかなんか
熊:なら、いいよ。小屋ん中入ってみると、長い板が立てかけてある。そこにイタチでも張り付いているのかと思ったけれど、どうもそうじゃねえ。おやじ、長いね、この板って言ったら、ええ、長いですよ、6尺ありますからね、って言いやがるんだ。
八:6尺
熊:ああ、6尺。どこかで聞いたなあと思ったんだ。だけどよ、何か足りねえだろ。するってえと、立てかけてある板の真ん中のへんにぽつんと何か赤いものが見えるんだよ。こりゃあ何だろうと思ってさわろうとしたら、おやじが、さわっちゃいけねえよなんて叫ぶんだ。何でだよ、こりゃ何だよって聞いたら、そら、血だよ、って。
八:ひどい話だね。最初から落ちが見えてそうじゃないか。え、何、6尺の大きな板に血ぃ。それで、6尺の大イタチ。ばかだねえ。それで、いくら払ったの?え、20文?そば食えるじゃねえか。え、いい板でありゃきっとケヤキの一枚板だって。どうでもいいよ、そんなこたあ。
隠居:おいおい、いいかな。そんなおかしなものを見せるわけがないよ。まあ、この間、小野小町が源義経に書いたラブレターってのを売りに来た奴がいたな。そんなものあるわけない、時代が違うよなんて言ったら、あるわけねえから珍しいなんて言っていたけれどね。おおかたそんなものだろう。何でも商売にする人があるもんだな。そんなんじゃありませんよ。ええっっとどこだったかな。ああ、これだこれだ。ほこりがたっているね。まあ、みてもよくわからないものだからねえ、ついごぶさたしちゃったよ。ふぅ、ふー、ごほごほ。
八:何です。黄表紙ですか?え、違う。あ、さてはわじるしでも、隅に置けませんね、ご隠居。え、違う。まああ、そうでしょうね。帳面みてえなものじゃないですか。紙、ですか。これは、何かちょっと違いますね。はあ、線みたいなものがたくさん書いてあって、これはひょっとすると家なんかの絵図面か何かですか。え、違う。ああ、黒い点々が書いてあって、ひげみたいなものが並んでいる。おたまじゃくしみてえですね。ほら、熊、みてごらんよ。これきっと誰かが田んぼのなかにいたおたまじゃくしを絵に描いたんだぜ。
熊:そんなおたまいねえよ。ほら、こいつなんか、尻尾が幾重にも分かれている。こいつなんか、よこにつながっているじゃねえか。おたまなんかじゃねえよ。
八:そら、きっとおたまの目刺しかなんかだよ。蝦夷地のあたりではそんなのもあるかもしれないじゃないか。
隠居:おたまの目刺しだなんて、誰がそんなもの食うんだね。大体、ああいうのは干しちゃうとなくなっちまうよ。ああ、まあ、熊さんのいうとおりだ。絵図面のようなものといえば、そういうものだな。これはなあ。西洋から、さる事情で手に入れたものだ。
八:あ、やっぱり。やっぱり、「さる」ですね。頭蓋骨じゃなくて、肋骨だ、ほらここんとこ、きっと肋骨にひびが入ったんだ。
隠居:いや、そのさるじゃない。私の父親の道具から見つけたものでね。そういえば、小さいころ、いくらか聞かされたことを思い出したんだ。うん、私の父はね、船乗りだったんだが、まあ、そのことは長くなるから今はやめておこう。これはな、「おんがく」というものを記しておく、ものなんだ。ほら、長唄なんかでも節書いたものがあるだろう。ああいうやつさ。そんなもの師匠からおせえてもらえばいいって。なるほど、そうだねえ。どうしたものか、西洋の方ではこういうのを書いて、別の人に弾いてもらったりしたんだそうだ。ほら、ここに五本の線があるだろう。さっき、八がおたまじゃくしといったのを、その頭になるところをここに書いて、音をしめしたものなんだそうだ。じつはな、これが、その「がくせい」という人が作ったものをうつしたものなんだそうな。
八:え、そうなんですか。「がくせい」ってのはカエルですか!あ、おたまみてえだけど、おたまじゃないんだったな、がくせいってのは三味線かなんかの師匠ってことですか。
隠居:まあ、そうなるかな。だけど、ちょっとちがっていてね。西洋ではえらい人の前で楽器をひいてそれで仕事にしている人があるっていうんだ。花街にいるって。そりゃ、芸者だろう。そうじゃなくって、殿様みたいな人たちに何か一節作ってみたり、ほら、あすこで歌舞伎やっているだろう、ああいうう小屋で「おんがく」ってのを弾いてみたりしているんだそうな。
八:へえー、「がくせい」ってのは長唄の大師匠みたいなものなんですね。え、ちょっと違う。新内流しなんか、川端のあたりでちょっと飲んでいる奴の前で色っぽいのを作って歌っているじゃありませんか。え、あ、ああいうんではない。お武家様が聞くんですか?へー、お武家様なんてのはホラ貝やなんかを聞くもんと思っていましたが。
隠居:お前たちと話していると、どうもややこしいいね。それはそうだね。見たこともない、聞いたこともない話だろうからな。どうだい、今日は仕事はもういいんだろう。だったら、うちで何かこしらえてあげるから、よばれていきなさい。いやいや、遠慮なんかはいい。この紙を見ていたら親父様のことがちょっと思い出されてね。誰かに話したくなっちまったよ、ぜひ、聞いておくれよ。今、奥向きに支度させるから。おーい、おい、ちょっとなあ、表の、ほら、最近できた京豆腐の、ええっとおかべとか言ったな、何かあの白くてのっぺりしたのを買ってきなさい。湯豆腐でもしようじゃないかい。ええ、ああ、八や熊もいっしょだよ。少し奮発してね。さあ、じゃあ、どこから話そうかな。
ってんで、ご隠居が話し始めたのが、何とこれがモーツァルトの物語。なぜ、ご隠居がモーツァルトのことなど知っていたのかは、これは次回のお楽しみ。またのお運びを。
そんなことはどうでもよろしいですな。
雪がずいぶん降って参りました。宇奈月のスキー場の方もなかなかよいコンディションです。また、そちらにもお運びをいただければうれしく思います。
さて、江戸時代にモーツァルトのおうわさがあったら、てな変なことを考えたものですが、お話の2回目になります。オチがないので、少々心苦しいのですが、受験シーズンに配慮ということでご勘弁を。
お店の丁稚みのきちに聞かれて「がくせい」「しんどう」のことを大黒屋のご隠居さんのところに聞きに行った八さん、熊さん、ご隠居が見せたいものがあるってなところで、前回お開き。
八;猿の頭蓋骨じゃあなけりゃあ、水母の肋骨かなんかだよ。
熊:そんなものあるわけねえじゃねえか。
八:あるわけないから珍しいじゃないか。そうだろ。
熊:この間、水神様の縁日に行くってえと6尺の大イタチがいるなんて威勢のいい声がかかるもんだから、まあ、話の種だ、だまされたと思って入ってみたわけよ。するってえと、だまされたね、うん。すっかり、だまされちまったい。
八:え、なんだい、イタチの大きいのをこうぎゅーっと引き延ばしたのかなんか
熊:なら、いいよ。小屋ん中入ってみると、長い板が立てかけてある。そこにイタチでも張り付いているのかと思ったけれど、どうもそうじゃねえ。おやじ、長いね、この板って言ったら、ええ、長いですよ、6尺ありますからね、って言いやがるんだ。
八:6尺
熊:ああ、6尺。どこかで聞いたなあと思ったんだ。だけどよ、何か足りねえだろ。するってえと、立てかけてある板の真ん中のへんにぽつんと何か赤いものが見えるんだよ。こりゃあ何だろうと思ってさわろうとしたら、おやじが、さわっちゃいけねえよなんて叫ぶんだ。何でだよ、こりゃ何だよって聞いたら、そら、血だよ、って。
八:ひどい話だね。最初から落ちが見えてそうじゃないか。え、何、6尺の大きな板に血ぃ。それで、6尺の大イタチ。ばかだねえ。それで、いくら払ったの?え、20文?そば食えるじゃねえか。え、いい板でありゃきっとケヤキの一枚板だって。どうでもいいよ、そんなこたあ。
隠居:おいおい、いいかな。そんなおかしなものを見せるわけがないよ。まあ、この間、小野小町が源義経に書いたラブレターってのを売りに来た奴がいたな。そんなものあるわけない、時代が違うよなんて言ったら、あるわけねえから珍しいなんて言っていたけれどね。おおかたそんなものだろう。何でも商売にする人があるもんだな。そんなんじゃありませんよ。ええっっとどこだったかな。ああ、これだこれだ。ほこりがたっているね。まあ、みてもよくわからないものだからねえ、ついごぶさたしちゃったよ。ふぅ、ふー、ごほごほ。
八:何です。黄表紙ですか?え、違う。あ、さてはわじるしでも、隅に置けませんね、ご隠居。え、違う。まああ、そうでしょうね。帳面みてえなものじゃないですか。紙、ですか。これは、何かちょっと違いますね。はあ、線みたいなものがたくさん書いてあって、これはひょっとすると家なんかの絵図面か何かですか。え、違う。ああ、黒い点々が書いてあって、ひげみたいなものが並んでいる。おたまじゃくしみてえですね。ほら、熊、みてごらんよ。これきっと誰かが田んぼのなかにいたおたまじゃくしを絵に描いたんだぜ。
熊:そんなおたまいねえよ。ほら、こいつなんか、尻尾が幾重にも分かれている。こいつなんか、よこにつながっているじゃねえか。おたまなんかじゃねえよ。
八:そら、きっとおたまの目刺しかなんかだよ。蝦夷地のあたりではそんなのもあるかもしれないじゃないか。
隠居:おたまの目刺しだなんて、誰がそんなもの食うんだね。大体、ああいうのは干しちゃうとなくなっちまうよ。ああ、まあ、熊さんのいうとおりだ。絵図面のようなものといえば、そういうものだな。これはなあ。西洋から、さる事情で手に入れたものだ。
八:あ、やっぱり。やっぱり、「さる」ですね。頭蓋骨じゃなくて、肋骨だ、ほらここんとこ、きっと肋骨にひびが入ったんだ。
隠居:いや、そのさるじゃない。私の父親の道具から見つけたものでね。そういえば、小さいころ、いくらか聞かされたことを思い出したんだ。うん、私の父はね、船乗りだったんだが、まあ、そのことは長くなるから今はやめておこう。これはな、「おんがく」というものを記しておく、ものなんだ。ほら、長唄なんかでも節書いたものがあるだろう。ああいうやつさ。そんなもの師匠からおせえてもらえばいいって。なるほど、そうだねえ。どうしたものか、西洋の方ではこういうのを書いて、別の人に弾いてもらったりしたんだそうだ。ほら、ここに五本の線があるだろう。さっき、八がおたまじゃくしといったのを、その頭になるところをここに書いて、音をしめしたものなんだそうだ。じつはな、これが、その「がくせい」という人が作ったものをうつしたものなんだそうな。
八:え、そうなんですか。「がくせい」ってのはカエルですか!あ、おたまみてえだけど、おたまじゃないんだったな、がくせいってのは三味線かなんかの師匠ってことですか。
隠居:まあ、そうなるかな。だけど、ちょっとちがっていてね。西洋ではえらい人の前で楽器をひいてそれで仕事にしている人があるっていうんだ。花街にいるって。そりゃ、芸者だろう。そうじゃなくって、殿様みたいな人たちに何か一節作ってみたり、ほら、あすこで歌舞伎やっているだろう、ああいうう小屋で「おんがく」ってのを弾いてみたりしているんだそうな。
八:へえー、「がくせい」ってのは長唄の大師匠みたいなものなんですね。え、ちょっと違う。新内流しなんか、川端のあたりでちょっと飲んでいる奴の前で色っぽいのを作って歌っているじゃありませんか。え、あ、ああいうんではない。お武家様が聞くんですか?へー、お武家様なんてのはホラ貝やなんかを聞くもんと思っていましたが。
隠居:お前たちと話していると、どうもややこしいいね。それはそうだね。見たこともない、聞いたこともない話だろうからな。どうだい、今日は仕事はもういいんだろう。だったら、うちで何かこしらえてあげるから、よばれていきなさい。いやいや、遠慮なんかはいい。この紙を見ていたら親父様のことがちょっと思い出されてね。誰かに話したくなっちまったよ、ぜひ、聞いておくれよ。今、奥向きに支度させるから。おーい、おい、ちょっとなあ、表の、ほら、最近できた京豆腐の、ええっとおかべとか言ったな、何かあの白くてのっぺりしたのを買ってきなさい。湯豆腐でもしようじゃないかい。ええ、ああ、八や熊もいっしょだよ。少し奮発してね。さあ、じゃあ、どこから話そうかな。
ってんで、ご隠居が話し始めたのが、何とこれがモーツァルトの物語。なぜ、ご隠居がモーツァルトのことなど知っていたのかは、これは次回のお楽しみ。またのお運びを。